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魔術師の杖【小説9巻&短編集】【コミカライズ準備中】  作者: 粉雪
第十章 ネリアと魔導列車の旅
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421.魔導列車の旅

初めてテルジオにファンレターをいただきました。本人に代わりお礼申しあげます。

 そのまま顔が上げられず机に突っ伏していると、テルジオは楽しそうにお茶の準備をはじめる。


「婚約のことでしたら私も殿下の婚約に備えて、いろいろ勉強しましたからね、お役に立てると思いますよ」


「ホント?」


 ひょこりと顔をあげれば、テルジオはにこにこしながら、焼き菓子のミュリスを皿に盛っている。


「そのピアスだって魔術師団長が自ら刻んだ魔法陣もみごとですし、何より稀少な紫陽石です。話題になりますよ」


「これってそんなに貴重なの?」


 彼がつけてくれたピアスは、薄紫の石に魔法陣が刻んであって、とてもキラキラしている。


「色と透明度ですかねぇ……あのアルバーン公爵夫人が資金力に物を言わせて、時間をかけて集めた極上品だと聞いています。魔術師団長の求めに応じて夫人が手放したのも意外でしたし、彼もホントに必死ですよねぇ」


「必死?」


 わたしが首をかしげると、テルジオは不思議そうに首をかしげた。


「ネリアさんはそのピアスに使った紫陽石のこと、聞かされてないんですか?」


「この石が何か?」


 彼の瞳みたいな薄紫の石はきらめいて、光にかざすと刻まれた精緻な魔法陣が輝く。耳たぶに留めた紫陽石の下で、黄緑のペリドットが揺れている。デザインはシンプルで、すこし大人っぽいかなと思ったぐらいだ。


「まだ夜も明けきらぬうちにアルバーン公爵邸を訪ね、寝ていた公爵夫妻をたたき起こし、どうやったのか知りませんが、公爵家所蔵の逸品を譲ってもらったそうです」


 ……はいぃ⁉


「それって迷惑だよね?」


 そういえば朝早くからでかけたレオポルドが、ぐったり疲れたようすで帰ってきたことがあったけれど。あんな短期間にモリア山のあるアルバーン領に、ひとりで転移してでかけてたなんて。


「単身乗りこんで用が済んだら、さっさと帰ったそうですが、アルバーン領の公爵家本邸は、『北の要塞』と呼ばれるほど警備も厳重なため、わりと大騒ぎだったとか」


 ……レオポルド、何やったの⁉


「それ、すんごい迷惑なのでは……」


「もちろん公子ですから彼には要求する権利があります。けれど公爵夫妻が甥の婚約に際して、貴重なコレクションを渡したということは、公爵家がネリアさんを彼の婚約者として認めたということ。貴族には大きな意味があります」


「え……」


 わたし、いつのまにか公爵家に嫁認定されてたの⁉


『グレンの三重防壁はきみの体は守ってくれるが、心までは守ってくれない。私のほどこした魔法陣がきみの守りとなるように』


 たしか彼はそう言って、わたしの耳たぶにピアスをつけてくれた。


「そんなことレオポルドはひと言も……『わたしの守りになるように』って。心を守るお守りなんだって」


 テルジオはわたしのピアスに目をやり、まぶしそうに目を細める。


「そうですね、見えない敵を遠ざけるお守りです。そんな気合いが入りまくりのピアス、用意できるのは魔術師団長ぐらいですよ。その魔法陣にしたって……」


「まだあるの⁉」


「魔術学園初等科教諭のウレア・ロビンス氏に依頼して、石に刻む魔法陣の設計と構築を手伝ってもらったそうです。初等科の授業が三日間振替、もしくは自習になったとか」


 聞くだけで頭が真っ白になる。レオポルドはいつも塔で仕事をしているイメージだったから、タクラに出発するまでのあいだに、そんなに動きまわっていたなんて。たしかにわたしが塔を訪ねても、いなかったけどさ!


