436.副団長とソラ
『魔術師の杖⑦ネリアと魔術師レオポルド』
6月30日(金)発売決定です!
今回の表紙は過去イチ鮮やか!SSも3つ用意しました!
ネリアをはじめ、主だった錬金術師たちが不在のため、研究棟の業務はどうしたって、カーター副団長が中心になる。
朝から研究棟の工房で副団長は黙々とポーションを作り、ビンにつめて箱に並べ、それがいっぱいになると竜騎士団から預かった防具に、倉庫からせしめてきた素材を使って、効果付与の実験をはじめていた。
「素材をケチらんでいいのは助かるな。今回は火竜との戦闘でダメージを負った防具が多い。熔けた装甲に自己修復の魔法陣を再構築するぞ。オドゥ……」
ここにいない、片腕になりつつあった一番弟子の名を呼び、副団長はチッと舌打ちをした。
「いかんな、無意識に弟子を頼りにしすぎていた」
見習いを含め七年のキャリアがあるオドゥは、コミュニケーション力もあり仕事もできて使い勝手がいい。今はユーリといっしょらしく、ネリアたちに合流したらそのままタクラから、サルジアに向けて出発するだろう。
「オドゥめ……それをいいことに、ギリギリまで仕事をせんつもりか」
サルジアに向かう王太子一行には、魔術師団からは前魔術師団長のローラ・ラーラ、竜騎士団からもひとり竜騎士が同行する。錬金術師団からだせるのはオドゥぐらいしかいないのだ。
けれどそれを見越したかのように、ネリアからは魔術師団長に協力するだけでなく、クオード自身もオドゥの研究室で何か気づいたことがあれば、独自に調査するようエンツで命じられた。
『何でもいいの。ずっとオドゥを見てきたカーター副団長から見て、気になったことを教えてちょうだい』
オドゥの研究室には本や文献が数多くならんでいた。あとは劇のパンフレットや小物がいくつか。
調べると本の大半は、二番街にあるミネルバ書店で購入されていた。おそらくテーマを決めて、それに関する文献を集めるよう依頼していると思われる。
(ミネルバ書店を調べてみるか……)
仕事を終えたら世界中の本が集まるといわれる、ミネルバ書店に行くことにして副団長はソラに指示をだす。
「ソラ、秋に収穫した素材から、防虫剤に必要な成分の抽出をすませ、保管しておくように。それで素材庫のスペースがだいぶあくだろう。あいた場所には竜騎士団からの素材を詰めるからな」
「わかりました」
こくりとうなずいたソラは風をあやつり、ネリアがよくやるように風選で素材から不純物をとり除く。
こまごまとした雑用をソラがこなす横で、カーター副団長はミスリル鎧の効果を確認したり、アムリタ薬品に卸す防虫剤の原料を準備したり、ポーションの作成もこなしたりした。
「ふむ。ソラひとりと私がいれば、たいていのことは何とかなるな」
遅めの昼食をとるのに気分を変えるかと、師団長室でネリアの椅子にどっかりと座り、置いてあった収納鞄の術式を眺め、それからグリドルで思いついた改良点を書きだす。何だか師団長気分も味わえて得した気になる。
「わははは、順調順調。だが何かすっかり忘れているような気がする……」
午後は魔術学園から戻ってきたカディアンも手伝いにくる。天井まで届く壁一面の本棚を、ぐるりと見まわしていると、とことことやってきたソラが、小首をかしげて澄んだ水色の目をまたたいた。
「カーター副団長、お昼はカレーです」
「うむ。カディアンが楽しみにしておったからな」
このオートマタはあいかわらず、ネリア以外にはにこりともしない。それを考えると魔術師団長のほうが、だいぶ愛想はいい。
(むしろ彼からは敬意をもって、接してもらっているような……これもネリス師団長が来てからか?)
