450.タクラへの到着
王都シャングリラの王城にある〝天空舞台〟、それと同じくタクラにも、ドラゴンが舞い降りるための場所がある。
タクラ近郊で採れる花崗岩で築かれた〝海遊座〟は、ドラゴンの飛来地として用意された。タクラのどこからでも眺められ、一本の回廊でタクラ港と結ばれている白亜の宮殿のような建造物だ。
魔導列車で到着した補佐官のテルジオと前魔術師団長ローラ・ラーラ、それに竜騎士のヤーンが〝海遊座〟に待機していると、夜半に二体のドラゴンは音も立てず静かに舞い降りた。
騎乗しているのは合計四名、蒼竜ミストレイには竜騎士団長ライアス・ゴールディホーンと、魔術学園五年生でカーター副団長の一人娘メレッタが乗る。
月光のような光沢があるミスリル製の甲冑を着たライアスは夏の青空を思わせるような蒼玉の瞳に、太陽の日差しのような輝く金髪の持ち主だ。
白銀の鱗に覆われた白竜アガテリスの背には、精緻な術式をほどこした黒いローブを着た魔術師団長レオポルド・アルバーンと、燃える炎のような赤い髪をした〝王族の赤〟、第二王子のカディアン・エクグラシアの姿がある。
黄昏時の空を思わせる瞳を持つレオポルドは、滝のように流れる銀髪を海風になびかせて、タクラの街を無言でにらみつけた。
蒼竜ミストレイがぶるりと体を震わせて大きな翼をたたむと、白竜アガテリスも首を伸ばして港をうかがう。
「アガテリス……お前は彼女を探さなくてもいい」
レオポルドがつぶやき感覚共有を切る前に、待ちかまえていたテルジオがドラゴンに向かって駆けてきた。
「私の不手際で申しわけ……ひゃあああ⁉」
ひょいっとアガテリスが頭を動かし、テルジオをくわえて持ちあげる。
どうやら動くものを反射的に捕まえたらしいが、海風に補佐官のコートがバタバタとはためき、彼はジタバタと手足を動かして絶叫した。
「やめてえぇ、わっ私エサじゃないですうぅ!」
「彼女は?」
何となくレオポルドは、チリネズミをカプッとくわえた猫のような気分で質問する。返答次第でそのまま骨ごと、バリバリかみ潰してしまいそうなぐらい殺気立っていた。
「ニーナ・クロウズといっしょに昨晩、魔導列車から先にタクラへ向かったそうです。で、できたらドラゴンのエサじゃなくて、せめて魔術師団長の手で氷漬けに!」
魔導列車からネリアがいなくなったことを知り、テルジオはひっくり返った。残っていたニーナの夫であるクロウズ子爵に、ライガでニーナと出発したようだと聞かされ、テルジオは真っ青になって怯えた。
無表情で無口だから静かに見えるが、彼のケンカっ早さは学園時代から有名で、前魔術師団長のローラ・ラーラは彼を、『火の玉小僧』もしくは『爆弾坊や』と呼んでいる。
彼の怒りにふれた者は王城で生きてはいられない。秋の対抗戦でも錬金術師団相手に失策を犯した魔術師夫妻を、モリア山の山番へと追いやったとか。レオポルドの眉間に刻まれたシワがぐっと深くなる。
(ひいいいぃ!)
