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魔術師の杖【小説9巻&短編集】【コミカライズ準備中】  作者: 粉雪
第十章 ネリアと魔導列車の旅
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424.きみの声が聞きたかった

ダグとライアスに背中を押されるレオポルド。

 ライアスは父のほほに残る傷に目を走らせる。


「それは……だが消そうと思えば消せるのだろう?」


「まぁな。風魔法は使えたし、ドラゴンの世話は好きだった。けど後方支援で終わると思ってた」


 竜騎士団にもドラゴンに乗らず、地上勤務で働く者たちはいる。竜舎や訓練場の管理や、資材と飼料の手配……ドラゴンが暴れたら駆りだされるから、訓練を受けているが大空を駆けることはない。


「だがドラゴンの目で一度でも世界を見たら、元には戻れん。クレマチスの背に乗ったとたん、すべてがどうでもよくなった。この素晴らしい景色を見られるなら、俺は死ぬまでドラゴンに乗りたい……そんなふうに思ったよ」


 ダグの言葉にライアスがうなずいた。


「それは俺もわかるな」


「マグダは息子を竜騎士にはしたくなかったと思う。苦労をかけたからな。だからオーランドが文官になって、正直ホッとした。あいつには言えんが」


「母さんはそんなことひと言も……」


 ダグの感覚からすると、子どもたちが会うたびにでっかくなる。


「竜騎士はドラゴンの背に乗れば、自由にどこへでも飛んで行っちまう。けれどそのあいだ地上の家族は、俺抜きで生活するんだ。ライアス、お前がまさか団長になるとはなぁ……」


 ライアスは子ども時代を思いだすように首をかしげた。特別に強かったわけではない、ただ毎日オーランドといっしょに鍛錬しただけだ。そのころは兄が竜騎士になるのだと思っていた。


「俺もまさか、と思っていた。竜騎士団長にまでなれたのは、兄さんのおかけだ」


「ちがいない」


「…………」


 ダグはクマル酒をぐいっとあおると、黙々と食べているレオポルドにビンを差しだした。


「どうしたレオ坊、彼女のことでも考えていたのか?」


 どうやら図星だったらしく、銀髪の青年は動きがピタリと止まる。ダグはおかしそうに口の端を持ちあげた。


「ゆっくりその話も聞かせてもらいたいものだな」


 ピアスひとつ準備するのも、レオポルドにとっては大変だった。自覚があるのかないのか、別れ際の彼女はいつもと同じ調子で、だから口づけをひとつ落とした。みるみる彼女は赤くなったが、あれは怒りのせいかもしれない。


「……でがけに怒らせたかもしれない」


 ぼそりとつぶやかれた言葉に、ダグは青い目を丸くした。


「女の怒りを放っておくと、あとが怖いぞ。俺たちに遠慮せずエンツを送れ」


 そう言われて銀の魔術師は、パチパチとまばたきをした。長いまつ毛が上下に動き、精霊のような美貌の主は、とまどうように首をかしげる。


「今ですか?」


 ダグと顔を見合わせたライアスは、厳しい顔をしてレオポルドに忠告する。


「レオポルド、俺が言うことではないが、今すぐ彼女にエンツを送れ」


「だが……何を話せばいいのか」


 顔を合わせているならともかく、エンツでは会話が続かない自信がある。レオポルドは困ったように口ごもった。


 それだけだと精霊が憂いを帯びた眼差しで、焚火の炎を見つめているように見えるが、月の光を浴びた神々しい姿は、彼女にエンツも送れないヘタレである。じれったくなったライアスはグシャグシャと金髪をかき乱した。


「そんなの、『きみの声が聞きたかった』とでも言っとけ」


「ここで?」


 なおもとまどうレオポルドの肩にダグがポンと手を置き、三筋の太い傷がザックリと残る、すごみのある形相でグイッと迫った。見開かれた黄昏色の目は、真正面からみると宝石のようだ。ダグは野太い声で一喝する。


