431.男たちの語らい
ライアスはミスリルナイフを使い、手際よく肉を切って焼きはじめる。香ばしい匂いがあたりに漂うと、彼は自分の収納ポケットから小瓶をふたつとりだした。
「ひどい目にはあったが、リコリス女史からわけてもらったスパイスは絶品だぞ。一度味わうとクセになる」
その横でレオポルドは川から汲んだ水で、湯を沸かして茶を淹れる。
「カレンデュラの茶か?」
ひと口飲んでライアスが目をみはり、レオポルドは静かにうなずいた。
はじめてオドゥに飲ませてもらったときは、ただの葉っぱから甘く優しい味がして、レオポルドは不思議だった。
「オドゥはイグネラーシェの話を楽しそうに語った。あれが偽りだとはどうしても思えなかった」
「それを証明するために、レオ坊はここへきたのか」
「それだけではありません……彼女のためです」
いつもより青ざめて見えるレオポルドが、平気で無茶をするのは子どものときからだ。大人になって節制するどころか、ごまかすのが上手くなっただけのような気がする。
三人は昼間ずっと集落の周囲も含めひとしきり探したが、魔道具らしきものは見つからず、あったのは茶碗のかけらや布切れぐらいだった。ダグが肉をかみながら、ぼそりと口にする。
「ところでレオ坊から見て、オドゥはどんなヤツだ?」
「……何でもできた。器用で人当たりもよく、女子には優しくて、男子には面倒見がよかった」
空が黄昏時に色を変え、やがて夜のとばりが落ちてくる。
ライアスはだまって茶碗に茶を注ぐと、湯気をたてる澄んだ茶の表面にふたつの月を映し、それをしばらく眺めてからぐいっと飲み干した。
「俺もオドゥのことは信じたい。だがあいつは……婚約してからだいぶ変わったな。俺は対抗戦で斬りかかってきた姿に、ようやくオドゥをひさしぶりに見た気がした」
オドゥは学園でも目立つ生徒だった。勉強もできたし上級生からも一目置かれていた。彼が変わったのは婚約したせいなのか、錬金術師団に入ったからなのか、ライアスにもよくわからない。
「変わったといえばお前もだぞ、レオポルド。彼女との暮らしはどうだ?」
「とても楽しい」
ライアスは持っていた肉の串をポロリと取り落とした。月の光を浴びて銀糸のような髪をきらめかせ、姿だけは精霊のような男は無表情に淡々と語る。
「こんな幸せがあっていいのかと思うぐらい幸せだ。たまに夢ではないかと不安になる」
「そ、そうか」
親友はどうやら真顔でノロケているらしい。ライアスが落とした肉の串を拾い、浄化の魔法をかけてほおばれば、ちょっと味が薄くなっていた。それでもしっかりとかめば、コクのある脂といっしょに肉汁が滴る。
ライアスはしばらく無言で肉をかんでいた。それを全部飲みこんでから、彼は思いきってレオポルドに言った。
「お前はまずソラ並みの無表情をどうにかしたほうがいい」
炎をみつめるレオポルドの瞳の色が揺れた。ふいっと顔をそらして銀の髪をかきあげ、悩ましげに眉を寄せて言葉を紡ぐ。
「お前が急に……彼女の話をするから」
ライアスはぽかんとした。どうやら顔色ひとつ変えないこの無表情な男は、ライアスから急に聞かれたことに動揺して、正直に答えてしまい、さらには自分の答えに照れているらしい。
(わかりにくいな……おい!)
