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魔術師の杖【11/1連載開始】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@11月1日コミカライズ開始!
第十章 ネリアと魔導列車の旅

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435.アイリ、ユーリを捕まえる

 ジャラジャラと鎖の音をさせ、リーダーとおぼしき男がペッと唾を吐いた。


「逃がすわけねぇだろうがよ」


「お前はとっとと消えちまえ、ただし素材は置いていけ」


 アイリの背後からはぁ、とため息が聞こえる。


「ややこしいことになったなぁ」


「ユーリ、何人まかせられますか?」


 男たちをにらんだままでアイリが問えば、あきれたような声で返事があった。


「何人てきみ……お嬢様なのに、こんなことに首つっこむわけ?」


 さっと目を走らせユーリを襲った男たちを観察しながら、アイリはつっけんどんに答える。


「もうお嬢様ではありません。それに王子様にいわれたくないわ。その言葉、そっくりそのままお返しします」


 通路に倒れているのはふたり、アイリが股間を蹴りあげた相手とユーリが手刀をたたきこんで沈めた指サックの男だ。


 アイリが回し蹴りをくらわせた男は何とか立ちあがり、首を押さえて目をギラつかせている。そのほかにリーダーとおぼしき鎖を手に持つ男、そして無精ひげを生やした男の五人。


(武器を持っているかもしれない、もしもそれが魔道具ならやっかいね……)


 首を押さえた男は殺気をみなぎらせてアイリをにらんでいるし、リーダーがジャラジャラと鳴らす鎖も気になる。


「右はまかせます!」


「あ、ちょっと!」


 いうなりユーリがとめるよりも早く、アイリは鎖をジャラジャラさせていたリーダーにむかって動いた。逃げることは考えなかった。すぐそばには自分が必死で助けた命がある。


 あのときはすべてを失っても、彼を助けられるならそれでいいと思った。それにあのときは、動けないことが悔しくてしかたなかった。


『迷うな。相手を殺すつもりでやれ。でなければ死ぬのは自分だ。一瞬の迷いが命取りになる』


(殺すつもりで……いまならば自由に動ける!)


 恐怖よりもその想いのほうが勝った。アイリが描いた防壁の魔法陣に、うすら笑いを浮かべていたリーダーが真顔になる。


「魔力持ちか……」


 男が手にした鎖の先端から炎があふれだし、無精ヒゲがあわててさけぶ。


「おい、ヤケドさせたら商品にならないぞ!」


「へっ、治癒魔法があるだろうが。金はかかるがまずはしつけを……ぎゃあああ!」


 絶叫はユーリがすばやく展開した遮音障壁にのみこまれた。アイリが得意な風魔法を発動させ、鎖の炎を勢いよく燃えあがらせたのだ。鎖から逆流した炎に包まれて火だるまになったリーダーがゴロゴロと転がる。


 自分に力がないとわかっているアイリは、うまく手加減ができない。だからこそ攻撃は容赦なかった。血相を変えた男たちの耳に彼女の凛とした声がひびく。


「違法に改造した魔道具をお使いのご様子。どうやらしつけが必要なのは、あなたたちのようですね」


「このっ!」


「ふざけやがって!」


 転がる男の手には、焦げた鎖が貼りついている。それを中心に魔法陣を展開し、アイリは電撃を呼ぼうとした。


「雷ではなく風を喚んで」


 肩に手が置かれてささやかれた言葉に従い、アイリはあわてて術式の一部を書きかえる。魔法陣が発動すると同時に、竜巻が巻き起こり、場に展開した転送魔法陣から大量の水が降ってくる。


「うわっぷ!」


「しょっぺぇ!」


「ひいいぃ!」


 潮の香りからアイリは、喚ばれたのが海水だと知る。傷口にはただの海水さえ刺激になる。男たちから悲鳴があがり、次の瞬間には彼女の視界から彼らの姿が消えた。


 周囲の景色が変化したことで、逃したのではなく自分たちが転移したとわかった。動悸と震えがあとからやってきて、アイリは胸を押さえてぶるりと身を震わせた。こげ茶の髪をした青年が彼女をふりかえる。