そんなことを考えながらソラをぼんやりと眺め、副団長はとつぜん思いだして叫んだ。
「あぁっ⁉」
「?」
水色の髪を揺らしてソラが振りかえり、カーター副団長は威厳を保って咳払いをする。
「うおっほん、何でもない」
「そうですか」
カレーを運んでお茶を淹れるソラを、彼はジトリとした視線で見守りながら、ネリアが夏に研究棟へあらわれるまでに、抱いていた野心を思いだした。
(待てよ。あの小娘がいない今ならば……)
自分が師団長となったら資料庫に保管してある、グレンが遺した研究資料を精査し、素材を好きなだけ使って研究するつもりだった。
けれど彼女のおかげで研究棟の資金繰りは改善し、錬金術師たちの地位も向上しつつある。今では予算獲得のために雑用を引き受けることもなく、研究に関してはわりと自由が利く。
それですっかり忘れていたが、彼にはどうしても研究したいものがあった。今は生意気なユーリも、何を考えているかわからないオドゥもいない。ヴェリガンやヌーメリアだって留守にしている。
(こっ、これはソラを好きなだけ観察する……千載一遇のチャンスなのでは⁉)
そのことに気づいて一気に心拍数が上がった副団長の前に、戻ってきたソラが紅茶のカップをコトリと置く。
「どうぞ」
「うむ」
副団長は内心の興奮を抑えて、重々しくうなずくと紅茶をグビリと飲む。
(関節の駆動系もだが、筋肉の収縮も見たい……皮をはぐわけにもいかんだろうが、服を脱がせるぐらいなら……)
目が血走ってギラギラしだした副団長に、部屋のすみに戻ったソラはふしぎそうに小首をかしげた。
「ソラ、ちょっと……その、だな」
「何でしょう?」
(どうやって動くのか知りたい。動きを司る術式に、肝心の魂を封じた精霊契約の魔法陣も……見たいっ!)
指をわきわきと動かし考えこんでいたら、いつのまにかソラがスッと寄ってきて、副団長は飛びあがった。
「紅茶のおかわりは?」
「もらおう!」
またぐびぐびと紅茶を飲みほし、ふーっと息を吐きだして、副団長は忙しく頭を働かせた。カラになったカップに、またとぷとぷとソラが紅茶を注ぐ。それをまた勢いよくあおる。
――ぐびぐび。
――とぷとぷ。
いつも塔でレオポルに淹れてもらうときと違い、まったく紅茶を味わっていない。副団長の頭はソラのことでいっぱいだった。
(だがどうやって。ただ『調べさせてほしい』ではソラも応じぬだろうし……ううむ)
――ぐびぐび。
――とぷとぷ。
飲みすぎて副団長のお腹がタプタプになったところで、ソラはカラになったティーポットを手に、こてりと首をかしげた。
副団長はすごくノドが渇いていたようだ。もしかしてカレーが辛かったろうか。人間の味覚はオートマタの体ではわからないのだ。
「ぐうぇっふ、ふぅー。あの、ソラちゃん?」
「ソラちゃん?」
派手なげっぷとともに、勇気をだして話しかけたものの、こちらに向けられる澄んだ水色の瞳を、副団長は見返すことができずに目を泳がせる。
「ふ、服を脱いで、すすす寸法を計らせてくれるかな?」
ぱちりとまばたきをして、ソラは彼を見守っている。
「なぜですか?」
「なぜって……そっそっそ、それはアナが、ソラの服を作りたいと言っていて……」
とっさに思いついた、苦し紛れの言いわけをしている最中に、師団長室の扉がバアンと開いた。
「まあっ、あなた。なぜ私の考えていることがわかったの?」
「ふおおぅっ⁉」
アナの声にびっくりした副団長は飛びあがって、椅子から転げ落ち床にひっくり返った。
悪いことはできない副団長。
7巻のSSテーマ募集にご協力ありがとうございました!
『恋のお守り』ミーナとメロディがネリィを応援しようと相談します。
『いつか見せたい青い空』過去編。ライアスの父ダグ視点のお話。
他にも書きました!