調子が狂ったライアスは、ポリポリと頭をかいて天を仰いだ。このやっかいな親友の相手が、ネリアでよかったというべきだろうか、どうにも前途多難な気がする。
「あちち。感覚共有を切ったばかりだと、ドラゴンの舌には熱ぃな」
ダグはカレンデュラの茶をふうふうと吹いて口に運びながら、暗くなっていく山を見あげた。
「俺がオドゥに抱いた印象は……何でも丁寧にやる子だと思った」
「丁寧に?」
「ああ。何をやるにしても粗雑さや荒っぽさがない。気候の変化にも敏感だし、まわりにいる人間にも気を配れる。不測の事態にどう対処するかも、ちゃんと考えている。そうだろう?」
「そう言われてみれば……」
オドゥが見せる気の配りかたは、ライアスにはできない細かさだ。
「それはな、元はといえばあの子の暮らしが、丁寧だったってことだ。精霊たちに守られて感謝する……俺たちが忘れがちな約束事も、きちんと守って生活していたのだろう」
「私もオドゥからその話を聞いて、イグネラーシェに憧れました」
自然そのものが、子どもたちの格好の遊び場となる。小さな里を守る、大人たちはキビキビと働いていた。
「この里では山で狩りをして川で魚を釣り、畑で家族が食べられる分だけの作物を育て、子どもたちも木の実やキノコを集めていたらしい。だが王都の魔術学園に子どもを入れる余裕はなかったそうだ」
「ダグ、それもオドゥから聞いたのか?」
「本人と援助していたカレンデュラの領主からだな。領主はオドゥの父親に弱みでも握られていたのかもしれん。記録にない隠れ里ってのにも、事情がありそうだった。それとあの子の婚約者だった令嬢だが……」
今度はライアスとレオポルド両方が反応した。
「ラナのことか?」
「もう嫁いだと聞いたが」
「俺はその令嬢は知らん。オドゥは元々カレンデュラ伯の娘婿か、家令となる予定で領主から援助を受けていた」
「何だって⁉」
オドゥと婚約していた相手の名に、ダグはあっさりと首を横に振る。ライアスは彼がそんなに早いうちから、打算の入り混じった婚約をしていたことに驚いた。
将来有望な魔力持ちの子を早いうちから、囲いこもうとするのはどの貴族も同じで、レオポルドも身に覚えがある。寒さが厳しく作物が育ちにくいアルバーン領や、災害に見舞われやすいカレンデュラ領では魔力が重視される。
「領主の世話になり、入学準備をしていたというのは……」
「優秀ならば娘婿に、あるいは家令として取り立てる予定で、オドゥは身ひとつで領主館に預けられた。礼儀作法から厳しくしつけられ、飲みこみも早く、領主一家からの評判はよかった。けれどあの年は領全体が壊滅的な被害を受けた。領主は援助を打ち切り、学園に通わせられないと伝え、あの子はひとりでカレンデュラを出発した」
カレンデュラの領主には、ライアスとレオポルドは何度も会っている。災害に見舞われやすい領だから、いつも会うたびに感謝の言葉を伝えてくる。
決してオドゥに落ち度はない。ただ領主があてにしていたのは父親の働きで、オドゥはまだ当時、能力が未知数の子どもだったというだけだ。レオポルドがぽつりとつぶやく。
「……オドゥが婚約したラナも、貴族の令嬢だったな」
「だからあれだけ必死に、自分をすべて作り変える勢いで、いろいろなことを身につけたのか」
学園でのオドゥはだれよりも人気があった。その彼が最終的に選んだのが貴族のラナだった。
何も持たない彼が手っとり早く地位と身分を手にいれる手段……それに令嬢たちのあしらいかたは、彼は最初から身につけていた。
「錬金術師として成功するだけではダメだったのか?」
「わからない。さんざん援助を引きだしたあとに、しびれを切らしたラナから婚約破棄したという話だ」
ライアスもレオポルドも、それについてオドゥと話をしたことはない。どうしたとたずねても、はぐらかされるだけだからだ。ダグが肩をすくめた。
「信じても裏切られる。そういうことが何度も続けば、だれだって用心するようになるさ」
「かもしれないが……」
ライアスが納得いかないでいると、レオポルドは眉間にシワを寄せてきつく目を閉じた。
オドゥ・イグネルをグレンに紹介したのはレオポルドで、そしてそのふたりが〝ネリア・ネリス〟をこの世に送りだした。
「オドゥの望みは家族をとり戻すことで、だからグレンという協力者が必要だった」
――〝ネリア・ネリス〟はその過程でできた、ただの副産物……。
その瞬間、テルジオから緊迫したエンツが入る。
「アルバーン師団長、緊急です。ネリアさんが魔石鉱床の見学中に倒れました!」












