422.テルジオの気配り
バッと両手で顔をおさえたわたしに、テルジオはイタズラっぽくウィンクする。
「だっていつも大口あけて幸せそうに、ニコニコしながらパクパク食べる、ミュリスだってほったらかしで」
「大口あけて幸せそうに……」
それもどうかと思うけど⁉
「さっきから魔術師団長の名前をだすたびに、あわてたり落ちこんだり赤くなったりキリッとしたりで、ちょっとぼんやりしたかと思うと、ゴンゴン頭を机に打ちつけてるし。見てて飽きませんよぉ」
笑いを我慢しながら教えてくれたテルジオは、結局こらえきれなくて笑いだした。
「わたしダメすぎる。レオポルドみたいに鉄壁無表情とはいかなくても、ユーリやテルジオさんぐらいに、涼しい顔ができたらいいのに。こんなんで国の代表とか、やっぱムリかも」
恥ずかしいやら照れくさいやらで、わたしは机に突っ伏したままで、へにょへにょになった。
「ううう、魔石鉱床に埋まってしまいたい」
「まぁ、われわれも補佐しますから。それにネリアさんのそういうところが、彼も気にいったのでは?」
「そうかなぁ」
言われてみるとわたしのどこが……って気にはなる。レオポルドに鉄壁な無表情のコツとか教えてもらいたい。あの人あれが素なんだろうけど。涙目になってテーブルに突っ伏していると、テルジオはけろりといった。
「だって彼、ネリアさんのこと『ほっぺたを指でつつくとおもしろい顔をする』って言ってましたもん」
「ひああああぁ⁉」
レオポルドってば何言っていってくれちゃってんのー!
ひっ、ひとのほっぺを指でつつくとおもしろいとか……何て話をテルジオとしてんのよおおぉ!
あの指か……ときどきあの長いひとさし指で、わたしのほっぺをツンとやっては、フッと笑っていたのは……。何してんのかな……とは思ったけど。わたしの顔がおもしろかっただとおおおぉ⁉
自分が鉄壁無表情だからって、わたしの顔で遊んでんじゃないわよ。遊ぶなら自分の顔をグニグニして遊びなさいよおぉ。
テーブルに突っ伏してプルプル震えながら、心の中で絶叫していると、テルジオの感心した声が降ってきた。
「うわー、ホントおもしろいですね。見てるだけでもじゅうぶん楽しいですが、なるほどぉ……アルバーン師団長は指でつついてさらに遊んでいるわけですね」
「レオポルドにもてあそばれてる……」
「だってそういうの、ずっとしていたいですよ。いいなぁ、イチャイチャできて」
イチャイチャ……わたしはがばりと顔を上げる。
「どうしよう、テルジオさん!」
「わっ、何ですかネリアさん」
「つぎにレオポルドに会ったら、どんな顔をしたらいいの?」
どんな顔をしたらいいかわからない。何をしゃべったらいいのかも。きっとまともに顔が見られない。イチャイチャどころか、手を伸ばせばふれられる距離にもまだ慣れてない。けれどテルジオはその言葉に首をかしげる。
「いつもどおりでイイと思いますけど」
「それじゃ困るの。こんなんじゃ、まともに師団長なんて務まらないよ……」
わたしが弱音を吐くと、テルジオはふむふむとうなずきながら、あごに手をあてて考えるしぐさをした。
「なるほどぉ、ネリアさんが困っているのはソコですかぁ。とりあえずタクラでは錬金術は使いませんし、師団長の仕事はそこまで求められません。まずは『魔術師団長の婚約者』を仕事と思って、やってみたらどうですか」
「でもまともな反応ができそうにないし、まわりのみんなも変に思うんじゃ……」
「それこそ今さらですよ。だってネリアさん、いつも彼を目で追ってたじゃないですか。ユーティリス殿下だって気づいてましたよ」
「そっ、それは彼の銀髪を見ていただけで!」
彼のまっすぐな銀髪はキラキラしていて、遠くからでもすぐわかる。自然と目で追っていて、たまに視線が絡むけれど、その顔には何の表情も浮かんでいなくて。そう、ただ見ていただけ……。けれどテルジオはニッコニコだ。
