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魔術師の杖【小説9巻&短編集】【コミカライズ準備中】  作者: 粉雪
第二章 錬金術師ネリア、師団長になる

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45.これは『恋』だともまだ呼べない

よろしくお願いします。

『海猫亭』をでたわたし達は、『遊覧船』に乗るために船着き場へ向かう。


「ほんと美味しかったー!もぅお腹いっぱい!ライアス、ありがとう!」


「喜んでもらえて良かった……ある意味ライザ嬢に感謝だな」


「だよねー!あっ、あれが遊覧船?」


 船着き場の桟橋に大きな、窓を広くとった白い船が横づけしている。わたし達の他にも観光客らしき人達が集まって来ていた。


「ベタだが、水面からの景色も面白いかと思ってな……実は俺も乗るのははじめてだ」


「そっかぁ、王都民だと逆にわざわざ乗らないかもね」


 チケットを買って来る……と言うライアスを見送って、わたしはひとり木陰のベンチで待つ。


 後ろから何かサッと影が近づいた……と思ったら、バチン!という衝撃が走った。


 何者かが防壁に触れたらしい。防御魔法陣は可視化していないので、傍から見たら人が勝手に吹っ飛んだように見えたろう。


 気づいたらわたしの後ろに男が転がって、呻いている。すぐ近くで、別の男が呆然としたように呟く。


「う……ううぅ……」


「な、なんだ……?今のは……」


 すぐに起き上がれない……と言う事は、しっかりと害意を持って触れようとしたという事。


「ネリィ!」


 異変に気づいたライアスが、遠くからわたしを呼ぶ。


 そして跳んだ。


 ライアスは常人にはあり得ない距離を一瞬で詰め、倒れ込んでいる男に軽く電撃を当てて気絶させると、近くで呆然としていた男が我に返り、慌てて踵を返して逃げだそうとするのに、足払いを掛ける。


 男は機敏な身のこなしで、なんとか体勢を立て直し反撃しようとするも、ライアスのスピードの方が段違いに速い。


 すぐ間合いを詰めてみぞおちに軽く一撃。トンと当てただけのように見えたのに、それだけで相手は「ぐぼぉっ」と呻き声を上げて膝から崩れ落ちた。


 ぉおお!強すぎるよ、ライアス!


 ライアスは鮮やかな手つきであっという間に男を拘束すると、押さえつけて厳しい声で問うた。


「何者だ!その身のこなし……訓練を受けた者だな!」


「ひっ……ぐぁ……!」


 呻きながらも答えようとしない男に、ライアスがすっと蒼の双眸を細めた。男のポケットを探ると、外したらしい徽章がでてきた。


「国軍の兵士……大臣の差し金か?所属と階級を言え!」


 押さえられた男は、観念したように首を振った。


「ち、ちが……お嬢様のわがままだ……頼む……見逃してくれ」


「……『レイバート』に居た護衛達か……」


 男は苦痛に顔を歪ませ助けを求めるように、周囲に視線をさまよわせたが、わたしの顔に焦点を合わせると、その顔をひきつらせた。


「さっきの……さっきのはいったい……?あの女、何者……?」


「……お前達が知る必要はない」


 ライアスが電撃を当てると、「ひぐぅっ」と、男はカエルが潰れた様な声を上げ、ビクビクと痙攣して気絶した。騒ぎを聞きつけて駆けつけた船着き場の警備達に男達を引き渡すと、ライアスは竜騎士団へ『エンツ』を飛ばして、男達を引き取りに来るよう命じている。


「ライアス、今のは……」


「おそらくライザの差し向けた男達だ……自分の護衛をこんな事に使うとは……ネリィ、この件は俺に任せてくれないか?いい加減、腹に据えかねている事もあるしな」


 あ、うん、お任せします……っていうか、ライアスが本気で怒ってる……怖い!怖いよ‼︎こっちの人達ってなんで怒ると、みんなきれいな笑顔で笑うの⁉︎


 ほどなくして、竜騎士団からヤーンさんとアベルさんがやって来て、わたしに挨拶し、「団長のデート邪魔するとか……命知らずな奴も居たもんだなぁ……」とか何とか言いながら、のびたまんまの男達を引き取って行った。


 船着き場の警備の人がライアスに駆け寄って来て耳打ちし、ライアスは頷くとわたしに手を差しだした。


「安全確認は済んだようだ……じゃあネリィ、行こうか!」


 えっ?あっ、川下りは続行なんだね……わたしはライアスに連れられて『遊覧船』に乗り込む。騒ぎで出航をちょっと遅らせてしまったけれど、他のお客さん達は温かい目でわたし達を迎えてくれた。いや、温かい……というよりも……かなり生温かい⁉