「本人から直接聞かされるよりすごい衝撃です。魔術学園の生徒にまで影響があったなんて……」


「卒業試験を控えた五年生じゃなくて、一年生でよかったですよねぇ。魔術師団長もかわりに、特別講義を引き受けたそうですし、ロビンス先生もノリノリで楽しんでたそうですよ。だいじょうぶですか、ネリアさん?」


「ロビンス先生ごめんなさい……」


 ぜぇぜぇ……わたしもう死んじゃうかも。テルジオがふわりと香る紅茶のカップを差しだして、心配そうにわたしをのぞきこむ。


「いろいろと不安はあるでしょうが、あのかたはきっと何とかします。そう心配しないでください」


「いや、不安しかないです」


 テルジオはドン、と胸をたたいて笑った。


「そのために私がいるのです。ぶっちゃけタクラをほっつき歩いてる不良王子より、今ネリアさんに何かあったら困ります。アルバーン師団長が暴れ狂います」


「はぁ、気をつけます」


 神妙な顔でうなずいても、テルジオは疑わしそうに念を押してくる。


「む。ピンときてませんね、本当に気をつけてくださいよ」


「うん」


 ちゃんと気をつけるつもりで、まじめにうなずいたのに、彼は信用してない顔で首をかしげる。


「だいじょうぶかなぁ」


 ……何で⁉





「そうそう、ネリアさん。ピアスのお返しとか考えておられます?」


「お返し……」


 考えてもいませんでした!


「あの、わたしが『杖を作る』といったから、レオポルドがこのピアスをくれたんだよね、そのお返しって?」


 とまどって質問すれば、テルジオはスラスラと説明してくれる。


「婚約期間中はたがいに何度か贈りものをし合います。ピアスを受けとったネリアさんが、こんどは贈る側です。いわば恋文のかわりですよ。ロマンチックですよね。そうやって互いの好みや価値観を、すり合わせていきます」


「何度もって……聞いてませんけど⁉」


「贈りものをするのは『私のことを考えて』という意味ですから。それを見て送り主のことを考えてほしい。贈りものを選ぶことには『私はあなたのことを思っています』、そういう気持ちがこめられています」


「たしかに……デーダス荒野や居住区にいたときより、ピアスをもらってからのほうが、彼のこと考えてるかも」


 するとテルジオはおどけて首をかしげた。


「ま、キスのせいもあるでしょうけど」


「うひゃあああ!」


 そこ、思いださせないでほしかった!


 わたしは耳にぶらさがる、紫陽石とペリドットのピアスに指でふれた。それだけで贈り主のことを意識する。


「こんどはわたしが彼に贈りものをする番……何を返せばいいんだろ」


「そうですねぇ、タクラには世界中から珍しい品が集まりますし、アルバーン師団長へ何を贈るか、考えられたらいかがです。貴族の習慣などは本を読むとわかりやすいです。おススメの本も何冊か持ってきましたよ」


 そういってテルジオが差しだした本は、表紙に美男美女が描かれ、見つめ合うふたりはどちらもまつ毛が長い。


「わぁ、きれいな装丁の本だね!」


「ネリアさんてこういうの、あまり読まれませんよね」


「だってデーダス荒野の本棚には、こんなの置いてなかったし」


 グレンがロマンス小説なんか読んでたら、それはそれでビックリしちゃう。


「たまにはいいんじゃないですか?」


「でもタクラでは使節団の仕事や、アンガス公爵が王太子を歓迎する晩餐会だって……」


 マウナカイアには休暇で行ったけど、今回のサルジアははじめての国外で、しかも外交使節団なのだ。エクグラシア国内からも注目されているし、出国までもいろいろありそうで、魔導列車での移動中はその準備をするつもりだった。


「なおさら読んでおいたほうがいいですよ、貴族女性のものの考えかたとかもわかりますし」


「あ、そっか……ちょっと読んでみるね」


「読むと意外な発見もあって楽しいですよ」


「そう言うテルジオさんのほうが、よっぽど楽しそうだよ」


 テルジオは魔導ポットでお湯を沸かしながら、カップを温めてニコニコと笑う。


「や、めっちゃ楽しいですよ。ネリアさんを見てるだけでも、殿下につくよりよっぽどおもしろいです」

ちっちゃいユーリのSS『ダイエットと王城探検』も3話で完結しました。

挿絵(By みてみん)

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↓「走りだす心」↓
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↓「ブルーベルの咲く森で」↓
ブルーベルの咲く森で

↓「恋心」↓
恋心

↓「Teardrop」↓
Teardrop
― 新着の感想 ―
[一言] ネリアのピアス作りが改めて読むととんでもなく大事になっていた件について。 強行しまくりやないかい……………(-_-;)
[一言] 『わたしの胴に腕をまわした。』 嗚~呼……テルジオさんテルジオさん、それレオ様にバレたら火ダルマ案件じゃないですか……w 南無ぅ
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