442.カディアンはアガテリスね
めっちゃ久しぶりのネリア。
「きみたちがもたらした情報は貴重だ。それに連れて行くのは、たいした手間じゃない」
「本当に……本当に私たちをタクラまで、乗せていってくれるんですか?」
信じられないという顔をして、メレッタはライアスとミストレイを交互に見た。最後にレオポルドを見れば、無表情な顔が優しく見えて、メレッタは目をこするかわりにまばたきをした。
「ああ。さっきも言ったが感謝している」
「ありがとうございます!」
メレッタは飛び跳ねるようにして、うれしさのあまりカディアンに抱きつき、紺色のローブが揺れた。
「カディアン、あなたのおかげよ。ありがとう!」
「え、ちょっとメレッタ……俺はたいしたことしてないよ。ふたりだからできたんだ」
カディアンは面食らいつつも、彼女の体をぎゅっと抱きかえすのは忘れない。
ローブ越しに伝わる温もりを味わうまもなく、パッと離れたメレッタはもうケロッとして、蒼竜を見あげてライアスに話しかけている。
「あ、私ミストレイでお願いします。カディアンはアガテリスね」
「えっ」
タクラまでいっしょに乗っていくものだと、カディアンは勝手に思っていた。メレッタは心配そうにレオポルドをちらりと見る。
「だってドラゴンに乗るときって、わりと密着するんでしょ。魔術師団長にくっついて乗ったら、ネリス師団長に怒られちゃうもの」
レオポルドとだと話題に困るとメレッタが思ったからだが、カディアンにしてみればライアスならいいという問題でもない。
というかキラキラしてカッコいい竜騎士団長と、彼女をふたりきりにはしたくない。
「あ、じゃあ俺もミストレイに……」
「すまないが、スピード重視でいくから、三人乗りは勘弁してくれ」
あっさり竜騎士団長に却下され、カディアンが救いを求めてレオポルドを見れば、彼のほうは氷のような冷気を漂わせ、カディアンはピキリと凍りついた。
「私とて別に乗せたくはない」
ライアスが竜騎士たちに指示をだしながら、メレッタを振りむく。
「カディアンの父君は異を唱えないだろうが、メレッタ嬢はカーター副団長の許可を得てくれ」
「あ、それがあったわ……」
またもやメレッタは軽く絶望しかかった。外泊だと認めてもらえないかもしれないが、今ここで父と口論する気力はない。けれど訓練場のすみから、咳払いが聞こえる。
「許可しよう」
「お父さん⁉」
見るとカーター副団長が、心配そうな顔をした夫人のアナを支えて立っていた。ついでにミストレイとアガテリスも、ぐりんと首を彼に向けた。
「ネリス師団長を見ていれば、おとなしくしろと言ってもムダだろう」
「はい、メレッタ。きちんとお行儀よくしてしてね。殿下と行動するのだから、身だしなみには気をつけるのよ」
アナが差しだした旅行鞄を受けとり、メレッタはたまらず泣きそうになった。
「ありがとうお父さん。ごめんねお母さん……」
「気をつけて。ちゃんと無事に帰ってくるのよ」
カーター副団長はカディアンにつめ寄り、締めあげる勢いで念を押した。
「いいか、くれぐれもメレッタの安全に注意を払えよ。タクラには不穏な輩も出没すると聞くからな」
「きっ、気をつけます」
カディアンはグッと顔をひきしめた。メレッタをドラゴンに乗せて終わりではないのだ。それからすぐミストレイとアガテリスは、準備を終えたふたりと師団長たちを乗せて、王都シャングリラを出発した。
「で、どうなの魔術師団長様は。いっしょに暮らしてるんだっけ?」
魔導列車のコンパートメントで、イタズラっぽい眼差しのニーナにいきなり聞かれて、わたしはパンがグッとノドに詰まりそうになった。
「あの、それなんですけど、まだ距離感がつかめないっていうか」
「そうよねぇ、いきなりじゃ気を使いそうよね」
