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魔術師の杖【小説9巻&短編集】【コミカライズ準備中】  作者: 粉雪
第十章 ネリアと魔導列車の旅
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429.イグネラーシェの記憶 前編(オドゥの過去)

 オドゥが生まれ育った家の近くを流れる川はいつも、子どもたちの遊び場だった。手頃な岩を拾って並べ、川をせきとめて弟のユーリといっしょに、川魚を追いこんでつかまえる。


 妹のルルゥは川原できれいな石を拾うと、フチのかけた木のボウルに集めた小石を入れていた。ルルゥは絵を描くのも好きで、赤茶の土を溶いて絵の具がわりにして、小枝でひらたい石に顔を描く。


 父親はたまにカレンデュラ伯爵の用事でふらりと数日、場合によっては数ヶ月里を留守にする。街に行かないと買えない品は、父親が物々交換で手にいれてきた。そのときはいつも黒縁眼鏡をかけていた。


 山の恵みと川で獲れる魚、家族が食べられるだけの畑があれば、食うには困らない。オドゥは母親の手伝いをしながら、よく弟や妹のめんどうを見た。


「オドゥ兄ちゃん、ユーリがぁ!」


 駆け寄ってきたルルゥが、畑にいたオドゥの腰に抱きついて、ユーリにイーッと歯をむいた。


「ユーリ、ルルゥをいじめるな」


 悪者にされたユーリも、それを聞いてぷくうとむくれる。


「だってルルゥがずるいんだもん!」


「ずるくない!」


 弟と妹に挟まれて、オドゥは空をあおいでため息をついた。


「ふたりとも、畑の世話が終わったら遊んでやるから」


「オドゥ兄ちゃん何してるの?」


 ルルゥが深緑の瞳を輝かせて、オドゥの手元をのぞきこむ。


「豆の収穫。このカゴがいっぱいになったら、母さんとこに持ってく」


「ルルゥもやる!」


「じゃ、背が低いとこの豆は頼むよ」


「俺は?」


 ユーリが勝気な瞳をきらめかせた。いつもオドゥの後をついてくる弟は、ルルゥだけが仕事を頼まれるとおもしろくない。


「ユーリは川から水を汲んできて。数日日照りが続いているから、畑にまいてくれ」


「父ちゃんが持って帰った水の魔石を使えばいいじゃん」


 川はすぐ近くでも、小さな畑にたっぷり水をやるには何往復もしないといけない。


「あれは非常用。使ったらなくなるんだぞ」


「ねぇ、あとでルルゥに水の魔石を見せて。とってもキレイなんだもん」


「あとでな」


「やくそくだからね!」


 ルルゥは何でも約束させたがる。ユーリはすぐルルゥとの約束を忘れてしまい、よくケンカになるけれど、オドゥはいつもちゃんと覚えていた。


 カゴをいっぱいにしたら母のところに持っていき、ルルゥも預けてユーリのもとへ急ぐ。三往復ぐらいしたところでへばっていたユーリのあとを引き継ぎ、畑と川を往復する。


 どちらにしろユーリは水のはいったバケツを持って走るから、畑にはいくらも水がまけていない。すべて終えて兄弟で家に戻れば、ちょうどルルゥが母と豆の皮むきを終えたところだ。


「オドゥ兄ちゃん、おかえり!」


「ルルゥ、俺には?」


「ふーんだ」


「ほらルルゥ、水の魔石を見るんだろ」


 ルルゥの態度にまたユーリが腹を立てそうになり、オドゥは水の魔石を取りにいった。


「見てるだけじゃ魔石だって、ただの石ころと変わらないじゃんか」


「ダメ!」


 妹が気にいっている魔石は拳大で青みがかっており、光に透かすと波のような揺らぎが白い壁に映しだされる。


 だいじに取っておいてときどき眺めたいルルゥと、使ってみたいユーリといつもケンカになる。


「ケンカするなよ。ほら、ふたりとも手をだして」


 オドゥは父親に教わったばかりの魔法陣を、水の魔石に展開した。ゆっくりと慎重に魔素を注げば、魔石に含まれる水の記憶が呼び覚まされる。


「わぁ!」


「すごい!」


 せせらぎの中を魚が銀鱗をきらめかせて泳ぎ、轟く滝となって岩にあたり飛沫が砕け散る。深い淵にひそむ大きな魔獣はぬるりとしており、人の足音が岩伝いに聞こえたとたん、信じられないほど素早く動き姿を消した。


