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魔術師の杖【11/1連載開始】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@11月1日コミカライズ開始!
第十一章 ネリアと夜の精霊

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453.ドラゴンとスピネラの刺繍

 港町タクラでは一夜明けても、工房に戻ってこないネリアに、ニーナが心配そうに顔を曇らせる。


「エンツにも反応がないの」


 座った椅子をギシリときしませて、オドゥは気だるそうに伸びをした。


「魔導列車から飛びだしてきたし、弾いているだけじゃないかな。リリエラといっしょなんだろ。レオポルドが到着すれば、姿を見せるさ」


「そうよね……婚約したばかりなのだし。それにあのピアスをつけているんだもの」


 紫陽石に刻まれたピアスからは、確かにレオポルドの魔力が感じられた。彼女の身が危険になれば、魔術師団長が察知するだろう。ユーリが残念そうに、オドゥの工房を見回す。


「潜伏生活も終わりかぁ。僕はニーナとホテル・タクラに向かい、テルジオと合流します。ミーナとアイリはここで工房の準備をするとして、オドゥはどうするんです?」


「僕は『杖作りに協力する』とネリアに約束したからね。サルジアに行くことになるんじゃないかな」


「なら、僕らといっしょに行きます?」


 オドゥは眼鏡のブリッジを押さえて、あいまいに笑った。


「僕は後から合流するよ。ちょっとね……やることがあるんだ」


「じゃあ、朝食を食べたら解散かしら?」


 手際よくテーブルセッティングをするミーナは、やはりセンスがいい。


 色違いのランチョンマットにそろいのナプキン、縁取りのある皿を置くだけで、いつもの食卓がぐっと華やかになる。


 その横でアイリは加熱の魔法陣を使い、冷えたダルシュを温めた。ユーリはパンをスライスして、それぞれの皿に載せていく。


「コーヒーの準備は僕がするよ」


 オドゥが豆を計って焙煎をはじめると、ニーナがいい香りを胸いっぱいに吸いこみ、素直に彼を賞賛した。


「国家錬金術師のひとりとはいえ、こんなしっかりした工房を構えるなんて、たいしたものよ。それに四人ともすっかり、共同作業が板についているのね」


「そうね。オドゥ先輩と直接関わったことはなかったけど、実を言うととても頼りになったの」


 ミーナがくすりと笑えば、アイリもうなずいてほほえんだ。


「工房も使いやすいですし、染料の合成に関する質問にも答えて頂きました。説明もわかりやすくて……ユーリもきっと、研究棟でこんな感じだったのでしょうね」


「まぁね。つい聞いちゃうんだよなぁ。研究を邪魔されることも多いけど」


「おい、そこは僕に感謝するところだろ」


 文句をいいながらオドゥは豆を挽き、沸かした湯を注いで蒸らす。それからゆっくりと湯を垂らせば、コーヒー豆から細かい泡が立ち、工房は豊かなやわらかい香りに包まれた。


 ――何気ない当たり前の日常に感じていた日々が、今日で終わる。


 そう考えるとアイリの胸は、何とも言えない寂しさでいっぱいになる。けれどそれを顔にださないようにして、パンをモグモグとかんだ。


「あ……色が」


 目の前にいる青年の髪に朝日が当たり、パッと赤く燃えあがるように見えた。まばたきをしたアイリの視線に気づいたユーリが、自分の髪に手をやって苦笑した。


「薬もちょうど切れたみたいだ。瞳の色も戻ったかな」


「……ええ」


「それ、どういう仕組みなんだ?」


 オドゥが頭に伸ばした手を、ユーリは軽く払いのけた。


「ぽんぽん叩かないでくださいよ。人体に影響がない魔力親和性の高い染料を使います。〝王族の赤〟にいちど染まった体を、いわば魔力でだますんです。けれど思い通りの色をだすのが難しくて」


「ふうん」


「だからワシャワシャするなと……いてっ!」


 ユーリの抗議も気にせず、ふたたび彼の頭に手を伸ばしたオドゥは、払いのけられる前に髪を数本、ブチっと引っこ抜くと眼鏡のブリッジに指をかけ、そのまま光にかざした毛髪を観察している。


「何すんですか!」


「だって気になるじゃん。目玉を観察するのはまずいけど、髪ならいいだろ?」


「ちっともよくないですっ!」


 鮮やかな緋色の髪と瞳……ここエクグラシアでは、だれもが知っている〝王族の赤〟。この色をとり戻した青年は、もうここにはいられない。それは最初からアイリにもわかっていたことだった。





