412.出発
クリスマスSSを短編集に掲載しました。ソラがピカピカしてます。
レオポルドとの生活は、デーダス荒野でのようにはいかなかった。
わたしはサルジアやエクグラシアの習慣についてあらためて学ぶことになり、錬金術師団の仕事のひきつぎでもわりとバタバタといそがしい。
レオポルドも塔で夜遅くまで仕事していることが多く、顔を合わせる時間は短い。
彼とはひとことふたこと言葉を交わすだけで、話らしい話もしない。
それでも研究棟で仕事をしていれば、ときどき居住区や中庭にいるレオポルドがみられた。
彼も仕事の合間に塔から帰ってきているらしい。
わたしが彼の姿に気づくと同時に、カーター副団長から声をかけられた。
「師団長、魔術師団長がきておりますぞ、いかんでよろしいのか?」
「え……でもまだ仕事中だし」
カーター副団長はわたしをギロリとにらむ。
「ふん、仕事はできても師団長はまだまだ半人前ですな。仕事など少々ほうってもどうとでもなります。話しあえるうちに話さねば後悔しますぞ」
「……っ、ありがとうカーター副団長、いってくるね!」
そうだ、何をためらっていたんだろう。
いつも彼と話をしたくて、何とかしようと思っていたのに。
居住区に駆けこめば、ふりむいた彼がおどろいた顔をした。
「どうした、そんなに急いで」
「レオポルドとちゃんと話をしてこい……って、カーター副団長が」
中庭を走るぐらいそんなに距離はないのに、心臓がバクバクという。
あのときはどうして彼の顔を思い浮かべただけで、かんたんに跳べたんだろう。
それを聞いた彼は首をかしげるとやわらかく笑って、わたしの心臓はまた跳ねた。
「そうか……私も時間があるから、それなら少し話そうか」
「うん……」
いきなり決まった婚約で、わたしたちがギクシャクしているのが副団長にも伝わったのかもしれない。
小さくなって居住区のリビングにすわれば、お茶を用意しようとしたソラに断って、レオポルドは自分で用意をはじめた。
ポットのしたに魔法陣を敷くと加熱をはじめ、棚からとりだした茶葉をきっちりと量る。
流れるように一連の動作をしながら、彼は分量やお湯の温度などはきちんと確かめている。
わたしは邪魔をしないようにそれを見守った。カップを温めながら、彼は何気ないようすで話し始める。
「私もマリス女史からしかられた」
「レオポルドも?」
「きょうはケルヒ補佐官から、叙爵について持ちかけられてな、さっさときみのもとへいって相談してこい、と」
「じょしゃく?」
「そうだ、私は公爵家をでることになるから、これを機に家を興さないかと。考えさせてくれと返事をしたが」
お湯の中で茶葉がゆっくりとひらいていく。
「アーネスト陛下の話では、グレンはちゃんとプロポーズしたが、母がそれを断ったらしい」
レオポルドはそういって、息をついた。
「いまになって母が籍をいれなかった理由がわかるな。グレンを貴族家のやっかいごとから遠ざけておきたかったのだろう」
「そうだったんだ……」
「ふつうなら子爵となるのだろうが、われわれは師団長だ。伯爵位を賜ることもできるが……きみはどうしたい?」
「わたし……」
わたしが貴族になるなんて、正直いってレオポルドと婚約した以上にピンとこない。
「家を興すのは私でもきみでもいい」
「えっ」
レオポルドは皮肉めいた笑みを口の端に浮かべた。
「もともとサリナの婿にと望まれた身だ。だが貴族位を望まないのであれば、はっきり断ることもできる」
「そう……ごめん、わたしは爵位をもらうようなことは何もしていないし、そういうのは何だかちがうと思う」
「そうだろうな、どちらにしろ先の話だ。ミルクはいるか?」
「お願い……」
レオポルドはまるでわたしの返事を予想していたみたいに、ミルクを用意してくれた。
茶色いお茶にミルクを注いで、ゆらゆらと動いて混ざりあうさまをながめていると、レオポルドもカップを手にわたしのむかいにすわる。
「こうしていっしょに暮らすようになって気づいたことがある」
「え……?」
