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魔術師の杖【11/1連載開始】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@11月1日コミカライズ開始!
第十一章 ネリアと夜の精霊

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449.呪術師マグナゼ

9巻準備に伴い、改稿しています。

「ちっ、いまいましい!」


 季節はさかのぼって秋の終わり。サルジスの広大な皇宮にある豪華な一室で、赤いローブに身を包んだ、ゆるくカーブした黒髪の男が毒づく。。


「どうかされましたか、マグナゼ様」


 皇族の一員でもある呪術師マグナゼ・レン・サルジアは、皇帝が住まう黒曜殿に一室を与えられていた。部屋にいた二体の傀儡が、ローブの合わせから腕を突っこみ、自分の体をかきむしる彼を振りかえる。


「痒い!」


「痒いとは」


「何でございましょう」


 美しい顔をした傀儡たちは、そろってこてりと首をかしげる。


「傀儡は痒みも感じぬか……薬を持て!」


 かけばかくほど痒くなる。イライラしたようにマグナゼが叫んでも、傀儡たちはまたそろって首をかしげる。


「薬湯ですか?」


「それとも膏薬?」


「両方だ!」


 きちんと返事はしても、傀儡たちは単純なことしかできない。それぞれ別々に動いて薬湯と膏薬を取りにいった。


(何が原因かはわからないが……思い当たるとしたら、エクグラシアで受けたあれしかない)


 ヒルシュタッフ邸でネリアにかけられた、魔法陣の意味をマグナゼは知らない。まばゆく光る魔法陣とともに、大量の魔素が体を吹き抜けたが、ただそれだけで何も感じなかった。


 死に物狂いで樹海を抜け、国境にたどりついて故国に逃げこみ、夏はずっと床についていた。だから動けるようになり、自分の工房に入ろうとして彼は愕然とした。


 工房に一歩でも足を踏み入れれば、涙や鼻水がでて体が痒くなる。何かの病気かと思ったが、体をいくら調べても異常は何もない。けれど彼は呪術の素材すらさわれなくなった。


 魔術や魔道具、魔法陣は使えるが、呪術が使えない呪術師など、何の役にも立たない。


 ふれても平気なものもあるが、ダメなものはまったくダメになった。彼はギリギリと歯を食いしばり、工房を閉ざすしかなかった。


(呪いとしか思えないが……あれはいったい、どんな呪術なのだ?)


 あの場にいたふたり……エクグラシアの第一王子と、赤茶の髪をした娘ならきっと知っているはず。


「マグナゼ様、お薬をお持ちしました」


「マグナゼ様、お薬をお持ちしました」


 それぞれ別のところから傀儡たちは、片方が湯気の立つ薬湯入りの鉄瓶、もう片方は膏薬入りのツボを持ち戻ってくる。バッと赤いローブを脱ぎ捨て、マグナゼは上半身裸になった。


「ああ、さっそく塗ってくれ。背中が痒い」


「かしこまりました」


 膏薬を塗って痒みを鎮め、ゆっくりと薬湯を飲むつもりだった。男盛りの頑健な体の背中には、かきむしった赤い筋がいくつもある。そこへ鉄瓶を持った傀儡が、遠慮なく湯気の立つ薬湯を注いだ。


「うわちちちっ!」


「あれ、さらに赤く……」


 薬湯を注ぐ傀儡の後ろで、膏薬入りのツボを持った傀儡がこてりと首をかしげる。


 姿形は美しく愛らしいが、彼らは何も考えていない。薬湯を注いだほうは無表情に白い指を動かし、ジャバジャバとかけた薬湯を背に広げた。


「ひいぃっ、いてっ、やめろっ、塗るのはそっちじゃない!」


 広い皇宮に男の悲鳴が響きわたった。





 六年前、危険を冒してまで、マグナゼがエクグラシアに向かったのは、留学中の皇太子リーエンに関して、ある情報を手にいれたからだ。


 ――リーエン・レン・サルジアは女性である。


 周囲の反対を押し切ってエクグラシアに留学した皇太子は、学園で第一王子と親しくなった。


 もしもリーエンが皇女であれば、彼女はマグナゼかシュライに嫁ぐべきで、辺境の国から王子を皇帝候補に迎えるつもりはない。


(ふざけた王子には即死毒を、リーエンには傀儡毒を含ませてやろう)


 呪術師の技でもある〝潜入〟は変装ではなく、そこで生活していた個人の情報を、そっくり自分のものにする。貿易商の肩書きを手にいれた彼は、タクラの港から魔導列車に乗った。