「彼だってネリアさんの気持ちに気づいたから、婚約を受けいれたんでしょう」
「そうなのかな……」
彼がくれたピアスに指をふれ、わたしはもじもじしてしまう。
「まぁネリアさんもこの機会に、ゆっくり本を読んでみてはいかがですか」
「うん、そうする」
わたしは素直にうなずき、夕食までは言われた通り読書をすることにした。
テルジオに渡された本をパラパラとめくると、表紙だけでなくところどころ美麗な挿絵も添えられて、文章は読みやすいよう一人称で書かれている。つぎつぎにでてくる魅力的なキャラクターたち、生き生きしたセリフ……ものの見事にわたしはどハマりした。
ヒロインの女の子は可憐でかわいくて、ぶっきらぼうなヒーローもすごくカッコいい。いじわるな従姉はギッタンギッタンにしてやりたいほど憎らしく、ヒロインを手伝うオジサマはいぶし銀のような渋さで、ヒーローの同僚たちもいい感じのナイスガイばかり。
夢中になって読んでいたら、トントンと肩を叩かれた。
「ネリアさん、ネリアさん。そろそろ夕食の時間です」
「はっ!」
テルジオの呼びかけに顔をあげれば、車窓から見える空は真っ暗で、カップの紅茶はすっかり冷めている。
「やだ、ごめん。夢中になってた……」
「いいんですよ、魔導列車の中でぐらい、のんびりしてください」
テルジオは書類をまとめてにっこりと笑う。
「うん……」
わたしはコンパートメントをでて、テルジオといっしょに食堂車へ向かった。
「それでね、ヒロインが落ちこんだときの、ヒーローのセリフがカッコよくて!」
「あれ、しびれますよね~」
にこにことあいづちを打つテルジオは、さりげない気遣いもさすがで、のどが渇いたと思うまえに、わたしのグラスには水が注がれる。マウナカイアにもいっしょに行ったから、わたしがお酒を苦手なこともよく知っているみたい。
金彩がほどこされた青い食器に、ホカホカと湯気を立てた赤っぽいソースがかかったお肉がでてきて、わたしはナイフをいれた肉をフォークで食べながら、今読んだばかりの本についてテルジオと夢中で話した。
「難しい本よりこういうほうがサクサク読めるってなんでだろう~」
「読みやすいでしょう、作者も工夫してるんですよ。しつこすぎない情景描写、飽きさせない場面転換に、あとは会話の妙ですかねぇ。ほかにも数冊持ってきてますから、あとでお貸ししますよ」
「ありがとう!」
食後のデザートは甘く熟したミッラを、キャラメリゼしてタルト生地にのせた焼き菓子だ。香りのいい紅茶といっしょに味わえば、幸せすぎてため息しかでない。でもレオポルドの焼きミッラのほうが絶品だけど!
「ごちそうさま、とってもおいしかった!」
「それはよかったです」
食堂車から戻る途中でテルジオから本を借りる。何だか近所のお兄ちゃんにマンガを貸してもらうような感覚で、懐かしいようなくすぐったい感じがする。
(補佐官のお仕事もすごいんだなぁ……わたしにもそういう人、必要かも)
今日一日ずっとテルジオといっしょにいても、ちっとも邪魔だと思わなかった。わたしが何に困るか見越して手を貸してくれて、必要とあればテキパキと動くけれど、あとは魔導列車でリラックスできるように気遣ってくれた。
「ではネリアさんおやすみなさい、ご用があればいつでもお呼びください」
そのまま隣の部屋に引きあげたテルジオと別れ、ひとりコンパートメントに戻ったわたしは、魔導ポットの魔法陣を起動して、備えつけのカップに温かなお茶を注いだ。
鏡に映るピアスの中では、精巧に刻まれた魔法陣がキラキラと輝き、術式が明滅して魔素がめぐっている。
「きれい……」
コンパートメントのベッドでクッションにもたれたわたしは、少し気持ちを落ちつけて借りた本を開いた。












