413.閑話 きみと甘く優しい紅茶を
明けましておめでとうございます!
昨年は本業が忙しすぎて……連載があまり書けなかったと反省。
今年はもっと更新!もっと甘く!
……ということで閑話をひとつ。
ひきつづき『魔術師の杖』をよろしくお願いします。
塔の最上階にある師団長室に、訓練を終えた副団長のメイナード・バルマが帰ってきた。彼は一階の魔術訓練場で魔術師たちの訓練につきあっていたのだ。
「あ~やれやれ、ただいま戻りました。年明けとはいえ何かまだ魔術師たちも本調子がでないですね……マリス女史、師団長は?」
「師団長ならもう帰られましたよ」
書類から顔をあげて返事をするマリス女史も、いま書いている日誌を書き終えたら帰るつもりだ。机のうえはきれいに片づいていた。
メイナードはぽかんとしてから首をひねった。
「えっ、たしかに定時だけど……あのひと、いつも遅くまで残ってたよね?」
彼が知るレオポルドはとにかく仕事熱心だった。エクグラシア全体に散らばる魔術師たちからの報告書に目を通し、必要とあれば現地にもでかけていく。
塔にいても直接魔術師たちを指導することは少ないが、指導案を練ったり資料庫の魔術書に目を通して新しい術式を検討したりと、すべてを黙々とこなしていた。
「もともと効率よく仕事を進めるかたではありましたけど……婚約されましたからねぇ」
ほう、と息をついたマリス女史に、メイナードは勢いよくあいづちを打った。
「ああ、そう。あれはビックリしたよね!師団長会議から戻ってきたら『錬金術師団長と婚約する』って宣言して、そのまま寝袋抱えて研究棟にいっちゃうんだもの。魔女たちの阿鼻叫喚地獄、凄かったよぉ」
「訓練場で魔術師たちに覇気がないのも、そのせいかもしれませんねぇ。自分たちのレオポルド様でもないでしょうに」
マリス女史は苦笑した。レオポルドが魔術師団に入団してきた当時の、魔女たちの熱狂ぶりもすごかった。
女性ばかりいる魔術師団の男性は、メイナードやマークのように、物腰がやわらかいタイプが多い。
けれどレオポルドは無口で不愛想で、それでも美女が多いとされる塔の魔女たちすらも霞んでしまうほどの美貌だった。
その魔力も桁違いなら、紡ぎだす魔法陣の陣形すらも力強く輝き、紅蓮の炎から凍てつく氷塊まで自在に作りだす。
魔力勝負を挑んだ塔のターリ、スーリ、ミルヒといった代表格の美魔女たちをあっさりとくだすと、彼は冷笑を浴びせた。
「魔導国家エクグラシアが誇る、魔術師団の精鋭と聞いたがその程度か」
そのひとことが魔女たちのプライドを粉々にし、ついでにハートをわしづかみにしたのだ。
だれもがレオポルドに近づきたがったし、彼が訓練場にやってくるだけで、魔術師たちがいつもの倍押しかけた。
そんなわけで異例中の異例なことだが、レオポルドの指導はほかの魔術師たちを閉めだして、ローラ・ラーラという当時の魔術師団長がつきっきりでおこなった。
「レオポルド、とにかく力を示すことだ。アンタがその力を示せば塔の魔術師たちはだまってアンタに従うし、いまの混乱も収まってやりやすくなるだろう。まったく……レイメリア以上の爆弾坊やだね」
反発心が強いレオポルドも、自分が認めた相手には従う。彼はローラにいわれた通り努力した。
「いいかい、魔術の真髄は『願いをかなえる力』だ。どんなに凄い力を使えたとしても、それだけでは一人前の魔術師とはいえない」
レオポルドが広域魔法陣をマスターして、天候をあやつってみせたときもローラはそういって首を横にふった。
穏やかな性格なローラ・ラーラは、魔術に関してはとても厳しい師だったのだ。
「どんな小さな願いでも心をこめてかなえ続けろ。それがアンタを一人前の魔術師にするだろう」
そうしてローラはレオポルドが成人すると、あっさり師団長の座を彼に譲り、古巣であるメニアラの魔術師団支部へと戻っていった。
マリス女史は日誌を閉じて椅子からたちあがった。メイナードも帰ってきたし、戸締りは彼にまかせて自分もさっさと帰ろう……そう思った。
「ローラにも師団長の婚約を伝えたら大笑いしてましたよ。『二代続けて錬金術師団長のところに押しかけたのかい』って」
ローラの名前がでて、メイナードも目を細める。
「ああ、ラーラ師団長……懐かしいですねぇ。そういえばローラから今朝、ウチの師団長に何か届いてましたよね」
「ええ、中身は知りませんけど……さきほどそれも持って師団長は帰られましたから」
メニアラ支部のローラから届いた小さな包みをあけると、緩衝材を敷きつめた箱には小瓶がはいっていた。
