415.閑話 未知との遭遇(レオポルド視点)
バレンタインSSのつもりで書きはじめたんです、ホントです(^^;
ちゃんとしたのは明日投稿します!
冬の嵐がやってきて、王都にはみぞれ混じりの雨が降った。でかけていたレオポルドは居住区にもどるなり浄化の魔法を使ったが、体はすっかり冷え切っている。
「きょうは中庭にテントを張るのはやめたほうがよさそうですね」
でむかえたソラにうなずくと、レオポルドは護符をはずしてローブを脱いだ。
「彼女は?」
「こちらです、ご案内します」
ソラに案内された居住区の一室でレオポルドは首をひねった。
「これはいったい……?」
自分の記憶に一切ないこの設備はそれなりの広さがあり、ネリアのためにグレンが用意したのだという。
簡素なしつらえの部屋は壁に大きな鏡があり、カゴがいくつか置かれた棚も備えつけてあった。
レオポルドが今いるのは着替えをするために作られた部屋のようで、棚には吸水性がよさそうな綿の一枚布が積み重ねられている。
「服は脱ぎこのカゴにいれます。着替えはこちらに。カゴは棚に置いておけば邪魔になりません」
レオポルドを案内したソラが淡々と説明して、彼の着替えをカゴに置く。
「この魔道具は何だ、はじめてみる」
レオポルドが床に置かれた平たい魔道具についてたずねると、ソラはこてりと首をかしげた。
「ソラも知りません。ネリア様はときどきそれに乗って『せーふ』とか『やばっ』とかおっしゃってます」
「なら彼女に聞けばいいか」
「ごゆっくりどうぞ」
軽くうなずいたレオポルドに、ソラはネリアに教えられたとおりの言葉を告げて退出した。
この先に進むには服を脱がねばならないらしい。続きの間もあるようでそちらからは水音が聞こえてくる。
(まさか居住区内に〝試練の迷宮〟でも造っているのか?)
師団長ともなれば子ども用の〝迷宮絵本〟ではなく、修練のために〝試練の迷宮〟ぐらい造っているかもしれない。ならば自分も使わせてもらおう。
脱いだ服をきちんとカゴに納めると、レオポルドはためしに平たい魔道具にも足をのせてみた。
「……〝せーふ〟」
いくつかの数字が表示されたがそれだけで、とくに何も起こらない。
「……〝やばっ〟」
呪文でもないらしい。
ここで意味のわからない数字を眺めてもしかたない、そう判断したレオポルドは水音が聞こえる隣室へと足を踏みいれ目をみはった。
魔導ランプに照らされた室内はむせかえるほどの蒸気で満たされ、こんこんと湯の湧く泉がある。
「なぜここに泉が……しかも温かいだと?」
想像もしなかった光景にレオポルドがとまどっていると、こちらをみて目を丸くしている黄緑色の瞳と目があった。
そうだ、わからないことは彼女に聞けばいい。
だがレオポルドが口を開くまえに彼女の絶叫がひびきわたった。
「きゃああああ!」
やってきたソラは淡々とネリアに説明した。
「ヌーメリアやアレクにもネリア様がこうして、じゃくじぃの使いかたを教えていらっしゃいました」
「うううう……そういえばそうだったね」
一枚布をぐるぐると体に巻きつけたネリアは、額を押さえてガクッと肩を落とした。濡れそぼった赤茶色の髪からポタポタとしずくが垂れる。
なぜかはわからないがレオポルドも腰に巻くようにと一枚布を渡された。
「中庭で寝起きしているみたいだから、使いかたを教えるの忘れてたよ」
眉をさげてこちらをみてから、彼女は困ったように目をそらした。
「魔力の調律をおこなう設備か?」
「や、そんなたいしたもんじゃなくてリラックス効果というか……ヌーメリアやアレクも気にいって使ってるから、レオポルドもよかったら使って。体にもいいんだよ」
浄化の魔法があるエクグラシアには入浴の習慣はない。温泉に体をひたすことはあるが、あくまでも〝星の魔力〟を体内にとりこむための沐浴に近い。
