45.これは恋ともまだ呼べない
よろしくお願いします。
海猫亭をでたわたしたちは遊覧船に乗るため、船着き場へと向かう。
「ホントおいしかったー!もぅお腹いっぱい!ライアス、ありがとう!」
「喜んでもらえてよかった。ある意味ライザ嬢に感謝だな」
「だよねー!あっ、あれが遊覧船?」
船着き場の桟橋に、窓を広くとった大きな白い船が横づけしている。わたしたち以外にも観光客らしき人たちが集まって来ていた。
「ベタだが水面からの景色もおもしろいかと思ってな。実は俺も乗るのははじめてだ」
「そっかぁ、王都民だと逆にわざわざ乗らないかもね」
チケットを買いにいったライアスを見送り、わたしはひとり木陰のベンチで待つ。
後ろからなにかサッと影が近づいた……と思ったら、バチン!という衝撃が走った。
何者かが防壁に触れたらしい。防御魔法陣は可視化していないので、まわりからは人が勝手に吹っ飛んだように見えたろう。
「う……ううぅ……」
わたしの後ろに男が転がって、苦しそうにうめいている。すぐ近くで、べつの男がぼうぜんとしたように呟いた。
「な、なんだ?いまのは……」
すぐに起き上がれないということは、しっかりと害意を持って触れようとしたということ。
「ネリィ!」
異変に気づいたライアスが、遠くからわたしを呼ぶ。
そして跳んだ。
ライアスは常人にはあり得ない距離を一瞬で詰め、倒れている男に軽く電撃を当てて気絶させる。近くにいた男は慌てて逃げだそうとするのに、すばやく足払いを掛けた。
男は機敏な身のこなしで体勢を立て直し、なんとか反撃しようとするも、ライアスのスピードが段違いに速い。
すぐ間合いを詰め、みぞおちに軽く一撃。トンと当てただけのように見えたのに、それだけで相手は「ぐぼぉっ」とうめき声をあげて、膝から崩れ落ちた。
ぉおお!強すぎるよ、ライアス!
鮮やかな手つきでライアスは、あっという間に男を拘束し、押さえつけて厳しい声で問うた。
「何者だ!その身のこなし……訓練を受けた者だな!」
「ひっ……ぐぁ……!」
うめきながらも答えない男に、ライアスがすっと蒼の双眸を細めた。男のポケットを探ると、外したらしい徽章がでてきた。
「国軍の兵士……大臣の差し金か?所属と階級をいえ!」
押さえられた男は、観念したように首を振る。
「ち、ちが……お嬢様のわがままだ。頼む……見逃してくれ」
「レイバートにいた護衛たちか」
男は苦痛に顔をゆがませ、助けを求めるように周囲へ視線をさまよわせたが、わたしに焦点を合わせると、その顔をひきつらせた。
「さっきの……さっきのはいったい……?あの女、何者……?」
「……お前たちが知る必要はない」
ライアスが電撃を当てると、「ひぐぅっ」と、男はカエルが潰れたような声を上げ、ビクビクと痙攣して気絶した。騒ぎを聞きつけて駆けつけた船着き場の警備員たちに事情を説明すると、ライアスは竜騎士団へエンツを飛ばして、男たちを引き取りに来るよう命じた。
「ライアス、今のは……」
「おそらくライザの差し向けた男たちだ。自分の護衛をこんなことに使うとは……ネリィ、この件は俺に任せてくれないか?いいかげん、腹にすえかねていることもあるしな」
「あ、うん。おまかせします……」
ライアスが本気で怒ってる……怖い!怖いよ‼︎こっちの人たちってなんで怒ると、みんなきれいな笑顔で笑うの⁉︎
ほどなくして、竜騎士団からヤーンさんとアベルさんがやってきて、わたしにあいさつすると「団長のデート邪魔するとか……命知らずなヤツもいたもんだなぁ……」とかなんとか言いながら、のびたまんまの男たちを引き取った。
船着き場の警備の人が駆け寄ってきて、ライアスに耳打ちすると、彼はうなずいてわたしに手を差しだす。
「安全確認は済んだようだ。じゃあネリィ、いこうか!」
「えっ?あっ、川下りは続行なんだね」
わたしはライアスに連れられて遊覧船に乗りこんだ。騒ぎで出航をちょっと遅らせてしまったけれど、ほかのお客さんたちは温かい目で、わたしたちを迎えてくれた。いや、温かい……というよりも……かなり生温かい⁉
「お兄さん、さっきの!かっこよかったわよぉ!」
「ほんと、やるもんだねぇ!一瞬でふたりの男をのしちまうなんてさぁ!あまりの強さにシビれたぜ!」
