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452.リリエラの能力


「奈々だ……」


 リリエラが暮らす船で目覚めたわたしは、鏡に映る自分の姿に驚いた。


 ペリドットを利用した瞳は、キラキラと輝く黄緑だったのに、今はヘーゼルナッツみたいなこげ茶だ。長い黒髪に通した指は、するりと毛先まで滑らせることができる。


「おおっ、これこれ!」


 エルサの秘法を覚えるまでは、ふわふわとしたくせっ毛の扱いに苦労した。まっすぐな黒髪は懐かしいと同時に、切ない感情があふれる。


『あたしがあんたの願いをかなえてあげるよ。もちろん対価はもらうけれど』


 〝海の精霊〟の影響下にあるリリエラに、願った者は何かを失う。わたしは自分に浄化の魔法をかけて、エルサの秘法を使い、目のまわりとスッキリさせた。


 船に波が当たるチャプチャプという音がして、船ごと床がゆっくりと上下する。魔法が使えて船に刻まれた文字も読めるから、言語解読の術式はそのまま脳で働いている。


『言語解読の術式を脳に刻んだだと。一歩まちがえば廃人になる』


 デーダス荒野の工房で、レオポルドが語った言葉を思い出しながら、わたしは後頭部にある視覚野の術式を調整する。これもいつも通りできた。


「……体は〝ネリア・ネリス〟のままだ。ただ見た目だけが戻っただけ」


 皮肉なことにグレンにとって、わたしはただの実験体だったから今も生きている。


 そして手をかければかけるほど、壊すのが惜しくなるという、そんなオドゥの心理状態に、わたしは〝ネリア・ネリス〟として生かされている。


(奈々の人生が戻ってくるわけじゃない……)


 物寄せの呪文は不思議な力に阻まれて使えず、船を探してもピアスは見つからない。


 なくなったのはふたつ。


 デーダス荒野からでかけたエルリカの街で買ったラベンダーメルのポンチョ。婚約の贈りものとしてレオポルドが魔法陣を刻んだ、紫陽石とペリドットのピアス。


(レオポルドとの思い出がある品だけがなくなっている。リリエラが持ち去ったものが対価だとしたら……)


 グレンの護符、ライガの腕輪は残されていて、持っていたお金もなくなっていない。残されていたリリエラの私物も少ない。


 船内には求人のチラシや住所のメモなどがあって、夏に別れてからタクラに落ちつくまでの数ヵ月のあいだに、いろんな仕事を転々としていたらしい。


(長続きしなかったのかな……)


 グレンが用意していた居住区での暮らしに、わたしはすんなり溶けこめた。


 けれどリリエラは……彼女はどうやってタクラまでたどり着いたんだろう。海から陸にあがった人魚の暮らしなんて想像もつかなかった。





 チャプチャプという波の音を聞きながら、わたしは自分に浄化の魔法をかける。


 魔法が使えるわたしは……〝ネリア・ネリス〟だ。


 リリエラを見つけてピアスを取り戻さないといけないのに、なぜかわたしは迷っていた。


 このままナナとして暮らすのもアリじゃない?


 きっとだれにも見つからない。


 わたしがいなくなっても研究棟はカーター副団長が切り盛りできるだろうし、デーダス荒野にレオポルドを連れていったのは、わたしが何かあったときに後のことを彼にお願いしたかったからだ。


 そして〝ネリア・ネリス〟はいなくなる。


(親しかった人、仲がよかった人と縁が切れるのは、これが初めてじゃないもの……)


 そう思うのに夕暮れをむかえて、水平線が黄昏色から深く闇に沈んでいくのを見るたびに、わたしの心はザワついた。


(……でも、グレンとの約束は?)


 わたしのなかで〝ネリア・ネリス〟が声をあげる。


「あのひとは、わたしがいなくてもだいじょうぶだよ。〝杖〟も必要としていないって……グレンの作った〝杖〟があるもの」


(本当に?)


