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魔術師の杖【11/1連載開始】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪
第十章 ネリアと魔導列車の旅

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444.残念な三兄弟

 工房にいたオドゥは眼鏡をはずし、作業台に頬杖をつくと、しばらくぼんやりしてからため息をついた。


「ネリアにルルゥをつけたのは失敗だったかなぁ。ご飯食べて本読んでドレスの相談……変わったことといえばルルスの町でネリアが倒れて、テルジオ先輩に運ばれたぐらいだ」


 それを耳にしたユーリが、びっくりしたように顔をあげる。


「何をぼんやりしているのかと思ったら、のぞきは趣味が悪いですよ、オドゥ。それよりネリア倒れたんですか?」


「うん。かわいそうに先輩、真っ青になってレオポルドにエンツ送ってた。よりによってあいつと婚約するなんて、僕ってばホントついてないよ。彼女に必要なのは僕なのにさぁ」


 かわいそうと言いつつ、テルジオにちっとも同情はしていない。


「オドゥは最初から対象外でしょ。ネリアはだいじょうぶですか?」


「魔石鉱床との相性が悪かったみたいだ」


「具合が悪くなる魔力持ちがいるとは聞きますが、倒れるほどだったんですか……」


 ユーリが首をひねっていると、オドゥは遠くを見つめるようにして深緑の目を細めた。


「こっちも焦るよ。準備がまるで追いつかない」


「準備って何の?」


「さぁね。まぁいずれ彼女のほうから、僕に会いにくるだろうさ」


 オドゥははぐらかすように笑い、いつのまにか冷めていたコーヒーを飲みほした。





 ユーリはユーリで、手元にある魔法陣とにらめっこをしている。サルジアの隠し魔法陣を読み解けても、それを魔道具に刻むのが難しい。


「眼鏡もぜんぜん完成しませんしね。おかげでタクラの街にはくわしくなりましたけど」


「まぁね。今は女の子たちもいるし、羽を伸ばすにはちょうどよかったろ?」


「ねぇ、今日の食事当番だれ?」


 ミーナが二階からトントンと軽い足取りでおりてきて、オドゥは座っていた椅子をギギッときしませ、伸びをするように手を挙げた。


「僕だけど何かリクエストでも?」


「ダルシュはそろそろ飽きちゃったし、ほかのにしてくれない?」


「じゃあ気分転換に買いだしして、たまには僕が料理でもするかなぁ。ユーリを行かせるとすぐ絡まれるし。お前が警備隊に捕まったら、王都に知らせが行くから気をつけろよ」


「服に手を入れてもらってからは減りましたよ。最近は運動不足も解消できてますし」


 ミーナはパンと両手を打ってにっこりとした。


「オドゥ先輩が何作るのか楽しみだわ。ね、アイリを見てくれる?」


「アイリ?」


 階下にいたふたりは、ミーナのあとから階段をおりてきた人物に目が点になった。


「きみ、アイリかい?」


「髪がショートだからか」


「ウェストは調整したし、特徴のある目元は帽子で影になるようにしたの。ほら、少年に見えるでしょ」


 港の古着屋で買ったズボンは、漁師がよく履く紺地のもので、ミーナが裾を折り返した。首はタートルネックで覆って、すそが擦り切れたコートは、潮風で風合いがあせている。


 ラベンダー色のショートカットに帽子をかぶると、いつも潤むような大きな紅の瞳は影になり、ただギョロリとして見える。アイリもといアイル少年は、ズボンのポケットに両手をつっこみ大股で歩いた。


「歩幅も変えたら、それっぽくない?」


「歩くの難しい……だぜ」


 ギクシャクと歩くアイリに、けれどオドゥは不満そうだ。


「お兄ちゃんとしては、連れ歩くなら女の子がいいなぁ。キレイな格好させて港の見えるカフェに行って、店の中央にある目立つ席でいっしょに食事して、ほかの男たちから嫉妬と羨望の眼差しを浴びたいのにぃ」


「オドゥ、僕ら潜伏中ですよ」


 港近くの路地をウロウロするぐらいならいいが、上層であるタクラ駅近くまで行くのはまずい。


「先輩の料理、楽しみ……ですだぜ」


「ですだぜ……って。僕もでかけるので眼鏡貸してください」


 アイリの言葉遣いにユーリは吹きだして、オドゥに手を差しだした。


「当然のように借りようとするなよ。すっかりタクラを満喫しやがって」


「とっても楽しいですよ。テルジオと港を視察して回るよりずっとましです」


 とぼけて答えるユーリに、先輩錬金術師は渋い顔で注意する。


「お前ね、そこは視察してやれよ。テルジオ先輩が一生懸命準備したんだから」


「私……お、俺もひとりっ子だから、兄弟がいるみたいで新鮮、ですだぜ」


 料理をするといっても調理設備などない。錬金釜を鍋のかわりに使うと、それこそホントの闇鍋になる。酔った勢いで工房にある素材もほうりこみ、食べた翌日なぜか全身紫色になったこともある。害はなかったが、色を落とす薬を調合するのが大変だった。