「ありがとうっていうべきかな。そういえばきみ、魔術師志望だったね。風魔法が得意だし竜騎士にだってなれたかもね。じゅうぶん実戦で戦えそうだ」


「……魔術師団長は厳しいかたとうかがってましたから。護身術の先生は元竜騎士でしたし」


 自分にサッと浄化の魔法をかけ、アイリはキッと青年をにらみつける。


「それより逃げようと思えば転移できた。あなたはわざと襲われましたね」


 言い逃れは許さない。そんな気迫で問いつめれば、青年は軽く肩をすくめた。


 すっかり背が高くなった今の彼は、職業体験のときよりずっと大人っぽい印象なのに、表情だけはイタズラを見つかった子どもみたいだ。


「ずっと疑問に思っていました。あの日あなたはわざと研究棟で襲われたのでは?」


 あの日呪いの色で染めた糸で刺繍したハンカチを、彼に渡したのはアイリだ。事件が起こるまえに時が戻せたらと何度も願った。


『きみにずっと謝りたかった』


 けれど秋祭りの晩に七番街の工房で彼がささやいた言葉……呪いに手を貸したのはアイリなのに、家門を離れることが条件だったとはいえ、いまの自分が置かれている立場は恵まれすぎている。


「父にも後ろ暗いところはあったけれど、あなただって襲撃を防ごうと思えばできたはずです。なぜ自分の身を危険にさらしてまで……」


 つめ寄るアイリを、厳しい顔をしたユーリが両手を挙げてとめた。


「そこまでにしてくれ。あれはわざとじゃないし、きみを巻きこむつもりはなかった。これ以上首を突っこんでほしくない。きみはキレイな布に囲まれて刺繍を刺せる、穏やかな暮らしを手にいれたはずだろう」


 強い口調でいわれ、アイリはあっとなった。刺繍をさせる穏やかな暮らしは、失ったすべてと引き換えに、彼が彼女のためにわざわざ用意したもの。青ざめてギュッと唇をかみしめれば、ユーリは首を振って帽子をかぶりなおす。


「僕のためにきみが危ないことをする必要はない。お使いがあるからもう行くよ。うまい昼飯を買わないと」


 アイリはハッとして次の瞬間には、自分の腕をするりとユーリの腕に絡ませた。


「何……」


「それならすこし戻ったところに、ダルシュのおいしい屋台があります。そこで買ったらどうかしら。ミーナも待たせていますし、送ってくださるでしょう?」


 ここで会ったからには絶対に、アイリは彼を逃がすつもりはなかった。





「あらアイリ、帰ってこないから心配したわ。もう少しでエンツを送るとこよ。そちらのかたは?」


 屋台の近くでベンチに座っていたミーナは、のんびりと言ってアイリの連れを見る。だれかはわかっているだろうに、何も言わない彼女にユーリも苦笑いを浮かべる。


「こんにちはミーナ、これでもがんばったんですけど、あっさり見破られちゃいました」


 彼の格好は港で働く男たちとあまり変わらない。厚手のチェック地のシャツに深緑のセーター、じょうぶで保温性の高いズボンを身につけ、くたびれてすり切れた茶色のコートに、小さなつばつきの帽子をかぶっている。


「あら服だって似合ってるし、街にもよく溶けこんでるわ。靴は新品みたいだけど」


 しっかりとした厚底のブーツは、濡れた場所でも滑らないよう、靴裏に深い溝が刻んである。水も入りにくく港や船の甲板で作業するのに向いている。


「靴はサイズがあるから中古は難しくって。既製服は肩が凝るけど、中古なぶん生地がこなれていて着やすいです」


 王子様らしい感想に、ミーナは笑って提案した。


「体に合わせて仕立て直しましょうか、ぐっと動きやすくなるわよ」


「ホントですか、それは助かります。あ、でも貸してくれた本人に断らないと」


「なら今からいきましょう。せっかくここで再会したんですもの、私たちを招待してくださいな」


 ユーリの腕に手をかけたままでアイリが口をはさむ。いつになく強引な彼女にミーナは眉をあげ、けれど何も聞かずに立ちあがった。


「そんな格好をしてるってことは訳アリよね。いいわ、いっしょにいくわ。ウチにとってはだいじなスポンサーだもの」

『ダイエットと王城探検』に『服がない!』を追加しました。

でっかくなったばかりのころ、服がなくて困ったユーリの話です。

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