「お兄さん、さっきの!格好良かったわよぉ!」


「ほんと、やるもんだねぇ!一瞬でふたりの男をのしちまうなんてさぁ!あまりの強さにシビれたぜ!」


 ライアスは騒ぎを目撃していた何人ものお客さん達に肩を叩かれ、中にはライアスに握手を求めて来る人まで居て、船の上は妙な一体感に包まれていた。


『遊覧船』からの眺めは、やはり素晴らしくて。


 川面を渡る風は涼やかで心地よく、橋の下をくぐるたびに、橋の上に居る人達と手を振り合ったりして。


 たくさんの人が居る街、王都シャングリラ。今日わたしが見ることができたのは、まだほんの一部。川を行き交う船、それを臨む美しい街並み……遠くにそびえ建つ王城。そして横に立つ、背の高い人の瞳は、今日の晴れた空よりも蒼く、金の髪は太陽の光がこぼれるようで。


 この美しい景色を、いつまでも忘れたくない……そう、思った。





「楽しかったーー!」


 お風呂あがりのわたしは、ばふっと師団長室の自分のベッドの上に倒れ込む。


 サイドテーブルに、ソラが活けてくれた白いネリモラの花飾りが置かれている。


「格好良かったなぁ……」


 ライアスは本当に騎士(ナイト)だった。


 格好よくて、精悍な顔立ちなのに、笑顔はとろりと甘くて、とても強くて。


 さり気ない気遣い、店での立ち居振る舞い……大人の男性なんだなぁ、と思う。


 わたしの事を、本当にお姫様みたいに、誰よりも何よりも大事に扱ってくれた。


「どうしよう、好きになっちゃいそぅ……」


 あんなふうに柔らかく、誰かに微笑まれた事なんてない。


 あんなふうにまっすぐに、誰かに視線を向けられた事なんてない。


 指先から伝わった彼の唇の熱が、まだ指に残っているような気がして、じんじんする。


 ベッドに起き上がって、ぽつりと呟く。


「わたし、誰かを好きになってもいいのかな?」


 部屋の中でひとりきり。わたしの問いに答える人は誰も居なくて。


 胸の中に吹き荒れるこんな感情は、今まで一度も知らなくて。


 その途端、わたしの心臓はずくりと痛み、その痛みがわたしを正気に戻す。


 わたしはぶんぶんと頭を振って、浮かれた気分を追いだした。


「間違えるな、わたし」


 ライアスが王都を案内してくれたのは、わたしが師団長だからだ。


 浮かれるな。


 師団長として頑張らなきゃ。


 頑張って認めてもらわなきゃ。


 ここに居る事はできないのだから。


「レオポルドにあんな啖呵切っちゃったしなぁ……」


 師団長としてやっていけなかったら、魔道具師としてでも……と思ってたけど、師団長を辞めてしまったら、王都には居辛いだろう。


 レオポルドと親しいライアスにも、心理的に会いづらくなりそうだ。


「無理そうならデーダスに戻って引きこもろう……って思ってたのに……」


 ばふっと枕に倒れ込んで顔を埋める。


「……なんか、いろいろと欲張りになってしまったよ、わたし……」


 今日は浮かれて、楽しくて、最高に幸せだったのに。


 今はもう、失う事が怖くて、取り留めがない事を悩んで、不安になっている。


「お仕事がうまくいけば……自信が持てるかな……」


 錬金術師として認められて。


 師団の皆をまとめる事ができて。


 この国に必要な人間だと、認められたら。


 わたしはここに、居る事ができるだろうか。


 仰向けに寝返りを打って、両手を天に向かってかざす。


「大丈夫」


 声にだしてみる。


「大丈夫だから」


 自分の心臓を落ち着かせるように、胸に手をあてる。


「だから安心して」


 誰かを好きになるとか。


 誰かを愛するようになるとか。


「そんな余裕ないなぁ……」


 冷静で居られない。


 気分が落ち込みやすくなる。


「みんな、こんな綱渡りみたいな事……やってるんだろうか」


『恋』ってふわふわした砂糖菓子のようなものかと思っていたのに。


「ううう、心臓に悪い」


 これは『恋』だともまだ呼べない。


 彼の眼差しにちょっと動揺しただけ。


 でも今日だけは。


 ネリモラの花飾り、色とりどりの魔石タイル、歌うペチャニア、シャングリラ駅に転移門、『海猫亭』、川下り……そして太陽のような笑顔で笑う、背の高い人。


 幸せな記憶を抱いて眠りにつこう。

王都見物はこれで終わりです。デーダスの家しか知らなかったネリアの世界が一気に拡がっていきます。といってもまだ王都内ですけどね。

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