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魔術師の杖【小説9巻&短編集】【コミカライズ準備中】  作者: 粉雪
第十章 ネリアと魔導列車の旅
430/560

430.イグネラーシェの記憶 後編(オドゥ視点)

よろしくお願いします!

 オドゥが里を離れる直前、彼は弟と山の中で道に迷った。弟のユーリが野生のピュラル集めに夢中になって、気づいたら山奥に迷いこんだのだ。


「オドゥ兄ちゃん、どっち行けばいいの?」


 心細そうなユーリにオドゥは笑って、子どもの握りこぶしより小さな甲虫型の魔道具を取りだす。


「心配いらないよ。いいもの持ってるんだ」


「虫?」


「本物じゃないよ。〝迷い虫〟といって虫の形をしてるだけ」


 自分が小さいときも同じように、父がやってみせてくれた。こんどは彼がやる番だ。


「ほらユーリ、こうすれば虫が光るだろう?」


 〝迷い虫〟に指でちょんとふれれば、その羽が金色に光りだす。


「ほんとだ」


「あとはこいつを追って帰ればいいんだよ。ケガをしたら走れなくなるから足元には気をつけて」


 べそをかいていたユーリの顔がパアッと明るくなった。


「うん、オドゥ兄ちゃん。これで帰れるね!」


「まったく……ピュラルの実集めに夢中になるから。ユーリ、危ないから手をつないでいくよ」


 鼻をすすったユーリがこくりとうなずき、小さな手でオドゥの差しだした手を握りしめる、


「へへっ、ピュラルお腹いっぱい食べたかったんだもん。ルルゥだって喜ぶだろ?」


 金色に光る〝迷い虫〟が木立の中を抜けていく。邪魔になるだろうにユーリは、ピュラルの実がたくさん入ってボコボコした袋を、だいじそうに抱えて離さない。


 木の枝に引っかからないよう、オドゥはなたを振って道を作った。助けあいながら山をおりれば、黒いカラスが〝迷い虫〟の近くで羽ばたいた。


「父さんの使い魔だ。もう安心だよ」


 カラスの名は何というのか知らない。けれど黒い瞳が深緑に変わるときは、父さんが自分たちを見ている。ユーリがカラスに向かって叫んだ。


「ルルゥ、ただいま!」


「それは妹の名前だろ」


「だってあいつ、カラスみたいにカアカアうるさいもん」


「まったく。僕がいなくなっても仲良くしろよ」


 ピュラルを妹のために採ろうとするぐらいだ、可愛がってはいるのだろう。けれど年の近いユーリとルルゥは、くだらないことでよくケンカをした。


「オドゥ兄ちゃん、カレンデュラの領主様のとこから、いつ帰ってくるの?」


「わからない。領主様が交通費もだしてくれるなら、夏に帰ってこれるけど……」


「カレンデュラなら父ちゃんが迎えにいってくれるよ」


「……そうだな。うまく稼げるバイトを見つけられれば、年に一度くらいは」


 領主館に滞在するのは来年の春までで、そこからはるか遠く王都の魔術学園に行くことは、幼いユーリには説明しなかった。奨学金がもらえたら、少しは余裕があるかもしれないけれど……休暇ごとに帰るのはきっと難しいだろう。


 里の入り口では妹のルルゥが、座りこんで地面に絵を描いていた。山からおりてきたふたりを見つけ、立ちあがり元気よく手をふる。


「オドゥ兄ちゃん! ユーリ兄ちゃん!」


「ルルゥ! 父さん!」


 駆けだしたユーリのあとから、オドゥはゆっくりと歩いて行った。ルルゥの背後に腕組みをして立つ父の肩に、カラスが舞い降りる。里ではかけない黒縁眼鏡をかけて、父は深緑の瞳でオドゥをまっすぐに見た。


「すぐ出発するぞ、オドゥ」


 事前に聞かされていたとはいえ、ゆっくりするヒマもなかった。ユーリと迷ったから出発は延期されるのではと、オドゥは内心期待していたが、そうはならなかった。


「荷造りは……」


「必要ない。すべて領主が用意してくれる」


 オドゥがいてもいなくても、里の暮らしには影響がない。けれど彼は弟や妹たちに囲まれた、にぎやかな暮らし以外知らない。里のみんなは顔見知りで、会えば必ず声をかけてくれる。里を離れる心の準備がまだできていなかった。


