414.閑話 思った瞬間には転移している
リハビリがてらテルジオとネリアの会話です。
6巻の書影は来週には公開しますのでしばしお待ちを。
サルジアにいくことになったわたしのために、テルジオがいろいろな資料を携えて研究棟を訪れた。
相変わらずビシッとしたスーツ姿の彼を、わたしは師団長室で出迎える。
「テルジオさんひさしぶり!」
「おひさしぶりですネリアさん、さすがに対抗戦で失恋した身としては研究棟に顔を出しづらくて……でももう立ち直りましたよ!」
「えっ、テルジオさん失恋したの?」
そういうと彼はガクッと肩を落とした。
「はぁ、まぁそういう扱いですよね……いいですよもう。それよりネリス師団長も婚約おめでとうございます、どうですか新生活は」
「ど、どうっていわれても……レオポルドとはいっしょにご飯を食べるようになったぐらいで、今までとあまり変わりないよ」
ニコニコしてたずねるテルジオに赤くなってもごもご返事をすると、彼は納得したようにうなずいた。
「ああ、やっぱり。師団長ともなるとそのへんは慎重にされるんですねぇ」
「そのへんって?」
「魔力持ちどうしの婚姻となると、たがいに影響しあって魔力の質が変わることもありますから。魔術師団長の魔力ともなれば塔の運営にも影響しますし、慎重にことを進められると思いますよ。だって夫婦ゲンカで王城が吹っ飛んだら困るでしょ?」
さらっとそういって、テルジオは説明してくれた。
まずは魔力をなじませるために生活をともにし、食事をいっしょにとったりふれ合いも増やすらしい。
自分の魔力で淹れたお茶を相手に飲ませるのもそのひとつなのだとか。
「もしかしてみんなが食事に誘ったり、お茶を淹れてくれたりしたのって……」
いろいろと思いあたってわたしがつぶやけば、テルジオはうなずいた。
「もちろんただのもてなしのこともありますけどね。魔力の相性が悪いといっしょにいても苦痛でしかないので、まずはそういったことでたがいの相性をみきわめるんです」
そういってニコニコとつけくわえる。
「相手の魔力が心地いいと感じるようになったらだいぶイイ感じです。エクグラシアの男は婚約するととがんばりますよ、彼女と早く結婚したいですから。うちの殿下もいざとなったら、相手を王城に住まわせて料理ぐらい始めるでしょうね」
「へぇ……」
そういえば最初は威圧感しか感じなかったレオポルドの魔力が、いっしょいても気にならなくなってきた。
むしろリビングでわたしを膝に乗せて静かにすごしているときは、サラサラと流れるような彼の魔力が心地いい。
彼が淹れてくれたお茶を飲み、ふたりであったかもこもこパジャマにくるまってのんびりする。
居住区でなら彼が耳つきのフードをかぶってくれるのが、わたしのひそかなお気にいりだ。
「ねぇ、レオポルドって魔力の圧がすごくて威圧感があるけど、最近それがやわらいだりしてる?」
「いいえまったく。あの人ずっと圧バリバリじゃないですか、ネリアさんよくいっしょに暮らせますねぇ」
……暮らせてるし彼の存在が心地いいと感じる。ヤバい、いつのまにかなじまされてる!
