421.魔導列車の旅
初めてテルジオにファンレターをいただきました。本人に代わりお礼申しあげます。
そのまま顔が上げられず机に突っ伏していると、テルジオは楽しそうにお茶の準備をはじめる。
「婚約のことでしたら私も殿下の婚約に備えて、いろいろ勉強しましたからね、お役に立てると思いますよ」
「ホント?」
ひょこりと顔をあげれば、テルジオはにこにこしながら、焼き菓子のミュリスを皿に盛っている。
「そのピアスだって魔術師団長が自ら刻んだ魔法陣もみごとですし、何より稀少な紫陽石です。話題になりますよ」
「これってそんなに貴重なの?」
彼がつけてくれたピアスは、薄紫の石に魔法陣が刻んであって、とてもキラキラしている。
「色と透明度ですかねぇ……あのアルバーン公爵夫人が資金力に物を言わせて、時間をかけて集めた極上品だと聞いています。魔術師団長の求めに応じて夫人が手放したのも意外でしたし、彼もホントに必死ですよねぇ」
「必死?」
わたしが首をかしげると、テルジオは不思議そうに首をかしげた。
「ネリアさんはそのピアスに使った紫陽石のこと、聞かされてないんですか?」
「この石が何か?」
彼の瞳みたいな薄紫の石はきらめいて、光にかざすと刻まれた精緻な魔法陣が輝く。耳たぶに留めた紫陽石の下で、黄緑のペリドットが揺れている。デザインはシンプルで、すこし大人っぽいかなと思ったぐらいだ。
「まだ夜も明けきらぬうちにアルバーン公爵邸を訪ね、寝ていた公爵夫妻をたたき起こし、どうやったのか知りませんが、公爵家所蔵の逸品を譲ってもらったそうです」
……はいぃ⁉
「それって迷惑だよね?」
そういえば朝早くからでかけたレオポルドが、ぐったり疲れたようすで帰ってきたことがあったけれど。あんな短期間にモリア山のあるアルバーン領に、ひとりで転移してでかけてたなんて。
「単身乗りこんで用が済んだら、さっさと帰ったそうですが、アルバーン領の公爵家本邸は、『北の要塞』と呼ばれるほど警備も厳重なため、わりと大騒ぎだったとか」
……レオポルド、何やったの⁉
「それ、すんごい迷惑なのでは……」
「もちろん公子ですから彼には要求する権利があります。けれど公爵夫妻が甥の婚約に際して、貴重なコレクションを渡したということは、公爵家がネリアさんを彼の婚約者として認めたということ。貴族には大きな意味があります」
「え……」
わたし、いつのまにか公爵家に嫁認定されてたの⁉
『グレンの三重防壁はきみの体は守ってくれるが、心までは守ってくれない。私のほどこした魔法陣がきみの守りとなるように』
たしか彼はそう言って、わたしの耳たぶにピアスをつけてくれた。
「そんなことレオポルドはひと言も……『わたしの守りになるように』って。心を守るお守りなんだって」
テルジオはわたしのピアスに目をやり、まぶしそうに目を細める。
「そうですね、見えない敵を遠ざけるお守りです。そんな気合いが入りまくりのピアス、用意できるのは魔術師団長ぐらいですよ。その魔法陣にしたって……」
「まだあるの⁉」
「魔術学園初等科教諭のウレア・ロビンス氏に依頼して、石に刻む魔法陣の設計と構築を手伝ってもらったそうです。初等科の授業が三日間振替、もしくは自習になったとか」
聞くだけで頭が真っ白になる。レオポルドはいつも塔で仕事をしているイメージだったから、タクラに出発するまでのあいだに、そんなに動きまわっていたなんて。たしかにわたしが塔を訪ねても、いなかったけどさ!