「入学は春だし、まだ先じゃないか。秋はいっぱいやることがあるよ。畑の収穫だって終わってない。保存食になる木の実を集めて、キノコは塩漬けにしておかないと。魔獣たちが冬眠する前に狩りだって……」


 いつも陽気な父が彼を振りかえる。穏やかな深緑の瞳には何の感情も浮かんでおらず、オドゥは背筋がゾクリとした。わずかな殺気も感じさせず魔獣を仕留めるときの、静かな眼差しとそっくりだったからだ。


「父さん……」


 青ざめて後ずさるオドゥに、父は困ったように眉を下げた。家長だからといって偉ぶることはなく、まとわりつくルルゥやユーリとじゃれて遊ぶ父は子煩悩で、ふだんは狩りを教える時の冷徹さはまったくない。


「オドゥ、お前は決して僕を許さないだろう。だから先に謝っておくよ……すまない」


「すまないって、許さないって何だよ。学園に行くだけだろ。五年かけて卒業して、父さんが満足するような仕事につけってことだろ。どこにも謝る必要なんかないじゃんか。それとも父さんは……」


 オドゥの左目だけが深緑から、鮮やかな金色に色を変えて光る。


「僕に魔術学園の教育を受けさせるかわりに、家業を継がせないつもり?」


「……そうだ。『カラス』は僕で最後にする。お前だけでなくユーリやルルゥにも継がせない」


 父の思いがけない言葉に、オドゥは目を丸くする。いつもふらりとでかけて里を留守にする父が、特殊な生業に就いていることは知っていた。高額な報酬とひきかえに他人の命を手中に納め、刈りとることだってある。


「どうして。だってそれがあるからカレンデュラの領主だって、父さんと仲良くしてくれるんだろ?」


「仲良く、か……」


 自嘲気味につぶやいて、父の目は昏くかげりを帯びた。


「僕に何かあればカレンデュラの領主は、お前への援助を打ち切るかもしれない。そのていどの縁だ。王都に行ったらグレンという錬金術師に会え」


「錬金術師?」


 イグネラーシェで育ったオドゥには、魔術師とか錬金術師とか、こないだから父が口にする言葉がわからない。


「ちゃんとした職に就いて、地位と身分を手にいれた男だ。僕とは違って……」


 オドゥはいつだって獲物を仕留めるときの、父の強さや冷静さに憧れていた。なのに今、だれよりも強いと思えた父は、なぜこんなに弱々しく笑うのか。


 まるでおのれの無力を悟りきったみたいに。


「ユーリやルルゥを残して山をおりるのはイヤだ。行くならみんないっしょに……」


「それだけはできない」


 父は断固として首を横に振る。


「だからオドゥ、僕を許さなくてもいい。生きるために僕が知る術はすべて教えた。お前は王都へ向かえ」


 それは決別のときだった。容赦なく線を引かれ、オドゥは家族と引き離された。


「オドゥ兄ちゃん⁉」


 甲高い叫び声はユーリかルルゥか、よくわからない。首をめぐらせる前に、父の叱咤が飛ぶ。


「振り返るな、走れオドゥ!」


 川の浅瀬を跳ぶように渡り、父とともに山道を駆ける。一瞬だけ、そう一瞬だけ高台でオドゥの足が止まる。


 振りかえった故郷の里では、川原にユーリとルルゥを連れて、長い髪を風になびかせた母が立っていた。それが彼にとっては家族の姿を見た最後になった。





 レオポルドがガクリと膝をつくと、泥だらけだった魔道具のまわりに構築された魔法陣は、端から崩れてほどけるように消滅した。手の中にある〝迷い虫〟をにぎりしめて、彼は額を押さえて顔をしかめた。


 眉間にシワを寄せたレオポルドは、ひとつ息をつくとゆっくり確認するようにまわりを見回す。まばたきをするとそこはイグネラーシェの小川近くに張ったテントの中で、ライアスが心配そうに彼の顔をのぞきこんでいた。


「レオポルド、何かわかったか」


 過去の事象を知ることができる〝レブラの秘術〟は、術者をかなり消耗させる。肩で息をする彼の声が震えた。


「ああ……オドゥはたしかにここで暮らしていた。だがあのカラスの使い魔は父親のものだ。使い魔を受けついだだと……いったいどうして」


 その疑問に対する答えは、手の中にある魔道具も教えてくれそうになかった。

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