「わかりました、じゅうぶん警戒しつつことにあたります!」
「はい?」
キリッと顔をひきしめて返事をすれば、テルジオはパチパチと目をまたたいて首をかしげた。
「ところでサルジアに関する情報をまとめたものなどをお持ちしました。目を通していただけますか?」
わたしは師団長室の大きなテーブルに資料をならべてもらい、そのひとつを手にとった。
「わ、国境地帯の警備状況まである。これ機密文書じゃないの?」
「ネリアさんは師団長なのですから、閲覧できない文書なんてありませんよ?」
そういいながらもテルジオは苦笑する。
「まぁ関心もお持ちではありませんでしたし、こちらもわざわざ見せたりはしませんでしたけどね。今回はアルバーン師団長の指示です」
「レオポルドの?」
「ええ、ひととおり目を通されてからネリアさんにお持ちするようにと選ばれてました。何かわからないことがあれば遠慮なく聞いてください」
「うん……ありがとう」
ほんとは師団長なんて自分の器じゃないと思う。けれどこうして支えてくれる手はさりげなく大きくて温かい。
テルジオに質問しながら資料を読んでいくと、あっというまに時間がたった。
「きょうはここまでにしましょうか、参考になる本もいくつか置いていきます」
「うへぇ~ひさしぶりに頭を使った気分……」
ぐでっと師団長室のテーブルにつっぷして、気が進まないながらも数冊の本に手を伸ばせば、美男美女が描かれた華やかな装丁の本をみつけた。
「何これ」
テルジオがあわてた。
「やば、それは私の本です。バーチェ夫人の新作がでたんでミネルバ便に届けてもらったんですよ、なかなか二番街までいく時間がなくて」
「へぇ、テルジオさんこういうの読むの?」
パラパラとめくれば内容はどうみても、女性が好みそうなロマンス小説だ。
「こういう仕事をしているとなかなか女性と親しく話すチャンスがないので……本を読むと会話した気分になれますし、バーチェ夫人は人物描写も巧みで何だか具体的に顔が思い浮かぶんですよねぇ。モデルはあの女性じゃないかとかいろいろ」
バーチェ夫人は覆面作家らしくその正体はわからないそうだけど、貴族のゴシップなんかもうまく物語に落としこんでいて、かなり高位の貴婦人ではないかとテルジオはいう。
「ふぅん」
「ネリィさんは読まないんですか?」
「あ、うん。あんま読まないかなぁ。オーランドさんも詳しくてびっくりしちゃったよ」
テルジオはともかくライアスよりも脳筋な感じのオーランドまでこんな本を読むとは思わなかった。
「私も立太子の儀を準備していておどろきましたが、カディアン殿下が服飾への造詣が深いですからねぇ。こういった本はドレスの描写がていねいなので、殿下の話についていくために目を通しているようです」
「なるほど」
そのとき空気の色が変わった。
「あ……」
彼が帰ってきたのだ。やっぱり魔力の圧は健在で、彼が中庭に転移してくると師団長室にいてもすぐにわかる。
「では私はこれで失礼します、婚約したばかりのおふたりをお邪魔したくはありませんからね」
テルジオはそういってさっさと帰ったけれど、そういう気の使われかたすらまだ慣れない。
わたしは息をつくと本を持って立ちあがった。師団長室から中庭を横切り居住区へむかう。
彼の魔力がもたらす波動は力強くて、その波動がわたしの心をざわつかせる。
はじめて転移魔法に成功してコランテトラの葉にふれたとたん、沸きたつような気持ちで彼に話したくてしかたなかった。
あのときの黄昏色の目をみひらいた彼の顔を思いだしたとたん、同じ顔が目の前にあり同じような表情でわたしをみつめる。
「あああの、レオポルド、こっこれはね……」
帰ってきたばかりの彼はまだ師団長のローブを身につけたままで、しばらく無言でわたしをただみていた。
「きみは……」
ようやく彼の薄い唇がうごく。
「中庭を横切る時間すら惜しかったのか?」
いやああああ!
何やってんの、わたし!
まるでレオポルドの懐に転移して飛びこんだみたいじゃないの!
そして彼が動こうとする気配を察知したわたしは、あわてて転移して逃げた。
「逃げたな」
「逃げましたね」
居住区に残されたレオポルドがぽつりといえば、水色の髪をしたソラが返事をする。
「顔が真っ赤だったな」
「真っ赤でしたね。レオ、追いかけないのですか?」
「魔術の痕跡を追ってもいいが……」
銀髪の魔術師はゆるく首をふった。
「それよりあの転移を察知する術式を開発できないものか……そうしたら転移してきた瞬間をとらえられるのに」
「ネリア様は思った瞬間には転移されてますから」
婚約者を抱きしめそこなった魔術師のぼやきに、ソラはこてりと首をかしげて淡々と返した。
逃げたネリアは天空舞台でビュウビュウ風に吹かれながら「ううう、帰れないよう」と顔を冷やしてます。