 火の魔法陣を敷いて魚の切り身を焼くことにして、水揚げされたばかりの新鮮な魚介がならぶ、中層にある市場へとみんなで向かった。


 冬に手に入る野菜は少ないが、どうせ食べるならうまいほうがいい。オドゥはけっこう真剣に食材を選びだした。


「この時期だとブーブリがうまい。貝を入れて出汁をとろう。油で焼いてパポ茸や香草を入れて、少し煮ればそれだけでうまい。あっちでスパイスが量り売りで買える。値段は交渉だけど」


「そんなに量はいらないものね。タクラは地元だし、それは私がやるわ」


 タクラ郊外の子爵領で育ったミーナが、交渉役を買ってでた。


「よろしく」


「ついでに食器も買っていいかしら。乳鉢にスープをいれて、スパーテルで食事をするのはちょっとね」


「あ、気にいらなかった?」


「あ、私……俺も自分のマグほしいし、いっしょに行きますだぜ」


「ますだぜ……って。アイル、きみしゃべんないほうがいいよ」


 すかさず手を挙げるアイリに、ユーリが笑いをこらえきれずお腹を押さえて、オドゥは天を仰いだ。


「なんか僕、めんどうを見なきゃいけない子が、増えただけのような気がする……」


 三人を順にながめて、黄緑の髪をお団子にしたミーナは肩をすくめた。


「この残念すぎる三兄弟、どうにかならないかしらねぇ」





 にぎやかな食事の後は作業台でユーリとアイリが、レンズの錬成(れんせい)に取り組む。


「アイリ、きみが削った術式、省略した部分にも意味があったみたいだ。ほらここ」


「ホントだわ、気づかなかった。もとに戻さないとダメですね」


 アイリがため息をついて術式を書き直し、ユーリはレンズになり損ねたガラスのかけらをつまむ。調べてみるとレンズは何層にも別れており、その隙間に魔法陣が配置されている。再現するのはとても難しかった。


「眼鏡を複製するのがこんなに大変だなんて。この魔導回路を設計したヤツ、ぜったい性格悪いよな」


「魔法陣も複雑ですが、レンズのガラスも薄くて硬いですね。オドゥ先輩、眼鏡を分解してもいいですか?」


 アイリの言葉に、オドゥはぎょっとして振りかえる。


「え、きみときどき過激だよね。それにその眼鏡、意外とじょうぶだよ。土石流の中から拾ったんだから」


「調べるだけですよ。土石流の中からって、どうやって?」


「僕じゃなくてルルゥがね……っと、ネリアが動いた」


 オドゥは顔をしかめて、こめかみを指で押さえた。虚空をにらみつけて歯を食いしばり、眉間にシワを寄せる。


「オドゥ?」


「魔導列車でおとなしくしていると思ったのに。ライガを展開して……後ろに乗せているのはミーナか?」


「私はここにいるわよ。ニーナじゃない?」


 すみで裁縫をしていたミーナが顔をあげ、すぐにニーナへエンツを送ったけれど、姉からの返事はなかった。


「そうか、きみたち双子だったっけ。おそらく明日の朝にはタクラに着くよ」


 ユーリはコップに水差しから水を汲み、肩で息をするオドゥに差しだした。


「使い魔を操るのって大変そうですね」


「そう。魔力を食うわりに見張りや伝言ぐらいで、たいしたことはできないからね。ふたりを出迎えるかい?」


 ユーリはアゴに手をあてて難しい顔をした。


「そうか、潜伏生活ももう終わりですね。眼鏡は完成してないのに」


 オドゥが振り向き、ユーリに黒いケースを放ってよこす。


「ほれ」


「何ですか……ってこれ!」


 言いながら開けたユーリの目は、中にきっちりと収められた眼鏡を見て輝いた。


「グレンが作ったレプリカだよ。あいつが作れるなら僕にだって完成させられると思ったのに、まさかサルジアの隠し魔法陣とはね。腹が立つのはグレンがそれを作ったのは、遊び半分だったってとこだ」


 悔しそうなオドゥはそっちのけで、魔道具好きなユーリはさっそく術式を調べはじめた。枠がすっきりした眼鏡は、そのままでもユーリにも似合いそうだ。


「すごい。認識阻害のレベルも変えられるようになっている。こっちのほうが高性能じゃないですか!」


「それでいいなら竜玉をよこせ」


「あ、はい。こんなのがあるなら最初からだしてくださいよ」


 ユーリが文句を言いながら竜玉を渡すと、受けとったオドゥは複雑そうな表情を浮かべた。


「それだとありがたみがないだろ」

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☆☆MAGKAN様にて11/1連載開始!☆☆
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― 新着の感想 ―
[一言] レオポルドのパートナーが簡単に入れ替わって手に入れられるような居場所なんだとしたら、そりゃあレオポルドにネリアは勿体ないと思っちゃうな。 グレンくらい、ネリアが寄りかかれる居場所になってから…
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