「帰ってくると彼は、リビングのソファーでくつろぐんですけど。わたしを抱っこしてお茶を飲むし、おやつや食事は『あーん』って食べさせてくるし……もう、どうしたらいいのかわからなくて」
「は?」
ぽかんと口をあけて固まったニーナに、わたしは困っていることを一生懸命説明する。
「それに抱きしめかたも温もりを確かめるような感じで、お互いの鼓動に耳を澄ませるような不思議な感覚があって。安心して寝ちゃったらベッドに運んでくれて……いや、それもどうかと思うんですけど」
「まさかネリィ、それで朝まで爆睡してるんじゃないでしょうね」
ニーナにジリッとつめ寄られて、わたしの目が泳いだ。わざと寝付かせているのではと思うほど、スコンと眠りに落ちて目が覚めない。
「ええと毎晩ぐっすり眠ってます。寝室のドアにはもともとカギがなくて……彼はちゃんと紳士ですよ」
無理強いはしないという言葉どおり、レオポルドは必要以上に甘くならず、同居人として接してくれている。
「だって『冷徹な貴公子』とか『手が届かない月の君』とか、さんざん言われていたあの魔術師団長がそこまで甘いなんて。ネリィったら、どんな魔法を使ったのよ」
「いえ、魔法を使うのは主に彼のほうですけど……それに魔法陣の小テストもあるし、甘いばかりでもなくて。魔術訓練場では、けっこうしごかれてます」
やっぱり時間に余裕がないから居住区での暮らしは、デーダスで過ごした休暇とはちょっと違っているし、居住区にレオポルドがいるのが、まだ不思議な気がする。
「へえぇ……」
「そうだ。ピアスのお返しって何がいいと思いますか?」
ニーナなら貴族の婚約事情にだって明るいはず。いいアドバイスを期待して、わたしは彼女の返事を待った。
「そうね、悩むわよね。相手のことを考えた贈りものなら、何でもいいとは思うけど……魔術師団長なら稀少な魔道具を喜ぶかもしれないけど」
ニーナも頭をひねりつつ教えてくれる。
「ふつうはこういうお返しって、自分で作るとしたら刺繍を刺したり、ペンや護符みたいにふだん身につけたり、使う物を贈ったりするのよ」
「刺繍なんてしたことないし、自分で討伐した煉獄鳥の魔石を護符にする人に、どんな護符を贈れと……」
そう、たかが刺繍だなどと軽く考えてはいけないのだ。ニーナやアイリが作るものもキレイだけど、貴婦人たちだって負けてはいない。
王城でたまにやる作品展では、数ヵ月どころか数年がかりの大作だって並ぶ。すばらし過ぎて逆に怖い。
「ネリィらしいものがいいわよね。まぁタクラなら貿易で入ってきた珍しい品も多いし、着いてからゆっくり選んでもいいんじゃないかしら」
「それで相談なんですけど、タクラへ早めに着きたいなって。ユーリたちがいるオドゥの工房も見に行きたいし、今夜にもライガで出発しようかと思うんです」
「ミーナに聞けば工房の場所はわかると思うけど……こっそりってこと?」
「そうですね……」
ニーナは紅茶をひと口飲み、それから首をかしげた。デザートのテルベリーとピュラルを使ったケーキは、甘味と酸味のバランスがちょうどいい。
「私は何をすればいいのかしら。時間稼ぎ?」
「や、ニーナさんにまで迷惑をかけるわけには……」
「相談されている時点で共犯でしょうよ。何か事情でもあるわけ?」
「事情というか……レオポルドはすごく優しいし、まわりの人たちも親切にしてくれますけど、何かむずがゆくて。それにレオポルドがタクラにくる前に、オドゥと会って話もしたいんですよね」
「彼には言わないでいくつもり?」
「……そのつもりです」
ルルスの町で倒れたことは、すでにオドゥも知っているだろう。わたしの体にしたって杖作りにしたって、彼の協力が必要になる。言われたとおりレオポルドに、任せておけばいいのかもしれないけど……。
紅茶をひと息に飲みほすと、カップを置いてニーナはにっこり笑った。
「私も行くわ。ライガってふたり乗りができるんでしょ?」