「遮音障壁をさっさと展開しろ。エンツを送れ、今すぐだ!」


 その剣幕に押されるようにして、グッと息をのんだレオポルドはため息をひとつつくと、受けとったクマル酒に口をつけた。ノドを通った酒精が、胃の腑を焼くように流れ落ち、じわりとそこに熱が集まっていく。


 黄昏色をした瞳がふしぎな輝きを帯び、次の一瞬でまたたくまに遮音障壁が構築された。彼が祈るような気持ちで唱えたエンツはすぐにつながったけれど、何を話せばいいのかわからず、だいぶためらってから呼びかける。


「……マイレディ」


「ふひゃあ!」


(……ふひゃあ?)


 ドタッ、ガタン、ゴトゴト……と音がして、痛そうにうめく彼女の声が聞こえる。


「くうぅ、何でもない……」


「ベッドから転げ落ちたのか?」


「何でわかるの⁉」


(……わかりやすすぎる)


 レオポルドはこめかみを押さえて息を吐いた。目を丸くしている彼女の顔が頭に浮かぶ。それと同時にエンツを送るまでの、緊張が解けていくのを感じる。雪雲のない空には、おぼろげな月がふたつ浮かんでいた。


「そんなに驚くようなことか?」


 ついクックッと肩を揺らしてたずねれば、その気配は向こうにも伝わったようで、すねたような声が返ってくる。


「や、だってレオポルドがエンツくれるなんて、めったにないし。その……何か用事だった?」


「きみの声が聞きたかった」


 何を話したらいいかわからないから、とりあえずライアスに教わった通りに言ってみる。


 とたんにドゴッ、ボスン、ボフボフ……と謎な音がして、レオポルドは秀麗な眉をひそめて考えた。


(これはいったい何の音だ?)


 動揺したネリアがドゴッと頭をベッドにぶつけ、真っ赤になった顔をボスンと枕に埋めて、ボフボフと枕を抱えて身悶えしているのだが、さすがにそこまでは彼にもわからない。しばらく待ってからまた話しかける。


「黙っていたら、エンツのかいがない」


「そ、それはそうなんだけど……」


 モゴモゴと返事をする彼女に、まずはあたりさわりのない質問をする。


「ピアスは気にいったか?」


「うん、すごく。あの……貴重なピアスだって、テルジオさんに教えてもらったの。ロビンス先生の力も借りたって」


「私がそうしたいから、そうしただけだ」


「だ、だけど。こんなにまわりを巻きこんで、大騒ぎするなんて思ってなくて」


「大騒ぎにはどうしたってなる。私はきちんと手順を踏んで、きみを妻に迎えるつもりだ」


「えっ……」


 今回はそれきり何の音もせず、エンツの向こうは静まり返った。遮音障壁の内側では無音の世界が広がり、ただ月明かりに照らされた、自分の吐く息だけが白い。


「やはり本気にしていなかったか……」


「でもまだ、杖だって手がかりを見つけただけなのに」


 まただ……杖のことに意識が向くと、彼女はそればっかりになる。魔導列車に揺られながら、ベッドの上で今どんな顔をしているのだろう。会話に集中してほしくて、彼は素直な気持ちを吐きだした。


「今……きみがどんな表情をしているのか見たい」


「ええっ!」


「赤くなっているのか、とまどっているのか……それとも困っているのか」


 言葉を重ねれば身じろぐ気配がして、か細い声でボソボソと返事がある。音のない空間でなければ、風に消されてしまいそうなかすかな声。


「……ぜ、全部だと思う」


「本当に?」


「……うん」


「赤くなっているのは、私が口づけたせいか?」


 またドタッ、ドスッ、パタパタと派手な音がして、レオポルドは首をかしげた。


「さっきからいったい何の音だ?」


「何でもないよ!」


 何だろう、ものすごく気になる。

8巻制作のため改稿により、ネリアとレオポルドがエンツで会話するシーンを増やしました。

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