443.すきゃーだび
ニーナをいったん帰し、コンパートメントでひとりになったわたしは、首飾りのプレートから杖の設計図を呼びだした。
「きれい……きっとグレンも、レオポルドのことを見ていたのね」
未完成ながらも、グレンの力強い線で描かれた術式は、息をのむほど美しく構築されている。時間を追ってレオポルドの成長に合わせ、何度も書き直した跡があるけれど、やがて彼が成人したことで、迷いのない線になっていく。
魔石に伸ばした線だけがあやふやで、グレンも自分の魔石がどんなものか、はっきりとわからなかったのだろう。レオポルドが杖を持つ堂々とした姿を思い浮かべ、わたしはため息をついた。わたしだけの力では、この杖を作れない。
「オドゥやユーリの意見も聞きたいなぁ……助けてもらわないと、きっとムリだ」
ちょっといじって、また直して。そしてまたため息をつき、ピアスにふれて考えこむ。
「グレンの設計図通りに作るんじゃなくて、わたしなりの色を加えられないかな……」
夕食を終えたあと、本を持ってきてくれたテルジオにお礼を言って、ミモミのハーブティーを運んでもらう。
「ありがとう、これから寝るまでまたニーナさんと打ち合わせなの。だからテルジオさんは先に寝てて」
「かしこまりました。私は部屋で休ませてもらいますが、何かあれば呼んでくださいね」
「うん。おやすみなさい」
「おやすみなさい、ネリアさん」
テルジオが一礼して部屋をでていくと、わたしは深呼吸してからエンツを唱える。
「レオポルド」
すぐにつながったけれど、聞こえてきたのはビュウビュウという風の音。
「……風の音がすごいね!」
叫ぶように話しかければ、遮音障壁を展開したのか、すぐに無音になった。低くよく通る声がコンパートメントに響く。
「アガテリスでタクラへ向かっている」
「王都の調査も済んだの?」
「ああ。きみと話したいことがたくさんある」
目を閉じれば彼がすぐそばにいるみたい。わたしは深く息を吸うと思いきっていった。
「あのね、ピアスのこと……王都へ帰ったら、アルバーン公爵夫妻やロビンス先生、お世話になった人に謝りに行こうね」
「謝る?」
「うん。テルジオさんからくわしく話を聞いて、びっくりしたんだから」
「話はついてる」
そうじゃなーい!
「ちゃんとご挨拶に行こうっていってるの、ふたりで」
わたしが「ふたりで」を強調すると一瞬彼は黙り、そして口をひらいた。
「意外だな。きみが公爵夫妻のことまで気にするとは」
「レオポルドが気にしなさすぎなんだよ」
そういえばこのひと、誰にも頭をさげたくないから、師団長になったんだった。
「でもすごくうれしかった。このピアスもとても気にいってるの。光にかざすと魔法陣がキラキラして本当にきれい」
「そうか。もうはめてもだいじょうぶなのか?」
彼の声音がやわらかくなった。
「うん。心配してくれてありがとう。それにニーナさんに連絡してくれて。ニーナさん、ドレスを張りきって作ってくれるって。お返しの贈りものは何がいいかな。レオポルドがほしいものってある?」
「きみをエスコートできるなら、これ以上の喜びはない」
「~~~~」
……またこの人は。臆面もなくいきなり言ってくるから、本当に心臓に悪い。心臓をバクバクさせながら、わたしは努めて平静な声をだした。
「何がいいかなぁ、みんなとも相談して考えるね。あのね、わたしと婚約してくれてありがとう、レオポルド」
言いきってから彼の返事を聞くまえにエンツを終えた。部屋にある備えつけの鏡をみれば、耳元で揺れるピアスがキラリと光る。
「おとなしく守られておけ」
そういわれたような気がした。同時にわたしが何かやらかすのを見越して、守りをほどこしてくれたようにも感じる。