 アイリがうつむいて食後の皿を片づけていると、ユーリに話しかけられた。


「短い間だけど楽しかったよ」


 にっこりと優しげなほほえみに、アイリは首をふる。


「何も手伝えませんでした。素材の買いだしをいっしょにして……あとは服の手直しぐらいで。あの……これを」


 アイリはポケットから取りだした、四つ折りにしたハンカチをユーリへと差しだす。


 白地に青いドラゴンと赤いスピネラの刺繍……彼女が夜に仕事を終えてから、数ヵ月かけて製作したものだ。


「自分で染料から合成して糸を染め、蒼竜とスピネラの花を刺繍したものです。前のはダメになってしまったので、こんどこそちゃんとしたのを渡したくて」


「僕に?」


 さりげなく渡そうとしたのに、驚いたようなユーリの顔をまともに見られず、アイリは彼の手にぐっとハンカチを押しつけ、つき返されないようにサッと手を引いた。


「し、試作品です。ストバル商会で金の針を使いこなす職人さんに比べたら、腕もまだまだで染料だって色落ちするかもしれません。王子様に差しあげるものではないけど、ユーリなら受けとってくれるでしょう?」


「……そうだね」


 ユーリは複雑そうな表情でそれを受けとり、ハンカチを見つめて苦く笑った。


「僕がきみにふさわしい男ならよかったのに」


「え?」


 思いがけない言葉に、アイリはまばたきをした。


「アイリ、きみは僕の憧れなんだ」


「私が……憧れ?」


 とまどうアイリを、ユーリは本当にまぶしそうに見つめた。


「賢いだけじゃなく努力家で、いつもひたむきに前を向いて、自分の道を一歩一歩進んでいく。翼を用意したのは確かに僕だけど、僕の想像を超えて夢に向かって力強く羽ばたいている。その姿はとてもまぶしいよ」


「そんなふうに思われていたとは、知りませんでした……」


 アイリにしてみれば思ってもみないことだった。


 この国でいちばん輝いているはずの青年は、かつて研究棟の二階で見せたのと同じ、さびしそうなほほえみを浮かべた。


「きみを見るとある人を思いだす。怖いほどに一途で、信念を貫き通す強さも持っている」


 アイリが何かを言う前に、ユーリは自分の収納鞄を手に立ちあがった。


「どうか僕に命は賭けないでくれ。そんな価値はない男だから。これからも応援しているよアイリ、いやスターリャ」


 五番街の店に立つときは〝アイリ〟ではなく〝スターリャ〟と名乗ると、工房でみんなと相談して決めた。


 それは彼女が未来へ向かうための名前だ。決して後ろを振り返らずに、前へと突き進むための。


「なぜ……」


 お互いに関わって、ぐずぐずしてる時間はもうない。自分の横を通り過ぎて廊下へ向かうユーリの背中に、振り返ったアイリは言葉を投げつける。この程度で彼を止められないと知りながら。


「なぜあなたは……ご自分の夢や未来ではなく、『過去』に向かって進むのですか!」


 ユーリの足がピタリと止まった。ドラゴンの契約者たる青年は、燃えるような赤い瞳を彼女に向ける。


「僕にとっては『過去』ではないからだ」


 言葉を失って立ち尽くす少女に、彼はすまなそうに眉をさげた。


「ごめん。本当に楽しかったよ。タクラでの生活を僕は忘れない。きみが心をこめた刺繍、ありがとう……元気で」





 何も言えずに立ちつくすアイリの横を通って工房の通路にでれば、彼にとっては先輩格にあたる錬金術師がそこにいた。


「まーたお前、カッコつけたろ」


「そりゃそうですよ、僕は王子様ですから。やるならばだれよりも完璧にカッコつけたいです」


 収納鞄を担いだユーリの背中に、オドゥが吐き捨てるように言葉を投げかけた。


「女相手にカッコつけたって報われないぞ」


「……報われたいと思ってませんから。それよりオドゥ」


 帽子をユーリは目深にかぶり、オドゥに向きなおる。


「何だよ」


「サルジアから帰国したら僕は、あなたにちゃんとした処遇を与えたい」


 〝王族の赤〟としての誘いだった。

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