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魔術師の杖【11/1連載開始】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@11月1日コミカライズ開始!
第十章 ネリアと魔導列車の旅

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418.王妃の気遣い

『魔術師の杖⑥ネリアと秋の王都』本日発売です!

『魔術師の杖⑧』制作にともない、読者さんアンケートで1位だった、レオポルド視点に改稿してあります。(2024.9.21)

 小ぶりでシンプルな金属製の杖に、枠で囲んでセットされた核をよく見れば、刻まれた魔法陣がひそやかに明滅している。琥珀色の瞳で感慨深げに見守る彼女に、レオポルドは淡々と応じた。


「ずっと私ともにありましたから」


「グレンと杖を巡って遠征式で、親子ゲンカをはじめたときはびっくりしたわ」


「あのときは……杖の使いかたが乱暴だと注意されました。いまさら父親ぶるつもりかと私も腹を立てたので」


 リメラ王妃は悲しげに眉をさげた。


「本当に言葉足らずね、あなたたち。彼にとってはモリア山から帰ってきたのが、この杖と魔石だけだったの。その杖とともに今度はあなたがモリア山へ向かうのだもの。わたくしならとても心配するわ」


「レオポルドも初の遠征で、そこまで気づかう余裕がなかったのだろう」


 アーネストのフォローにうなずいてから、リメラ王妃は杖をレオポルドに返した。


「ネリアにはこの杖をもう見せたの?」


「いいえ」


「ふたりで見るべきだわ。この杖が何よりも雄弁に、レイメリアに対する彼の想いを語るでしょう」


「…………」


「どうしたレオポルド、変な顔をして」


 レオポルドが眉を寄せたのを見て、ライアスは不思議そうに首をかしげる。


「彼女もデーダスの工房で、似たようなことを」


「似たようなこと?」


「研究棟のソラを見れば、グレンがどれだけ私を愛していたかわかるとか、そんなことを」


 ぼそぼそと告げられる内容にライアスだけでなく、国王夫妻まで顔を見合わせ、納得したようにうなずき合う。


「あ~なるほどな」


「わたくしも王太后様のお茶会でソラを見て、びっくりしましたわ」


「そこは納得しないでいただきたい、私はそうは思いません」


 顔をしかめて言い返すレオポルドは、ソラの体を作りあげたグレンの動機に、まだ納得しきれていない。なまじ老錬金術師の観察眼が優れていたからこそ、今の彼女はあんな姿なのだ。


(グレンは彼女本来の姿を知らなかった。それはおそらく私以外のだれも……)


 長い黒髪をひるがえし、舞踏会の後かき消すように姿を隠した〝夜の精霊〟は、レオポルドの婚約も決まった今、大劇場での公演が終わればいずれ、ひとびとの記憶から忘れ去られていくだろう。


 ケルヒ補佐官が全員分のお茶を配り終わったところで、小会議室ではリメラ王妃も交え、ネリア抜きの師団長会議が始まった。とはいえサルジア行きに関する重要な話し合いは、ネリアが出発する前に終わっている。


「お茶会といえば、参加した上位貴族の夫人たちは、その……勘違いしたのではないか?」


「勘違い?」


 片眉を持ちあげて聞き返すレオポルドに、アーネストは言いにくそうに言葉を濁した。貴婦人たちは当然、レイメリアをよく知っている。アルバーン公爵夫人ほどでなくとも彼女の信奉者は多い。


「お前、ネリアの仮面をちゃんと外させなかったろ」


「ああ、そのことですか。()()のあいだに割りこもうとする者もおりますまい」


 優雅で洗練された美少女、可憐な公爵令嬢などと聞かされても、母の少女時代などレオポルドにはピンとこない。紅茶のカップを持った彼から平然と言い放たれた言葉に、アーネストは目を丸くした。


「お前……わざとか⁉」


「国内だけならば、しばらくは牽制になるかと」


「だがなぁ」


「本人に接すれば誤解はすぐに解けます。だがあの姿に父が抱いていた、母への情を感じたのは確かです」


 ゆったりと紅茶を飲むレオポルドに、アーネストは何とも言えない顔をする。リメラ王妃はクスクスと笑った。


「そのせいかしら、アルバーン公爵夫人が〝聖地巡礼〟とかいう旅にでたそうよ。あなたは何か聞いていて?」


「いいえ」


 涼しい表情を崩さないレオポルドに、王妃は小首をかしげた。


「婚約で贈られた紫陽石のピアスは、もとは公爵夫人のコレクションなのでしょう?」


「報告したその場で快く譲ってもらいました」


 レオポルドは淡々と答えた。ミラは少女のようにはしゃいで旅立ったらしいが、公爵夫人ともなると気ままなひとり旅というわけにはいかず、大騒動になったらしい。アーネストが渋い顔でつけ加える。


