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魔術師の杖【小説9巻&短編集】【コミカライズ準備中】  作者: 粉雪
第十章 ネリアと魔導列車の旅

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417.王妃の言祝ぎ

『魔術師の杖⑧』制作にともない、読者さんアンケートで1位だった、レオポルド視点に改稿してあります。(2024.9.21)

 動きだしたタクラ行きの魔導列車が、スピードを上げてシャングリラ中央駅から遠ざかっていく。


 休暇のあいだにバッサリ切った銀髪が木枯らしに舞い、レオポルドの唇に残っていたかすかな感触は、あっというまに冷たい風が吹き飛ばした。さっと割れる人垣も気にせず、駅の構内を歩く彼はすこし不機嫌だった。


(いくら何でも油断しすぎだ)


 別れ際に婚約者から、口づけのひとつも降ってこない……と思うほうがどうかしている。それと同時に昨年の今ごろは、まだ彼女はデーダス荒野で、グレンとふたり暮らしだったのだと思いだす。


 びっくりしたように大きく見開かれた濃い黄緑の瞳、みるみる朱に染まる顔に白い仮面をかぶせたのは、自分の視界から隠すためでもあった。まっすぐに飛びこんでくる彼女の感情は、ときにレオポルドさえも動揺させる。


「ずっとそばにいる……そう誓わせたくせに」


 婚約はした、だがそれだけだ。手を伸ばすと決めたからには逃がす気はないが、彼女を自分の妻として迎えるには、取り除かないといけない不安要素がある。それにパズルのピースは、まだいくつか欠けたままだ。


(妻か……そんなものには一生縁がないと思っていたが)


 駅の改札を抜け灰色の空を見上げれば、ひとひらの雪が舞い落ちる。凍りついた樹々に囲まれ雪に閉ざされる、冬のアルバーン領での暮らしは陰鬱で寂しく、レオポルドは雪が嫌いだった。


 重たく世界を覆う沈黙の氷精は、あらゆる命をたやすく奪い去る。公爵邸で幼い彼の心をなぐさめたのは、雪原を走る銀狐やラベンダーメルといった小動物で、懸命に生きる姿がひとりぼっちの心に勇気を灯した。


(あの娘にもそんなところがある。彼女はその行動で、あらゆる記憶を塗りかえていく)


 そしてそれは意外にも、銀の魔術師にとって心地よかった。今のレオポルドは雪を見るだけで、デーダス荒野で鼻を真っ赤にして雪まみれになり、笑いころげていた娘を思いだす。彼女ならアルバーン領に連れて行っても、長く暗い冬の中でさえ、世界の美しさを見つけるだろう。


 あのとき両手を天高く掲げ、デーダス荒野に雪を降らせた娘は今、王都の雪を見ることなく魔導列車に揺られている。真っ赤になっていた顔の火照りは、ようやく少しは治まったろうか。


(きょとんとしていたな……)


 無表情と言われる魔術師の顔にふっと笑みが浮かび、ただそれだけのことで道行くひとびとが、凍りついたように動きを止めた。まぶしげに目をそらした者もいれば、ほほを染めて振りかえって二度見する者もいる。


 日が沈みきった薄暮の空を思わせる瞳は、極上の紫陽石を磨いたようで、やわらかい輝きを放っていた。


 コツコツと魔導タイルを鳴らして向かった転移門には、銀のラインが入った紺の騎士服に身を包み、堂々とした体躯の男が立っていた。


 太陽の光を紡いだような金髪に、夏の青空を思わせる明るい蒼玉の瞳……雪空の下でも長身のライアスは、輝くばかりの美丈夫で、これまたひとびとの視線を集めている。


「出発は見届けたか?」


「ああ」


 駅構内までの見送りは、ライアスなりに遠慮したのだろう。無表情にうなずく友に、彼は見る者をホッとさせる温かい笑みを浮かべ、口調に少しからかいをにじませた。


「婚約おめでとう」


「彼女はどこまで本気かわからないが」


 銀の長いまつ毛を伏せて、ため息混じりに吐かれた本音に、ライアスは心配そうに澄んだ青い瞳を曇らせる。


「だが彼女は自分から、『杖を作る』と言ったのだろう?」


「ああ」


「ならば信じるといい。それに彼女の気持ちが固まってなくとも、お前は本気だ。そうだろう?」


「…………」


 ふいっと視線をそらした銀の魔術師に、金の竜騎士はちょっとだけ気の毒そうな顔をした。


「離れるのが不安なら、いっしょにタクラへ行けばよかったのに」


「……やることがある」


 むすりとそう言って、レオポルドが先に転移門に入った。ふたりの姿が消えるとともに、まばゆく輝いた魔法陣の線はすぐに薄れ、降る雪は地面にふれたとたん、魔石タイルでしゅわりと溶けた。