わたしはクローゼットから収納鞄をとりだすと、荷物を詰めはじめた。
「きっとレオポルドに怒られるよねぇ……まぁ、再会したらまた怒られればいっか」
やがてニーナがペンとデザイン帳だけを持って、コンパートメントにやってきた。昼とはうってかわって、男物のシャツを着てズボンにブーツを合わせて、その上にコートを着ていた。
「私の荷物はディンが運んでくれるって。ライガだと寒いかしら?」
「アルバを使うからだいじょうぶだと思います。外に転移してライガを展開するから、ちょっと危険ですけど。やっぱりわたしひとりで行ったほうが……」
新婚のニーナまでつき合わせるのは、どうしても気が引けてしまう。けれど彼女は真剣な表情で首を横にふる。
「ダメよ。ひとりでなんて行かせないわ。タクラははじめてなんでしょう?」
「本当は……会えないとさびしいし、声を聴くだけでもホッとするし、ずっといっしょにいたいです。でも彼が真剣にわたしのこと考えてくれるから」
「ネリィは納得できないのね」
「そう、ですね……わたし、彼にふさわしい人間になりたい!」
言ってしまって自分で納得した。そうだ、慣れない生活をはじめて、師団長の仕事を必死にやってきたのは。
――彼に会えるから。
ポロポロと涙があふれて止まらなくなったわたしを、ニーナは包みこむようにしてキュッと抱きしめる。
「それ、彼にちゃんと伝えた?」
「まだです……ふぐっ、うえぇ……ニーナさぁん!」
「じゃあ次に会ったらちゃんと伝えないとね。だいじょうぶ、ネリィならできるわ」
その日はじめて、わたしは彼以外の前で泣いた。胸がいっぱいになったわたしがしゃくりあげていると、ニーナは優しく背中をなでる。
「もう……ネリィったらまるで失恋したみたいよ。そんなにみごとな紫陽石のピアスを、彼から贈られるような女の子は、世界中探したってあなたしかいないのに」
私をギュッと抱きしめて、ニーナはここにいないレオポルドに文句を言う。
「魔術師団長もすぐ飛んでくればいいのに。ネリィに考える隙なんか与えちゃダメなのよ」
そうだった……彼はもうアガテリスでタクラを目指している。こうしている時間も惜しい。わたしは目をゴシゴシとこすって、メローネの秘法を自分にかける。
「ちょっとネリィ……魔法はもっと優しくかけなさいな。魔女は何よりもまず、自分をいたわるものよ」
「すぐでます。ニーナさん、準備はいいですか?」
「人の話聞いてる? いいけどさ」
ニーナのペンとデザイン帳を収納鞄にしまい、わたしはクローゼットにかけていたラベンダーメルのポンチョを羽織る。それから深呼吸すると、ニーナの腕をとって転移魔法陣を描いた。
次の瞬間には虚空にふたりそろって放りだされ、ニーナは絶叫した。
「きゃああぁ、何てとこに転移すんのよ!」
ニーナの腕を必死につかみながら、わたしは説明する。
「転移した先に鳥とか飛んでたらイヤじゃないですか。それに地面に近かったらすぐ激突しちゃいます!」
左腕からライガを展開し、すとんと腰をおろすと、ニーナはわたしにしがみつくようにして、後部座席にまたがった。ぜぇぜぇと息を切らしながら、真っ青な顔でガタガタ震えている。
「も、もうちょっと平和な脱出はなかったの……?」
「だからちょっと危険だって言ったのに」
「ちょっとどころじゃないわよ。死ぬかと思ったわ!」
「スカイダイビングしただけですよ」
「すきゃーだびって何よ、すきゃーだびって!」
ライガに乗るのはなぜか夜中が多い。星空の海をどこまでも飛ばしていけば、自分が世界に溶けてしまいそう。
「ルルゥ!オドゥのところに案内して!」
「え……闇夜にカラス?」
ニーナが目を丸くする前で、わたしは収納鞄から魔力入りクッキーをサッと取りだし、伸ばした左腕にルルゥをとまらせた。