ライアスは騒ぎを目撃していた、何人ものお客さんたちに肩を叩かれ、中には彼に握手を求める人までいて、船の上は妙な一体感に包まれていた。
遊覧船からの眺めは、やはり素晴らしくて。川面を渡る風は涼やかで心地よく、橋の下をくぐるたびに、橋の上にいる人たちと手を振り合ったりして。
たくさんの人が暮らす街、王都シャングリラ。今日わたしが見ることができたのは、まだほんの一部しかない。
けれど川を行き交う船、それを臨む美しい街並み、そして遠くにそびえ建つ王城。わたしの横に立つ背の高い人の瞳は、今日の晴れた空よりも蒼く、金の髪は太陽の光がこぼれるようで。
この美しい景色をいつまでも忘れたくない、そう思った。
「楽しかったーー!」
お風呂あがりのわたしは、ばふっと師団長室の自分のベッドに倒れこむ。
サイドテーブルに、ソラが活けてくれた白いネリモラの花飾りが置かれている。
「かっこよかったなぁ……」
ライアスは本当に騎士だった。
格好よくて精悍な顔立ちなのに、笑顔はとろりと甘くて、しかもとっても強くて。
さり気ない気遣い、店での立ち居振る舞い……大人の男性なんだなぁと思う。
わたしのことを本当にお姫様みたいに、誰よりも何よりも大事に扱ってくれた。
「どうしよう、好きになっちゃいそぅ……」
あんなふうに柔らかく、誰かにほほえまれたことなんてない。
あんなふうにまっすぐに、誰かに視線を向けられたこと……もしかしたら、遠くなってしまった昔にはあったかも。
胸の奥がチクリと痛み、わたしは手のひらをかざした。彼の唇から指先に伝わった熱が、まだそこに残っているような気がして、じんじんする。
ひさりぶりだった……人の温もり。
ベッドに起きあがって、わたしはぽつりと呟いた。
「わたし、誰かを好きになってもいいのかな?」
部屋でひとりきり。わたしの問いに答える人は誰もいなくて。
胸に吹き荒れる嵐みたいな、こんな感情はいままで一度も知らなくて。
そのとたん、わたし心臓がずくりと痛み、その感覚がわたしを正気に戻す。
わたしはぶんぶんと頭を振って、浮かれた気分を追いだした。
「間違えるな、わたし」
ライアスが王都を案内してくれたのは、わたしが師団長だからだ。
浮かれるな。
師団長としてがんばらなきゃ。
がんばって認めてもらわなきゃ。
ここにいることはできないのだから。
「レオポルドにあんなタンカ切っちゃったしなぁ……」
師団長としてやっていけなければ、魔道具師としてでもと思ってたけど、もしも辞めてしまったら、王都にはいづらくなるだろう。
レオポルドと親しいライアスにも、会いづらくなる。
「無理そうならデーダスに戻って引きこもろう……って思ってたのに……」
ばふっと枕に倒れこんで顔を埋める。
「なんか、いろいろと欲張りになってしまったよ、わたし……」
さっきまで浮かれて楽しくて、最高に幸せだったのに。
いまはもう失うことが怖くて、取り留めがないことを悩んで不安になっている。
「お仕事がうまくいけば、自信が持てるかな……」
錬金術師として認められて。
師団のみんなをまとめることができて。
この国に必要な人間だと認められたら。
わたしはここにいることができるだろうか。
仰向けに寝返りを打って、両手を天に向かってかざす。
「だいじょうぶ」
声にだしてみる。
「だいじょうぶだから」
自分の心臓を落ち着かせるように、胸に手をあてる。
「だから安心して」
誰かを好きになるとか。
誰かを愛するようになるとか。
「そんな余裕ないなぁ……」
冷静でいられない。
気分が落ちこみやすくなる。
「みんな、こんな綱渡りみたいなこと……やってるんだろうか」
恋ってふわふわした砂糖菓子のようなものかと思っていたのに。
「ううう、心臓に悪い」
これは恋ともまだ呼べない。
彼の眼差しにちょっと動揺しただけ。
でも今日だけは。
ネリモラの花飾り、色とりどりの魔石タイル、歌うペチャニア、シャングリラ駅に転移門、海猫亭での食事、そして川下り……太陽のような笑顔で笑う、背の高い人。
幸せな記憶を抱いて眠りにつこう。
王都見物はこれで終わりです。デーダスの家しか知らなかったネリアの世界が一気に拡がっていきます。といってもまだ王都内ですけどね。