わざわざ温泉に近い環境を人工的につくりだしているのは、何か意味があるとしか思えない。
そして裸になる意味がやっぱりレオポルドにはよくわからなかった。
キュッと体に巻きつけた布の合わせを気にしながら、彼女はレオポルドに〝じゃくじぃ〟の使いかたを教えてくれた。
こんこんと湧きだしているようにみえた湯は循環させているだけで、泡の出方は調節できるようになっている。
壁にも管の先端から細かくわかれた湯が糸状にでてくる装置があって、それは体に直接湯をあてるためのものらしい。
「あとは泡を使って体や髪を洗ったりするの。浄化の魔法もあるから必要ないといえばないんだけど……髪を滑らかにしたり肌をしっとりさせたり効果があるの」
鏡が貼ってあるのは体の手入れをする際に必要なのか。
説明を聞くかぎりは湯に体をひたすとくつろげるらしいが、やはり使っているところをみないとよくわからない。
だから説明を終えた彼女にレオポルドは頼んだ。
「実際に使ってみせてくれ」
「みせません!」
なぜか真っ赤になって怒られた。
裸が恥ずかしいなら服を着たまま入ればいいと思う。
ひとり浴室に残されたレオポルドはしばらく首をひねっていたが、いわれたとおり布を腰からはずすと浴槽に足を踏みいれた。
銀の髪が湯の中にひろがる。
全身をつつむ細かな泡は体を温めるだけでなく、血行をよくし筋肉をほぐす効果もあるようだ。
無数の泡にはわずかばかり魔素の存在も感じられて、〝夜の精霊の祝福〟に包まれたときのような高揚感もある。
「…………」
湯をすくっては手からしたたり落ちるしずくを眺める。
使っていいといわれたからひととおり中の設備を試した。
シャワーも浴びたし〝じゃくじぃ〟の泡もいろいろ調節してその効果について考えた。
その結果、彼はのぼせた。
ソラに担ぎだされてリビングのソファーに寝かされたレオポルドの頭上で、ネリアがあわてて指で風の術式を紡いでいる。どうやら彼にそよ風を送ろうとしているらしい。
「もぅ、信じらんない!ぜんぜん出てこないからどうしたんだろうって思ったらのぼせてるんだもの!」
「体にいいのではなかったのか……?」
うめくように問えばネリアが眉をさげた。
「そうだけど限度ってものがあるわよ。よし、これでいいかな」
「それと聞きそびれたのだが……」
「なぁに?」
寝ているレオポルドの目にもネリアが構築した魔法陣がよくみえた。ぼんやりと質問するついでに、彼は術式のまちがいを指摘した。
「最初の部屋にあった平たい魔道具は何だ?それとその術式は違……」
「えっ!」
門外不出の魔道具についての質問にネリアはうろたえて、彼の言葉を最後まで聞かずにうっかり魔法陣を発動させた。
ゴオオオオオ!
とたんに渦巻く突風が居住区に吹き荒れた。
ヨロヨロと起きあがったレオポルドが風を収束させると、めちゃくちゃになった室内で娘はぼうぜんとすわりこんでいる。
「だからちがうと……きみと暮らすのは大変だということがよくわかった」
「い、いまのは不可抗力だもん!」
ふたりとも髪がグチャグチャだ。ぐったりとソファーにもたれた彼に娘がいいかえせば、ソラが滑るように動いた。
「片づけますので、おふたりはおでかけになってください」
「えっ、手伝うよ!」
あわてるネリアにソラは無表情に首をふり、澄んだ水色の瞳でレオポルドを静かにみおろした。
「レオ、ネリア様を連れておでかけを。ここはソラが片づけます」
でていけ。
たぶんそういうことだろう。
外はまだみぞれ混じりだというのに、湯あたりしたレオポルドはネリアといっしょに居住区から追いだされた。
そういやお風呂イベント(?)やってなかったなぁ、と思いだしました。












