437.オーランドの提案
ただいま7巻最終チェック中です。
今週いっぱいかかるかも。
「いきなりごめんなさいねぇ。カディアン殿下があなたを手伝うって聞いて、大変そうだしメレッタも連れてきたの」
「まぁね、カディアンとお父さんだけじゃ、かわいそうかなって」
「俺はアナさんにメレッタを誘っていいかたずねたら、それを聞いた母上が見学したいって言いだして」
カディアンがオロオロと、副団長とソラとアナを順に見回す後ろで、リメラ王妃は上品に口元に手をあて、ほぅ……とため息をついている。
「わたくしはせっかくですから差しいれでも……と。午後は予定が空きましたの。ご迷惑でしたかしら?」
「とんでもございません……仰向けでのごあいさつとなり、こちらこそ失礼を」
カーター副団長の威厳が、みごとに崩れ去った。もういっそリメラ王妃のヒールで踏み潰されたい。国王一家と家族ぐるみのつきあいなど、レオポルドに教わっただけの、にわか仕込みの対貴族スキルではどうしようもない。
リメラ王妃はソラに茶菓子を渡し、アナがうれしそうに毛糸の束と、編針のはいった袋を持ちあげる。
「あとね、冬でもソラちゃんの服って変わらないけど、見た目に寒そうでしょ。かわいいカーディガンを作ってあげようかと。ソラちゃんのサイズならすぐ編めるし」
「カーディガンですか」
副団長の頭上ではソラとアナが会話を交わす。午前中の業務は真面目にこなした副団長にとって、タイミングが最悪だったとしか言いようがない。
「そうよ。ネリス師団長が着ていた、ラベンダーメルのポンチョとおそろいになるよう、カディアンが柄をスケッチしてくれたの」
「ネリア様とおそろい」
カディアンが持ってきたスケッチブックを見て、ソラはパチパチとまばたきしながらデザイン画に見入った。繊細なタッチの鉛筆で描かれたソラには、色鉛筆で軽く彩色がしてある。
「俺なりにアレンジして、手袋や帽子も考えたんだ」
小物のデザイン画まで添えてあり、ポンチョと同じ柄のカーディガンを羽織った、ソラのイラストはホコホコして暖かそうだ。
「ステキねぇ。かわいくできたら、ネリアさんも喜ぶわよ!」
「ネリア様が喜ぶ……よろしくお願いします」
副団長はガバリと起きた。
「ならば採寸は私がっ!」
「お父さんはこの部屋から出てくれる?」
メレッタの冷たい声に、クオードの全身が凍りついた。
採寸を終えたアナはそのまま師団長室で、リメラ王妃とお茶を飲む。
「魔術師団長がほんの小さいころ、よくここでレイメリアとお茶をしましたの」
琥珀色の目を細めて、リメラ王妃は懐かしむようにほほえんだ。
「んまっ、ステキですわねぇ。ソラちゃんとそっくりだったのですって?」
「もっと愛らしい子でしたわ。元気いっぱいで部屋にいるより、中庭で白いモフモフと遊んでいることが多くて。師団長室の内装はとくに変わらないから、当時を思いだしますわ」
工房ではメレッタがあきれた声をだした。
「ちょっとお父さん、扉に何張りついてるのよ」
「ぐぬぬ……師団長室のようすが気になる」
「もぅ、せっかく手伝いにきたのに」
むくれるメレッタの横で、カディアンが首をかしげる。
「そういえばオーランドから、ミネルバ書店を調査するって聞いたけど……」
「そうだった!」
カーター副団長はネリアから頼まれていたことを思いだした。
「ふん、一番弟子のためとあればしかたあるまい。カディアン、オーランドに魔導車の準備をさせろ。ミネルバ書店に向かう」
「はっ、はい!」
ちゃっかり魔導車まで用意させて、カーター副団長はカディアンやメレッタ、補佐官のオーランドまでひきつれて、二番街のミネルバ書店に乗りこんだ。
王都二番街にあるミネルバ書店は、魔導書から何から世界中の本が集められるだけでなく、出版も手がけている大型書店だ。一階は雑誌や流行りの小説があり、専門書や趣味の本は二階にある。