いつもビシッとしているレオポルドが頬杖をついて姿勢を崩し、身を乗りだすようにしてカップを持つ。
わたしの顔をのぞきこむようにした黄昏色の瞳が光を帯びる。
「きみはときどき不安そうに眉をさげる。仮面をつけているときは、あんなに強気で堂々として見えるのに」
「わたし、堂々としてた?」
「ああ」
「そう、それならサルジアにいっても、ちゃんとふるまえるかな」
国の代表として名乗りをあげたのだ。グレンが語らなかった真実を知りたい……それを知ってどうする、という思いはあるけれど。
レオポルドの杖は何としても完成させたい、と思っている。
もしかして杖を完成させたら、わたしは自分の想いに自信が持てるのかもしれない。
彼はそんなわたしを黙ってみていた。
さびしいとか思う暇もなく時間がすぎて、あっというまにタクラに出発する日になる。
「まにあってよかった」
彼が差しだした大きめの小箱をあけると、とても色のきれいなアクセサリーのセットがはいっていた。
明るい薄紫の石に、透明度の高い黄緑色の石があしらってある。
「これ、紫陽石とペリドット?」
レオポルドは長い指を伸ばすと、ピアスをつまんでわたしの耳たぶにつけてくれる。
「紫陽石はアルバーン家の所蔵品だったものだが、ペリドットはエルリカの街で買っただろう」
「あのときの……!」
「グレンの三重防壁はきみの体は守ってくれるが、心は守ってくれない。私のほどこした魔法陣がきみの心を守ってくれればいいが」
「わたしの心……」
黄緑のペリドットに寄り添うように配置された紫陽石がわたしの耳できらめいた。
「ありがとう、レオポルド」
「礼をいうきみの眉はまたさがっている」
彼の指摘にわたしがあわてて自分の眉にふれると、もうひとつを反対側につけながら、レオポルドは指をすべらせてわたしの髪を耳にそっとかけてくれた。
「堂々としていろ。いまもきみは私の顔を思い浮かべただけで、私のもとへと跳んでこられるのだろう?」
「……うん」
迷いなく跳べるようにと。耳で輝く紫陽石は彼の気持ちをあらわすように、ペリドットのそばで光を放っていた。
シャングリラ駅まではいっしょに移動し、タクラ行き六番線ホームで短いあいさつを交わす。
「魔術師団からも竜騎士団からも護衛がつく。タクラで引きあわされるだろう」
「うん、いってくるね」
白い式典用のローブにいつもの仮面をつけて、レオポルドをみあげていると、ふいに彼がわたしの仮面に右手を伸ばした。
左腕をわたしの体にまわしてぐっと自分にひき寄せると、はずした仮面を手に持つ彼の顔がとても近い。
夜会で踊ったときよりも至近距離で黄昏色の瞳をみたとたん、わたしたちを遠巻きに見守っていた周囲から悲鳴があがる。
重ねられた唇はやわらかくて温かくて。
それが離れたときにようやく、唇が冷たい風を感じた。
「唇とは盗むものだからな」
ぼうぜんとして反応を返せないでいるわたしを見おろすと、彼はそういって白い仮面をふたたびわたしの顔にかぶせた。
「顔が真っ赤だ……隠しておけ」
あんたのせいよ!
わたしが叫ぶまえにドアが閉まり、ガタンと大きく揺れてから魔導列車は動きだす。
人混みに消える彼の、背が高い後ろ姿は遠くからでもよくみえた。
けれど彼はふりむくことなく、わたしの心だけを持ち去った。
7巻は試し読みがなんと60ページ。
冒頭の書き下ろし部分もバッチリお読みいただけるので、ぜひチェックしてみてください。
表紙はレオポルドのどアップですが、今回なんとよろづ先生の手がけたキャラクターデザインが初公開。
ネリア、レオポルド、ソラの全身が人物紹介に掲載してあります。
特典SSアンケートにご協力ありがとうございました。
今回は過去最多の4つ書かせていただきました。詳細は活動報告に!
・恋のお守り
・いつか見せたい青い空
・レオポルドの依頼
・狩りと護衛騎士の選定
編集部にいただいたお便り、よろづ先生が本当に喜ばれてました。ありがとうございます!
皆様もよいお年をお迎えくださいm(_)m