 本城にある小会議室では、榛色の髪をきっちりと結いあげ、琥珀色の目をしたリメラ王妃が国王アーネストの隣に座っていた。リメラ王妃はやってきたふたりに、おっとりと笑いかける。


「ふたりとも冬至の祝祭以来ね。ゴールディホーン竜騎士団長は昨年就任したばかりで、一年よく務めてくれました」


「もったいないお言葉です」


 ビシッと背筋を正すライアスにうなずき、リメラ王妃はレオポルドのほうを向く。


「アルバーン魔術師団長には王太后様のお茶会で、カディアンに言祝ぎをいただきました。わたくしからもあなたの婚約に『おめでとう』を言わせていただくわ」


「ありがとうございます」


「息子のときは驚きしかなかったけれど、あなたの婚約は本当にうれしくて。レイメリアがきっと喜ぶわ。彼女の死後、心を閉ざしたグレンとあなたとの関係を、わたくしも気にかけていたの」


 王族の居住区である奥宮から、錬金術師団の研究棟は歩いてすぐだ。レオポルドはあまり覚えていないが、子どものころはまだ王太子妃だったリメラが、レイメリアをよく訪ねてきていたらしい。


「父も母も自分の思うままに生きました。気にされる必要はありません」


「いいえ、それでも伝えるべきだったわ。レイメリアは自分の意思でグレンを選び、それを貫いたのだと」


 レオポルドの言葉にゆるく首を振り、目元を潤ませた王妃の肩に、国王がそっと手をおいた。


「リメラ……」


「今は……知っています」


「レオポルド、俺からも詫びを。そなたの両親についてもっと早く教えるべきだった。エクグラシアの発展にグレンほど貢献した者はいない。それにネリア・ネリスを師団長として迎え、ふたりが支えてくれたことに感謝する」


 まじめな顔で師団長たちに頭を下げたアーネストは、つぎの瞬間プハッと吹きだした。


「まさかお前が婚約するとはなぁ。年明けすぐの師団長会議で聞かされたときは半信半疑だったぞ。残る師団長はライアスだけだな。令嬢たちの攻勢も増すだろう」


「おもしろがらないでください」


 ライアスは渋い顔をした。竜騎士団へ突撃する令嬢はいなくなったが、母マグダへ茶会の誘いが増えたし、王城勤務の兄オーランドへの働きかけもある。


 何とかつながりを作ろうと、元竜騎士の父ダグに武術指導や屋敷の警備を依頼してくる貴族もいる。生来の生真面目な性格ゆえ、適当にあしらえない彼のかわりに、家族がさばいてくれるのも頭が痛い。


「ネリス師団長がタクラに発って寂しいけれど、本当に……一年前の師団長会議とはまったく違うわね」


 小会議室を見回してリメラ王妃がほほえめば、アーネストは思いだしたようにぶるりと身を震わせ、両腕を自分の手でさする。


「まぁな、昨年までは三師団長がそろうと、小会議室に冷気が満ちて、冬はとくに凍えた」


「そうだったのですか?」


 去年師団長になったばかりのライアスも、そのようすは知らないのだ。リメラ王妃がレオポルドに頼んだ。


「お願いがあるの。彼女の杖を見せてもらえるかしら」


「杖を、ですか?」


 けげんな顔をしつつ右手をひらめかせ、レオポルドは自分の収納空間から一本の杖を取りだす。杖を受けとったリメラ王妃は、それを掲げるようにして手に持ち、窓から射しこむ光に核であるペリドットをかざした。


「やっぱり軽いのね。レイメリアはいつも幸せそうにこの杖を眺めていたわ。食事するときもずっと、片時も手放さなかったの。これが作られてからもう二十年以上たつのね。ずいぶん傷だらけだこと」

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