三階にはお茶を飲みながら読書を楽しむロビーに、著者による講演会や四番街の俳優による朗読会など、季節ごとに催しが変わるホール、製本師と本の相談をするカウンターなどがあり、ゆったりとくつろいですごせる。
そして今、三階にある結着点ではなく表玄関の車寄せに、一台公用の魔導車が乗りいれた。
魔導車を降りた副団長一行はズカズカと二階に上がり、クオードが奥にある重厚な扉をにらみつけていると、中から扉が開き明るいオリーブグリーンの髪で、金の瞳に片眼鏡をかけた壮年の男性があらわれた。
「ようこそミネルバ書店へ。お越しいただき光栄です、カディアン第二王子殿下と婚約者様、カーター錬金術師団副団長、ゴールディホーン第二王子筆頭補佐官。当店で製本師をしております、ダイン・ミネルバと申します」
「よろしく頼む」
「うむ」
三人に向かってうやうやしく頭を下げたダインに、カディアンと副団長が重々しくうなずき、オーランドはぺこりと会釈をする。
「ではダイン、案内を頼みます。邪魔が入らない静かな個室で相談に乗っていただきたい」
「かしこまりました。私どもでお役に立てればよいのですが」
三階に上がってすぐは、壁全体がぐるりと天井まで届く本棚になっている。椅子にかけて本を読むひとびとのあいだを、トレイを持ったスタッフや、台車を押したスタッフが静かに行き交っていた。
「すごいな……図書館みたいだ」
「蔵書数でいえば相当数ございます。あいにく稀少本の類は、依頼があれば売買を仲介するという形で、在庫自体は少ないのですが」
目を輝かせるカディアンにダインはにっこりと笑って答える。
メレッタはため息をついた。
「ちょっとうらやましいわね。オドゥさんみたいに私もタクラに行ってみたいわ」
「俺たち、まだ学園の授業があるもんな」
タクラまでは魔導列車で四日かかる。往復だと八日……卒業を控えて単位はほぼ取り終えているとはいえ、魔術学園の授業だってあるから、そんなに長く休めない。
マール川があり交通の便がよかったから、タクラまでの長距離転移陣は設置されていない。けれどオーランドは銀縁眼鏡をキラリと光らせて、意外なことを言った。
「いえ、行くことはできますよ」
「何だって?」
聞き返すカディアンに、彼は簡単に説明する。
「強行軍になりますが、ドラゴンを使えば可能です。学園が終わった夕刻に出発して夜通し飛び、週末に二日間滞在し、また学園が始まる休み明けの朝に戻ってくるのです」
「それなららたしかに行けるけど……」
カディアンは驚いて目を丸くした。タクラまでドラゴンで移動するなんて、思いつきもしなかった。
「ミストレイとアガテリスがタクラに飛ぶことになっています。もちろん竜騎士団長と魔術師団長に、同行の許可を得なければなりませんが」
それを聞いてがっくりとカディアンは肩を落とした。
「やっぱりそうか。師団長たちに許可を得るなんて、そんなのムリに決まってる」
「……おや?」
銀縁眼鏡のブリッジに指をかけたオーランドは、レンズをキラリと光らせて口の端に挑戦的な笑みを浮かべた。
「ユーティリス殿下なら、きっとどうにかします。彼らを納得させる理由を、殿下もご自分で考えられては?」
「ぐ……」
言い返せずにカディアンは唇をかみ、ギュッと拳を握りしめた。師団長たちを納得させる理由……たしかに彼の兄ならば、無理矢理にでも思いつきそうだ。オーランドが彼に助け舟をだす。
「ひとりでは無理でもメレッタさんと考えれば、何か思いつくかもしれません。期限はシャングリラに戻った師団長たちが、ドラゴンでタクラに出発するまで。彼らの説得を含めてお任せします。やってみますか?」
つまりはふたりで考えろということだ。カディアンがハッとして顔をあげれば、真剣な表情のメレッタと目が合う。
「私、やってみたいわ」
「メレッタ……」
そうだ、ふたりで考えればあるいは。
自分たちはもうすでに、不可能を可能にすると言われる、錬金術師の卵なのだから。
さて、どうなる⁉️