 さっきよりも声が小さくなった。


 王都の暮らし、師団長の地位、それらすべてと引き換えに戻ってきたナナ……あの人に会ったら「ナナ」と呼びかけてくれるかもしれない、と思うと同時に会うことが怖くなる。


 ピアスの行方がわからないことには、どうしようもなかった。





 わたしはリリエラが働いていたらしい、貝の加工場に行く。おばちゃんたちが器用に道具を使って貝をこじあけ、身だけをボトボトとバケツに落としていく。おしゃべりしながら、どんどん殻の山ができていく。


「あぁ、リリエラならいつも来てたよ。そういえば今日は姿を見ないねぇ。彼女を探しているのかい?」


「彼女がよく行く場所とか知りませんか?」


「あんた……何か盗られでもしたの?」


 バーナという、そのおばさんは探るような目でわたしを見た。


「あんな婆さんを探す理由なんて、金か物か……それぐらいだろう。取り返すのは難しいんじゃない?」


「とっ、盗られたと決まったわけじゃなくて。でもわたしにはだいじなもので……」


 うつむいてゴニョゴニョと答えると、バーナおばさんは気の毒そうな顔をする。


「リリエラは何でもおもしろがってやるし、最初のうちはもらった硬貨を、はしゃいで並べてたけど。いろんな仕事に手をだしては、すぐ辞めてたみたいだね。その日暮らしでも、金に困ってるようには見えなかった」


 人魚たちは自由で気ままなところがある。食べるために漁をするけれど、そのあとはゆっくり過ごす。


 時間をかけて料理をしたり、集めた貝殻や珊瑚、真珠を使ってアクセサリーを作ったり。


 波打ち際に座って歌うこともあれば、ただぼんやりと海を眺めて過ごすだけのこともある。いわば究極のスローライフだ。


 それにリリエラは二百年間、海の牢獄に閉じこめられていたし、解放された直後のマウナカイアでは、服の着かたやボタンの留めかたまで、王家の別荘にいたキティたちスタッフに習っていた。


(彼女をもっとちゃんと、フォローすべきだったのかも……)


 船の中を調べて知るかぎり、陸上での生活は何もかもはじめてだったのだろう。わたしが眉を寄せて考えこんでいると、バーナおばさんがたずねた。


「ねぇ、あんたが盗られただいじなものって……きれいなものだった?」


「えっ、たしかにそうだけど……」


 光が当たると耳元でキラキラと輝いて存在を主張するピアスに、リリエラの視線を感じたのはたしかだ。


「世の中にはそのへんの区別が甘いヤツがいるからね。思わず手を伸ばしたくなったんだろうね。持ってったのがリリエラなら、飽きっぽいからそのうち返してくれるかもしれないよ」


「そんな……」


 わたしはもういちど何もついてない耳たぶを自分の指でさわる。彼がくれた紫陽石とペリドットのピアスはもうなくて、ぷにょんと柔らかい感触と、海風にさらされた冷たさだけを感じる。


「リリエラが行きそうな場所なら、いくつか心あたりがあるよ」


「教えてください!」


 あちこち歩き回って、それでもリリエラは見つからず、わたしは港から転移門で上層にあるタクラ駅に異動した。


 ホテル・タクラには王太子一行が、最上階を借り切って滞在しているらしい。


 今のわたしはモブ中のモブで、仮面をつけなくても錬金術師団長だと気づく者はいない。


 ひとびとが行き交う光景をながめていると、ホテル周辺が急に騒がしくなった。大きな魔導車がホテル前に横づけされ、わたしはあわててベンチから立ち上がる。


 まず太陽のような黄金の髪もまぶしい竜騎士団長が見えて、そのあとに長髪をさらりと背に流した魔術師団長が続く。彼のきらめく髪は遠くからでもよく見えた。


(……レオポルド!)


 彼は身をかがめて車内に手を差しのべる。するとあらわれたひとりの小柄な女性に、わたしは悲鳴をあげそうになった。


『あんたはあたしのほしいものをちゃあんと持ってる』


 わたしはリリエラという魔女の能力を初めて知った。


 ――姿をそっくりに擬態する。


『あんたの願いをかなえてあげる。そのかわり対価をもらうよ』


 その言葉の意味、彼女のほしがった対価が何だったのか……。


(ちがう……彼女がほしがったのはピアスなんかじゃなかった!)


 白い仮面をつけているから素顔はわからないけれど、ふわふわした赤茶の髪が風にあおられて、耳元で輝くピアスがちらりと見えた。


 エクグラシアの魔術師団長が婚約者のために作りあげた、世界にひとつのもの。彼女は仮面をつけた顔をレオポルドに向け、その手を彼に預けている。


 寄り添うように彼女をエスコートする、彼のほうは表情が変わらず、何を考えているかもわからない。ライアスが先頭に立ち、彼らの姿はホテルに消えた。


「あれが錬金術師団長?」


「これで三師団長がタクラにそろったな!」


 ザワザワと声が聞こえるけれど、わたしは頭の中が真っ白になった。

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