 ゆったりと流れる川面に空を横切る渡り鳥の群れ、それが鳴き声もやかましい海鳥たちに変わると、ふわりと体が浮き雲の中にいた。視界一面にもやが広がり、それが薄れて消えると、濃い群青の海が眼下に広がる。


 魔法陣が光を失い視えていた景色が消えると、オドゥの額には汗が流れ、唇は青ざめて震えていた。体の中から魔素がごっそり抜けた感覚がある。


「オドゥ兄ちゃん、もうおしまい?」


 ぱちくりとまばたきをしたルルゥが、キョロキョロと部屋を見回す。


「きょうはもう無理。またこんどな」





 父はとりわけオドゥに厳しかった。罠の仕掛けかたに魔獣の急所、水の見つけかたに、役に立つ薬草や毒草のありか……山で生き抜く術を徹底して叩きこんだ。男たちで行う狩りには、子どものころから連れだされた。


「オドゥ、どんな敵でもその動きには死角がある。レビガルの爪は鋭いが、手首、肘、肩……腕ひとつ動かすには起点がある。その起点を狙い、動きを止めれば攻撃を避けることができる」


「はい、父さん」


 父は里のだれよりも強かった。動きはしなやかでスタミナもあり、何日も山にこもって狩りができた。


「人間を含め、どの動物も骨格や筋肉の動きを理解していれば、恐れることはない。つぎにどんな攻撃がくるか予想できるからな。やっかいなのは魔術師を相手にする場合だ。魔法陣を用いた攻撃は距離を越える」


「魔法陣を用いた攻撃って、捕縛の魔法陣以外にもあるの?」


 水の魔石から水を喚びだして、水責めを行うとかだろうか……オドゥがそんなことを考えていたら、父親は深緑の瞳を彼に向けた。


「そうか、お前はまだ魔術師を知らなかったな」


「うん」


「竜騎士もドラゴンも、動きが予測できれば倒すのは簡単だ。やつらはひたすら頑丈なだけだからな。われらの強敵となるのは魔術師だ。お前は王都の魔術学園に通わせてやる。そこで魔術師について学べ」


「魔術学園?」


「そうだ。カレンデュラ伯とは話をつけた。来月には山をおりて、領主館で行儀作法を覚えろ」


「来月だって?」


 学校に通えるのがうれしいというより、困惑のほうが大きかった。留守がちな父にかわり、毎日オドゥは母の手伝いをして、弟や妹のめんどうを見ている。自分がいなくなったら、母は困るのではないかと心配した。


「僕、魔術学園なんていかないよ」


 だが父親は精悍な顔をゆがめて首を横にふる。


「いいかオドゥ、この生活は生きるだけで精一杯だ。ちゃんと学ばねば大人になってから後悔する」


「ここにいればもっと役に立てる。もっと強くなって、レビガルもひとりで狩れるようになって、そしたら!」


「オドゥ!」


 オドゥが口をつぐんだのは、父に怒鳴られたからではなく、頭を下げられたからだ。


「父さん……」


「お前は学園を卒業して、ちゃんとした職につけ。こんな山間の集落に息をひそめるように暮らさなくてもすむよう、地位と身分を手にいれろ。俺が成し遂げたくて……どうしてもできなかったことだ。頼むオドゥ!」


 父にはできなかったこと……それを託された重みが、ずしんと感じられたのは学園に入学してからだった。

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