「そなたも公爵夫人の性格を知っておろう。王都でのぜいたくな暮らしに慣れていて、やれ『道がデコボコで魔導車に酔った』だの、『夜も楽しめる催しはないか』だの、『ベッドが寝にくい』だのワガママ……いや、注文が細かいからな。公爵家の支援で街道や宿の整備が、〝聖地認定〟された土地で急ぎ進められている」


 レオポルドの母レイメリアは、魔術師として気軽に転移魔術で全国を飛び回っていたし、何なら従兄のアーネストに乗せてもらい、ドラゴンも足がわりに利用していた。


「聖地には風光明媚なだけで、だいぶ不便な場所もあったはずですが」


 公爵夫人が泊まる宿ともなると、格や従業員の質も要求される。いくつもある聖地を全部整備するとしたら、膨大な時間と費用がかかるだろう。


「あの夫人の美に対するこだわりと、その行動力はすさまじいからな。何でも『このままの景色がいい』と譲らず、環境や景観の保全にも配慮しているとか。エクグラシア各地に、新たな観光名所が誕生しそうだ」


「そうですか」


 おそらくミラのことだから、公爵家の威信にかけて整備させた宿のティールームで、ほほえむレイメリアの虚像とともに、うっとりと優雅にお茶を楽しむのだろう。


 そのときのレオポルドはまったく関心を示さなかったが、公爵夫人の肝いりで整備された聖地は将来、ミネルバ書店からフォト入りの〝聖地ガイドブック〟が発売され、その景観の美しさが爆発的な人気を呼ぶことになるのだが……それはまた別のお話。





 小会議室ではリメラ王妃が細やかな気づかいを見せていた。


「パリュールをそろえるには時間がかかるわね。ピアスを贈って終わりではないでしょう?」


 王侯貴族や富裕層の女性にとって必需品のパリュールは、富と権力を象徴する稀少な宝玉を、職人の手でアクセサリーに加工したものだ。公爵夫人から手に入れた紫陽石は裸石で、ピアス以外はまだ何の加工もしていない。


「いちどに贈っても負担かと。加工に時間もかかりますし、彼女をパートナーとして連れだせるのはまだ先です」


 何しろ相手は『宝石さえも作ってみせる』と豪語した錬金術師団長だ。用意するレオポルドとて慎重になる。


「ピアスの魔法陣に、魔術学園のロビンス教諭から力を借りたのですって?」


「俺のときは『自分でやれ』と断られたぞ。あの気まぐれなロビンス教諭がよく力を貸したな」


 ロビンス教諭は魔法陣研究の第一人者だが、学園で働く彼は金や権力でどうにかなる相手ではない。息子たちの婚約もあるから、国王夫妻も気になるのだ。


「彼の代わりに特別講義を、何コマか引き受けました」


「お前がそこまで積極的に動くとはなぁ」


「かろうじて体裁を整えただけです。まだ何も……」


 感心するアーネストに、レオポルドはゆるく首を振ってため息をついた。急いだとはいえ時間をとられたため、あまりふたりで過ごす時間もなく、ネリア本人もこの婚約を形式的なものと考えていそうだ。


「ずいぶん焦っているのね。まずは互いの相性を確かめるために、婚約だけで何年も過ごすカップルも多いのに」


「そうだぞ。お前たちがケンカしたら、王城が破壊されるかもしれん。強引に進めず慎重にやれよ」


「そうですが……それでなくともまわりには、師団長同士の政略的な婚約と思われています」


 国王夫妻に言われたレオポルドは、はじめて瞳の黄昏色を揺らがせて、自信なさげな顔をした。


「私の両親は愛し合っていても、籍をいれませんでした。そのためいろいろな憶測が流れた。だから彼女とは……できればきちんと式を挙げたいのです」


「まぁ!」


 王妃はひと声発しただけで目を潤ませ、国王も一瞬あっけにとられた。


「何だろう、この可愛い生きものは」

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