 〝魔力持ち〟は世界中で生まれる。二百年前に魔石鉱床が発見されたエクグラシアは、近年グレンという錬金術師が魔導列車を開発し、〝魔導大国〟とまで呼ばれるようになった。


 興味本位で降りたルルスで、マグナゼは大規模な魔石鉱床に目を奪われた。魔石を山積みにした魔導トロッコが坑道を走る。


(『エクグラシアに学ぶべきだ』という、皇太子の主張にもうなずけるな……まるで〝大地の精霊〟の力が結晶化したようだ)


 鉱床ひとつで皇都サルジスを何百年と輝かせられるほどの埋蔵量。


(……ほしい。斜陽のサルジアなどシュライにくれてやればいい。俺はエクグラシアの初代皇帝となる。ドラゴンを駆る竜騎士団を我が軍隊とし、魔術師団を傘下に置く)


 繫栄するエクグラシアの活気が、彼に壮大な野心を抱かせた。傀儡だらけで静まり返った皇宮も、呪術師に頼りきって生活する、サルジアのひとびとにも飽き飽きしていた。


 新たな野心を抱いて王都シャングリラに向かった彼に、サルジア貴族出身の妻を持つ、エクグラシア宰相ヒルシュタッフが力を貸した。


 一人娘を王都の社交界で華々しくデビューさせるため、宰相にはとにかく金が必要だった。


「リーエンが変な動きをしなければ……」


 皇帝の座に座っていたのは、マグナゼだったかもしれない。リーエンの機転でユーティリス王子は難を逃れ、皇太子の死で申し開きに追われた彼のかわりに、シュライが皇帝の座についた。





 事件後、ユーティリス王子は王城にこもり、成人しても公の場に姿を見せなくなった。


 一部始終を知る彼の口をふさぐため、エクグラシア王族を抹殺するために開発された、〝呪いの赤〟を今度こそはと持参して罠をかけた。


 周到に準備した呪術はまちがいなく発動し、第一王子は研究棟内の密室で謎の死を遂げるはずだった。


 第一王子さえ始末すれば数年後には、サルジアの影響下にある王太子夫妻が誕生する。


 三十代でまだ若いマグナゼは、それまでにエクグラシア国内で、しっかりとした基盤を築く予定だった。


 しかしそのすべてが覆された。事態を察知した王都三師団の動きは素早かった。竜騎士団の機動力と魔術師団の緻密な攻撃により、関係者はことごとく逮捕され、マグナゼが国内各所に築いた拠点は破壊された。


(まるで罠にかけられたのは、こちらのようだった。ドラゴンを駆る竜騎士に対抗できる戦力、魔術師たちを封じる術が必要だ。死霊使いがいれば役に立ったものを)


『水が命を生み、生まれた命は風が運び、炎がその運命を変える。そして土は命の終わり……すべては星へ還る』


 〝地の精霊〟が司るのは命の終焉。死を統括する死霊使いは、三人の子たちの中でも一番強い力を持ち、生命すらも扱う術を使えた。


 精霊の本体である〝体〟を与えられた彼らは、その本質を強く受け継いでいた。


 恐ろしい術を使いながら、その性格は人懐こく穏やかであったという。ただし目が金色に光るときだけは、別人のようだったらしい。


 地上で生者が謳歌する繁栄は、おびただしい数の死者の魂に支えられていた。


 死霊使いの一族はある日を境に、サルジアの歴史から忽然と姿を消し、その実態はマグナゼですらよく知らない。





 皇帝シュライが顔を上げ、磨きぬいた黒曜石のような瞳で、茶器の向こうからマグナゼを見やる。


「……マグナゼはまたエクグラシアに向かうのか?」


 ほほえみを浮かべたシュライに問いかけられ、男の背中に汗が噴き、かきむしった傷がまたじくりと痛む。


「はい」


「筆頭呪術師であるそなたも、リーエンと同じくエクグラシアに魅せられたか」


「この体では筆頭呪術師としての責務を果たせません。治療法を探るつもりでおります」


 茶器を置いたマグナゼは神妙な顔で頭を下げる。エクグラシアには彼のほしいものがある。魔石鉱床、〝灰色の魔女〟……。


(王都で働く〝毒〟に精通した錬金術師……そんな魔女が手の内にあれば、国を支配するなど簡単だ)


 けれどそんな黒い心の内を、皇帝に見せる訳にはいかなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] そうきましたかぁ~ そうきますよね。 これからが楽しみだね
[一言] いい人ぶってるのだろうか海の魔女。 それとも本心から言ってる? うわーお、こりゃあ無茶苦茶だなぁ
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