レオポルドは無言でながめてから、それをそっと懐にしまっていた。
わたしが仕事を終えて居住区に戻ってくると、ひとの気配がしてそのことにホッとする。
「ただいま」
だれもいない部屋に帰るのがイヤだと思うわたしは、何だかんだで一人暮らしに向いていないのだろう。
自分の家だったら、おこたで寝そべる兄貴をよけて歩き、鞄を置いたら自分も着替えておこたで丸まる。
居住区だったら、アレクとソラのやり取りを聞きながら、ソファーで丸まってくつろいでお茶を飲む。
「おかえり」
けれどそういってキッチンからあらわれたのは、ソラではなく大きな体のレオポルドだった。
お茶の用意をしていた彼はテーブルに紅茶をふたつおくと、わたしの椅子をひき自分もその横に座った。
「私の師から婚約祝いが送られてきた」
そういってレオポルドは、ピンク色の液体がはいった小瓶をコトリとテーブルに置く。液体の中には氷みたいな半透明の塊がぎっしりと詰まっている。
「わ、可愛い瓶!レオポルドのお師匠様から?」
「ああ、メニアラ支部にいる前魔術師団長のローラ・ラーラが私の師といえるだろう。いずれひき合わせたいが、なかなか豪快な人物だ」
「ローラ・ラーラね、ヌーメリアから聞いたことがあるよ。彼女もローラ・ラーラを尊敬して魔術師を志したことがあるっていってたから」
瓶をとりあげたレオポルドは、フタをあけて銀のスプーンといっしょにそれを差しだしてきた。それだけでふわりと鼻をくすぐるような、甘い香りがする。
「氷砂糖をリルの花からとったエキスに漬けてある。紅茶にいれて飲むと香りがいい。私はこういうのはあまり飲まないが……きみは花の香りが好きだろう?」
「うん、好き……それでわざわざ、レオポルドがお茶の用意してくれたんだ」
「ああ」
銀のスプーンでエキスに浸した氷砂糖をすくいとり、紅茶のカップに落とす。
そのままスプーンで紅茶をかき混ぜれば、氷砂糖がくるくるとカップの中を転がった。
あっちの世界にいるときは、そんなに紅茶って飲まなかった。それはコーヒーも同じで、仕事をする人たちのための飲みものという気がする。
わたしがよく飲んでいたのは煮出した麦茶、それに緑茶やほうじ茶、玄米茶……家で飲むのはどこまでも日本茶だったし、水筒にいれるのは麦茶と決まっていた。
リルのかぐわしい香りに満たされた部屋で、横には銀髪を背に流した魔術師がすわり、ふたりで甘く優しい味の紅茶を飲む。やっぱりそわそわと落ちつかない。
「ありがとう。婚約祝いって……なんだかあらためてもらうと、緊張しちゃうね」
照れくさくなってそういうと、レオポルドがため息をついた。
「私だってもっと……きちんと順序や段階を踏みたかった。あれこれすっ飛ばして師団長会議で宣言したのはきみだ」
「や、あれはそういう意味では」
あわてるわたしの横で、彼はブツブツと文句をいい続ける。
「私だって……きみともっとでかけたかったし、食事だって何度もともにしたかったし、きみのことを見つめたかった」
「はいぃ⁉」
拗ねてる……レオポルドが拗ねてる⁉
えっ、ふだん無口で不愛想で無表情で……何もいわないのによく目は合うな、と思っていたけど。
もしかして彼はわたしが思っている以上に、わたしを眺めていたのでは?
彼は光のかげんで色をかえる、ふしぎな黄昏色の瞳でこちらをみて首をかしげた。
「顔が赤くなった……ということは、私でも少しはきみの心を動かせるようになったということだろうか。ローラ・ラーラには感謝しなければ」
「レオポルドがリルの紅茶よりも甘い……」
甘い花の香りに包まれながら紅茶を飲んでいると、ソラがすっと近寄ってきてテーブルにミルクを置いた。
「レオ、いまのはイイ感じです。お茶を差しだして大頬骨筋を持ちあげれば、ネリア様はいつも『ありがとう、ソラ』とニコニコしてくださいます」
「大頬骨筋か。ミルクをいれれば、もっと甘くて優しい味になる。試してみるか?」
にっこり。レオポルドの甘さがぐっと増して、わたしはただでさえ甘い紅茶にむせそうになる。
あなたたち、ほっぺたの筋肉を持ちあげてるだけでしょうが!
涙目になってにらみつければ、ふたりはじーっとわたしの顔を観察して、またコソコソ話しだした。
「ますます赤くなるだけでニコニコしないぞ、涙目で私をにらんでいる」
「やっぱりローラの作戦だけじゃダメですね。ここはオヤツをくわえますか」
「オヤツ……何を作ろうか」
あなたたち、全部聞こえてますから!
――オヤツ何だろ……。












