426.副団長とのエンツ
よろしくお願いします!
翌朝、レオポルドからのエンツのせいで寝不足になったわたしは、寝ぼけた頭でエルサの秘法を使う。
「ううう、レオポルドからのエンツ、心臓に悪かった……」
カーテンを開けて車窓から外をみれば、王都を離れた魔導列車はシャングリラ郊外を抜け、いつのまにかエレント砂漠に入り、乾燥した大地に築かれた魔石の街ルルスが近づいていた。
それからわたしは持ってきた収納鞄からノートを取りだし、考えなきゃいけないことを書きだしてみた。
・ピアスのお返し
・オドゥの動向
・イグネラーシェに向かったレオポルドとライアスの動き
「こうして書くと、タクラでどうするかより、向こうに着く前につかんでおかなきゃいけないことが多いなぁ」
ちゃんと確かめなかったけれど、レオポルドとライアスたちは今イグネラーシェに向かっている。秋に訪ねたところを再調査するのは、きっとサルジアが絡んでいる。親友のオドゥを調べるのは、あのふたりにとっても辛いはず。
(だからこそふたりで行ったんだろうけど……)
わたしは息をつくと、研究棟で働いているカーター副団長にエンツを送った。
「カーター副団長、そっちは変わりない?」
すぐに渋い声で返事がある。
「こちらは何も問題ありません。私とソラで業務を進め、カディアン第二王子にも手伝ってもらう予定です」
「うん、手薄だから助かるね。カディアンのためにオヤツを多めにしておくよう、ソラに伝えておくよ」
「ありがとうございます。それとアルバーン師団長から、『オドゥの研究室を調べたい』と申し入れがありました」
「そう」
「驚かれませんな」
「そんなことをソラも言っていたから。錬金術師団の不利益にならない範囲で、カーター副団長も協力してくれる?」
「もちろんです」
正式な婚約者になったから、レオポルドは居住区では自由に行動できる。もしもわたしが行動不能になれば、ソラを含めすべての権限が彼にゆずられる。
婚約はそのための契約なのだと、自分にも言い聞かせたのに、昨晩は息が止まりそうになった。
『私はきちんと手順を踏んで、きみを妻に迎えるつもりだ』
その先のことなんて……杖を作ることができたらの話で、具体的なことは何も考えていなかった。テルジオから借りた本もちゃんと読んで、認識のすり合わせが必要かもしれない。
(……ていうか、妻って。妻って……妻ってえええぇ⁉)
「ネリス師団長、どうされましたか?」
心の中で叫んでパニクっていたら、カーター副団長の渋い声が聞こえて、わたしはあわててシャキッとする。
「何でもない。レオポルドはライアスとイグネラーシェに向かったの?」
カーター副団長が息をのむ気配がして、しばらくしてから返事があった。
「そこまでご存知でしたか、昨日師団長がタクラに発たれてからすぐに、ドラゴンが三体出発したそうです」
「三体?」
ソラは三人目については何も言ってなかった。レオポルドとライアスと、あとひとりはだれだろう。竜騎士のだれかだろうか。『オドゥの動向』と書いた項目をペン先でつつき、わたしは副団長の意見を聞いた。
「ねぇ副団長、禁術に手をだした者はどうなると思う?」
「禁術ですか」
どんな……とは言わなかった。しばらく黙ってから、副団長は口をひらく。
「とうぜん非難されるし、場合によっては査問にかけられるでしょう。師団長として突っぱねてもいいですが、三師団はたがいが抑止力でもあります。あの魔術師団長が理詰めで追求してきたら、逃れることは厳しいかと」
「そうよね……」
ユーリやレオポルドに使われたチョーカーだって、グレンは非難を浴びたのだ。サルジアの失われた死霊術が、グレンやオドゥの手により、ここエクグラシアでよみがえったのだとしたら。
「オドゥをかばえるかしら」
「それはオドゥが禁術に手をだしたということですか?」
「オドゥだけでなく、グレンもだとしたら?」
副団長の返事はなく、長い沈黙が落ちた。被験者だったわたし自身が、彼らの研究がもたらした成果であり、そしてオドゥが最初から、禁術に深く関わっていたらしいことも……デーダス荒野でレオポルドは知った。
今はユーリといっしょにいるオドゥから、彼は話を聞こうとするだろう。もしもふたりが対立したら、錬金術師団はどうなるかわからない。
「……我々としてはオドゥ・イグネルを、切り捨てることもできます。師団長はそうされないのですな」
「できるだけ、それはしたくないの。レオポルドやライアスも悲しむと思うから。それに彼は優れた錬金術師だもの。ゴーレム作りにしろ、結晶錬成にしろ……何とか彼に活躍の場を設けたいの」
オドゥ自身がそれらの研究に、乗り気にならなければどうしようもない。それに彼はまだ〝死者の蘇生〟を諦めていない。
重々しくため息をつくカーター副団長と、今こうしてふつうに話せているのも不思議な感じがする。
「オドゥに未来を与えてやりたいのは私も同じです。だれもが認める実力がありながら、何年も正当に評価されなかった。魔術師団長の調査次第ですが、魔術学園でともに苦労した仲ともなれば複雑でしょうな」
「……カーター副団長がまともなこと言ってる」
「私とて娘を魔術学園に通わせている身ですからな」
レオポルドはライアスといっしょに何を確かめるつもりだろう。彼らはわたしよりも割り切って、師団長として行動できる。
けれど学園時代から続く三人の絆は、わたしが思うよりずっと深く強い。口にしなくてもきっと、彼らはオドゥを助けたいはず。
「わたしができることってあるかな……」
「そういえばここ数日で、魔術師団長は目の色が変わりましたな。何か覚悟を決めたようです」
「そう?」
そういえばレオポルドにとっては研究棟も、生まれ育った場所だけれど。魔術師団長がウロウロするのは、カーター副団長にはおもしろくないかもしれない。
「レオポルドにパパロッチェンなんか、飲ませちゃダメだからね」
それを聞いた副団長の声が裏返った。
「な、なんのことですかな⁉」
「あはは、それでひとつお願いがあるんだけど」
副団長にやってほしいことを伝えて、わたしはエンツを切った。そう、まだやれることはたくさんある。
そして食堂車でいただく魅惑的な朝食に、わたしはすぐに夢中になった。サクサクに焼いたぶ厚いトーストに、冬だから果物のかわりに、ピュラルやテルベリー、ミッラといった数種類のジャムが添えられていた。
黄金色のバターをのせ、芳ばしい香りを楽しみながらパクリとかじれば、融けたバターがじゅわりと口の中にひろがる。
「ん、サクサク!」
根菜を刻んだクリーミィなスープは、チーズが使われていてコクがある。マッシュした舌触りのいいトテポが添えられた、塩漬け肉のソテーをかみしめれば、臭みのない脂はさらりとしている。
「ネリアさんはモリモリ食べてくださいね。ちっさいんですから」
「ちっさいはよけいだよ!」
わたしは車窓から見える景色を楽しみながら、ふと思いだしてテルジオにユーリたちのことを聞く。
「ねぇ、テルジオさん。ユーリから連絡はあった?」
エルサの秘法、覚えたいです。
少しでも長く寝ていたいですよね!