焦りと睡眠不足でギラつく黄昏色の瞳に、テルジオは魂までも凍りそうになった。
「ニーナといっしょか。それでオドゥ・イグネルの行方は?」
「たっ、ただいま竜騎士団にも協力を仰ぎ捜索中です。殿下かせめてニーナと連絡が取れれば、工房の所在地がはっきりすると思いますが……」
「どうしようもないねぇ、婚約者から離れたあんたが悪い。『縛られるのも守る者を持つのもごめんだ』なんて言ってたくせに、いざ婚約したら逃げられるなんてざまぁないね」
〝海遊座〟には銀の魔術師だけでなくもうひとり、黒いレースで装飾がほどこされたローブを着た白髪の魔術師がいた。
肌が抜けるように白い魔女は金色に輝く瞳を持ち、長い白髪を頭の高い位置でキリリと結んでいる。
その魔女から聞こえてきた毒舌に、空気中の水蒸気がすべて凍りついて結晶化した。キラキラと輝く氷晶に囲まれて、テルジオは思った。
(あ、俺死んだわ……)
「ラーラ前魔術師団長っ、挑発しないでっ……」
「ああん?補佐官のせいじゃないと言ってあげたのに」
前魔術師団長ローラ・ラーラは、レオポルドを魔術師として育てた師でもある。彼に師団長の座を譲るとメニアラ支部に異動したが、好戦派の魔術師として知られている。
〝滅びの魔女〟の異名を持つ、彼女が使う魔術は攻撃魔法に特化していた。
「……アガテリス」
魔術師団長が命じると、アガテリスは彼をそっと床へおろした。テルジオはもがくようにしてローラにすり寄る。
「ひぃ……ありがとうございます」
「おひさしぶりです、ローラ。先日は婚約のお祝いをありがとうございました」
続いてドラゴンから降りてきた弟子の、淡々とした口上にローラ・ラーラの眉が上がる。
「補佐官が言ったとおり、竜騎士団にも情報収集をさせている。王太子に師団長だけでなく錬金術師が、そろってタクラで不審な動きを見せるとはね。レオポルドやライアス……お前たちからも話を聞かねばなるまい」
「はい。イグネラーシェの調査についても、ご報告とご相談をさせていただきます」
返事をするレオポルドの護符は、魔力を帯びて光を放ち、彼の鋭い双眸はタクラの街をにらみつけている。
「ピアスを贈ったとテルジオから聞いたけど?」
「まだ彼女との絆は、そこまで育っておりません。無事だということぐらいしか……」
「ふうん。あんたにとっては、それも課題だね」
ふたりの関係が強まれば、より強力な護りとなるように設計した魔法陣は、彼との絆を育むためのものだった。
カディアンもアガテリスから降りると、鮮やかな赤い髪をなびかせてミストレイに駆け寄る。
「メレッタ、タクラに着いたぞ……寝てるのか?」
「だいぶ興奮していたからな、眠ったのはついさっきだ。ホテル・タクラで休ませるといい」
眠るメレッタを抱えて飛びおりた竜騎士団長は、徹夜したのに少し乱れた金髪はむしろセクシーで、さわやかな笑顔は嫌味になるぐらいカッコいい。
スヤスヤと眠るメレッタをライアスから受けとり、しっかりと抱きかかえてカディアンはつぶやいた。
「軽い……」
「女の子ならそんなものだろう」
「そっか、そんなものなんですね。そっか……」
「彼女を抱き上げるのははじめてか?」
顔を赤らめたカディアンにライアスがいたずらっぽく聞き、第二王子はむきになって言い返す。
「かっ、体を持ちあげたことなら……あります!」
カーター副団長の家で婚約を決めたときはうれしくて、メレッタを抱えてクルクルと回った。
そのときは重さなんて感じなかった。今もやっぱり彼女の体は軽くて、閉じられたまつ毛を見ていたら、カディアンは何だか不安になる。
「卒業パーティーが楽しみだな」
「えっ、あ、はい……」
ライアスから声をかけられて、カディアンの不安は消し飛んだ。冬休みのあいだにカーター夫人と相談して決めたドレスのデザインは、すでに王城の服飾部門に渡してある。
(そうだ。生地やレースを選んで来月に仮縫いを済ませたら、再来月は卒業パーティーだ。俺、メレッタと踊れるんだ)
胸の奥からじわじわと喜びが湧いてくる。メレッタが起きたらタクラのようすを教えたいし、街をふたりで眺めたい。
しっかりと彼女の体を抱え直し、カディアンは弾む声でライアスに礼を言った。
「ライアスさん、ありがとうございました。メレッタをドラゴンに乗せられて、俺うれしいです!」
「きみは……」
へへっとうれしそうに笑うカディアンに、ライアスは軽く目をみはる。
「ライアス、竜騎士たちから報告を聞こう。それとローラにもイグネラーシェの報告を……」
さっそく動こうとしたレオポルドを、ライアスはあわてて止めた。
「レオポルド、お前も休息をとるべきだ。ローラ、まずは薬湯の調整をお願いしたい」
「しかたないね」
「いや、タクラにはオドゥがいる。それに魔力持ちは数日寝なくとも……」
レオポルドは首を横に振ったが、ライアスは断固として譲らなかった。
「俺はカディアンとメレッタを連れて、すぐに王都へ戻らねばならん。俺がいるうちに休んでおけ」