「本人から直接聞かされるよりすごい衝撃です。魔術学園の生徒にまで影響があったなんて……」
「卒業試験を控えた五年生じゃなくて、一年生でよかったですよねぇ。魔術師団長もかわりに、特別講義を引き受けたそうですし、ロビンス先生もノリノリで楽しんでたそうですよ。だいじょうぶですか、ネリアさん?」
「ロビンス先生ごめんなさい……」
ぜぇぜぇ……わたしもう死んじゃうかも。テルジオがふわりと香る紅茶のカップを差しだして、心配そうにわたしをのぞきこむ。
「いろいろと不安はあるでしょうが、あのかたはきっと何とかします。そう心配しないでください」
「いや、不安しかないです」
テルジオはドン、と胸をたたいて笑った。
「そのために私がいるのです。ぶっちゃけタクラをほっつき歩いてる不良王子より、今ネリアさんに何かあったら困ります。アルバーン師団長が暴れ狂います」
「はぁ、気をつけます」
神妙な顔でうなずいても、テルジオは疑わしそうに念を押してくる。
「む。ピンときてませんね、本当に気をつけてくださいよ」
「うん」
ちゃんと気をつけるつもりで、まじめにうなずいたのに、彼は信用してない顔で首をかしげる。
「だいじょうぶかなぁ」
……何で⁉
「そうそう、ネリアさん。ピアスのお返しとか考えておられます?」
「お返し……」
考えてもいませんでした!
「あの、わたしが『杖を作る』といったから、レオポルドがこのピアスをくれたんだよね、そのお返しって?」
とまどって質問すれば、テルジオはスラスラと説明してくれる。
「婚約期間中はたがいに何度か贈りものをし合います。ピアスを受けとったネリアさんが、こんどは贈る側です。いわば恋文のかわりですよ。ロマンチックですよね。そうやって互いの好みや価値観を、すり合わせていきます」
「何度もって……聞いてませんけど⁉」
「贈りものをするのは『私のことを考えて』という意味ですから。それを見て送り主のことを考えてほしい。贈りものを選ぶことには『私はあなたのことを思っています』、そういう気持ちがこめられています」
「たしかに……デーダス荒野や居住区にいたときより、ピアスをもらってからのほうが、彼のこと考えてるかも」
するとテルジオはおどけて首をかしげた。
「ま、キスのせいもあるでしょうけど」
「うひゃあああ!」
そこ、思いださせないでほしかった!
わたしは耳にぶらさがる、紫陽石とペリドットのピアスに指でふれた。それだけで贈り主のことを意識する。
「こんどはわたしが彼に贈りものをする番……何を返せばいいんだろ」
「そうですねぇ、タクラには世界中から珍しい品が集まりますし、アルバーン師団長へ何を贈るか、考えられたらいかがです。貴族の習慣などは本を読むとわかりやすいです。おススメの本も何冊か持ってきましたよ」
そういってテルジオが差しだした本は、表紙に美男美女が描かれ、見つめ合うふたりはどちらもまつ毛が長い。
「わぁ、きれいな装丁の本だね!」
「ネリアさんてこういうの、あまり読まれませんよね」
「だってデーダス荒野の本棚には、こんなの置いてなかったし」
グレンがロマンス小説なんか読んでたら、それはそれでビックリしちゃう。
「たまにはいいんじゃないですか?」
「でもタクラでは使節団の仕事や、アンガス公爵が王太子を歓迎する晩餐会だって……」
マウナカイアには休暇で行ったけど、今回のサルジアははじめての国外で、しかも外交使節団なのだ。エクグラシア国内からも注目されているし、出国までもいろいろありそうで、魔導列車での移動中はその準備をするつもりだった。
「なおさら読んでおいたほうがいいですよ、貴族女性のものの考えかたとかもわかりますし」
「あ、そっか……ちょっと読んでみるね」
「読むと意外な発見もあって楽しいですよ」
「そう言うテルジオさんのほうが、よっぽど楽しそうだよ」
テルジオは魔導ポットでお湯を沸かしながら、カップを温めてニコニコと笑う。
「や、めっちゃ楽しいですよ。ネリアさんを見てるだけでも、殿下につくよりよっぽどおもしろいです」












