43.仁義なき女の戦い(ライザ視点)
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(ライアス様がなぜこんな……町娘を連れているの!)
実の所、ライザ・デゲリゴラルはかなり腹を立てていた。ライアス・ゴールディホーンが『レイバート』にエスコートするとしたら、まず自分ではないのか……と、勝手に考えたからだ。
かつてこちらからライアスにした婚約の打診はあっさりと断られた。だがそれで引き下がるようなライザではなかった。
「ライアス様でなければ嫌!」と、父親のデゲリゴラル国防大臣に泣きつき、『婚約間近だ』という噂も立てて、ライバル達を排除してきた。
王都に住む貴族令嬢で、国防大臣の娘であるライザ・デゲリゴラルの顔を知らぬ者など居ない。
ライアスが出席する夜会では、周りの令嬢達に睨みを利かせて、必ず踊るようにした。一度のダンスでさっさと離れていく背中を見送るのは面白くなかったが、それさえ「恥ずかしがってらっしゃるの」と、吹聴してきた。
自分の魅力と美貌に絶対の自信を持っているライザにとっては、イライラする程周りくどいやり方だったが、堅物で生真面目と評判のライアス・ゴールディホーンはなかなか落とせなかったのだから仕方がない。
幸い父は全面的に協力してくれているし、徐々に外堀を埋め、メイビス侯爵の夜会で強引に既成事実……もとい、強制プロポーズに持ち込むつもりでいた。
(それなのにっ!つまらない町娘にネリモラの花を……それも二つも!……連れ歩いているだなんて!)
ライザはもう一度、娘の顔を睨めつけた。
赤茶色のまとまりのない癖っ毛に黄緑色の瞳で、見覚えのない顔だ。仕立てのよい上質な服を着ているが、それだけだ。術式を刺繍した服を着ている所を見ると、魔力持ちではあるらしい。感じる魔力の圧からして、せいぜい街の魔道具師か……。
しかも、ライアスは決定的なマナー違反を犯している。
貴族の作法では、人に誰かを紹介する時は、まず、『格下』の者を『格上』の者に紹介しなければならない。なぜなら『格上』の者を『格下』の者が知っているのは当然だからだ。紹介を受けた格上の者から声をかけられてはじめて、格下の者は会話ができるようになる。
そしてライザは当然、ライアスに女を紹介されても無視するつもりでいた。『目に入れたくない』格下の者を『居ない者』として扱うことは、特権階級に属するライザの当然の権利であり、許されることだと思っていた。それなのに、あろうことかライアスは、女に『ライザ』を紹介したのだ。
ライアスにとっては『錬金術師団長』のネリアをライザよりも『格上』としてとらえているから、なんらマナー違反ではないのだが、そんな事はライザは知る由もない。
しかも相手の『デゲリゴラル国防大臣の?』という呟きに自分が反応してしまった事で、会話が成立してしまっている。
明らかにライザの失態だが、自分が『国防大臣の娘』と知れば、相手もすぐにでも慌てふためいて非礼を詫びるだろう……と思ったのに、その様子もない。これではライザが、この女より『格下』だと自ら認めてしまったようなものではないか!取り巻きである皆の前で!
「ライアス様!つまらない女に関わっては、ライアス様の評判に傷がつきますわ!」
(この……わたくしがっ!こんな女に恥をかかされるなんてっ!)
「お前っ!……ネリモラの花まで身に着けて……ライアス様にねだるなんて……厚かましい!」
店から放りだしてしまえば、あとはどうとでもなる。自分の護衛に命じてライアスの目の届かない所にやり、引き裂いてくれよう……。
そこまで考えた時、ぞっとするような、ライアスの冷たい声が上から降ってきた。
「ライザ嬢……腕を放しなさい……私の力では貴女を振り飛ばしかねない」
言われた内容が理解できなくて、なおもしがみつくライザを、ライアスの蒼い瞳が普段は見せない険しい表情で見下ろしてくる。
「彼女は私が今エスコートさせていただいている、大切な『友人』……彼女を侮辱する発言は、私を侮辱するのと同じ……控えていただきたい」
「んまぁ!」
思わぬ拒絶にライザは目を丸くすると、怒りに身を震わせてライアスから少し距離をとり、必死に彼の言葉を理解しようとした。
「『友人』……ってことですわよね?そう……『友人』なら仕方ありませんわね……」
ライアスがようやく腕から手を放したライザに冷たい一瞥をくれ、連れていた女の手をそっと持ち上げると、周囲が息を呑んだ。
「ええ……まだここまでしか許していただいてないので……」
ライアスがわずかに身をかがめ、その唇をゆっくりと女の指先に押し当てると、ライザは衝撃に固まり、席についていた令嬢達から悲鳴が上がり、固唾を呑んで見守っていた周囲も、ざわりとする。
「……んまぁっ!」
それはまるで、恋をする男の仕草のようで。指先から唇を離して身を起こしたライアスは、女の手を離さないままに、とろけるような笑みを浮かべた。
「『友人』としかご紹介できません」
そして眉尻を下げて女に向き直る。
「ネリィ、貴女に不快な思いをさせてしまった……場所を変えよう」
その言葉に、事態を見守っていた支配人が慌てて駆け寄ってくる。
「ゴールディホーン様!こちらの不手際ですぐにご案内ができず、申し訳ございません!」
「ああ支配人、騒がせてすまない。今日の予約はキャンセルさせてもらう、料金は後日きちんと請求してくれ」
「そ、そんな……」
支配人は青ざめた。ここでライアスを帰らせては店の評判に傷がつく。この場合、優先すべきは『国防大臣の娘』などより、『竜騎士団長』のライアス・ゴールディホーンだ。だが、ライザ・デゲリゴラルもこの場を動きそうにない。
「誠に……誠に!申し訳ございません!ああ!……お詫びにディナーのご招待券をお送りいたします!」
「いや、それは……」
「当店自慢のタクラ料理を是非!お連れのお嬢様もご一緒に!」
「……どうする?ネリィはそれでも構わない?」
「え?」
「支配人が今日の詫びに後日ディナーに招待したいと。なかなか予約がとれない店なので、この申し出はありがたいけど……ネリィの気が進まなければ断ろう。こちらの都合で昼食をキャンセルするのだから」
「どうか、どうかお嬢様!ライアス様と是非ご一緒に!当店自慢のタクラ料理をお召し上がりにいらしてください!」
拝み倒さんばかりに必死な笑顔で支配人に詰め寄られ、ネリィと呼ばれた娘は戸惑っていたようだが、やがて頷いた。
「ええ、じゃあ楽しみにしてますね」
支配人はあからさまにほっとした笑みを浮かべる。
「ありがとう、支配人。君のおかげで彼女にディナーの誘いを受けてもらえたよ……それと、全てのテーブルの全員にデザートを配ってもらえるかな?店を騒がせた私からの詫びだ」
「かしこまりました」
ライアスの太陽の様な朗らかな笑みは、その場に居た全員を魅了し、女性達から感嘆の溜息が漏れる。
「では、失礼する……行こうか、ネリィ」
そのまま彼らは連れだって店をでて行き、一度も振り向かなかった。
だから。
ライザ・デゲリゴラルが、つき従っている護衛達にそっと合図を送るのを。
見てはいなかった。
書いてて楽しい回でした。『悪役令嬢』ってなんか燃えますね。