408.逃げ場がない
ハッ!そういえば「杖を作ってください」はプロポーズに近いって……わたしちゃんと〝魔術師の杖〟で読んだのに。
「ええええ⁉︎」
絶叫して飛びあがったわたしの頭から、ようやくカラスのルルゥが転がり落ちた。
ルルゥは羽をバサバサさせて体勢を立て直すと、オドゥの声でしゃべる。
「まさかネリア、何も考えずに『杖を作りたい』なんて言ったの?また?」
「そんなことだろうと思った」
レオポルドは額をおさえて低い声でうなり、ライアスまで首をかしげる。
「俺はエンツできみから『レオポルドの杖を作りたい』と打ち明けられて、てっきりそういうことかと」
つまりどうやらわたしは国王や師団長たちがそろった公式の場で、レオポルドに結婚を申しこんだことになるらしい。
「いや、だって、あの、これは」
ちょこちょこ歩くルルゥから、ユーリの声が聞こえる。
「でもネリアがサルジアにいくのなら、僕も婚約には賛成ですね」
「えっ」
「もしもマウナカイアのときみたいにネリアがいなくなったら、僕らが打てる手は限られますから」
アーネスト陛下も大きくうなずいた。
「そうだな、エクグラシアに婚約者がいればちがってくる。錬金術師団長のほかに〝レオポルドの婚約者〟という肩書きがくわわるだけだ。考えようによっては便利だぞ」
「便利っていわれても……」
したこともない婚約の便利さがわからないよ!
どんどん外堀が埋められていく。いや、がっつり勢いよく埋めたのは自分だけど。ふたたびユーリの声がした。
「僕と婚約してもいいですけど、レオポルドとのほうが自由度が高いと思いますよ?」
「何なの、その究極の二択……」
待って、サルジア行きの話をしていたはずなのに、わたしの婚約話に話題がすりかわってるよ!
「ちょうどさっき、レオポルドからレイメリアのことをたずねられて、グレンとの出会いから研究棟でくらすようになるまでの話をしておったところだ」
アーネスト陛下が興味津々といった顔つきで身を乗りだしてきた。
「ふたりとも、デーダスで何かあったのか?」
レオポルドが思いっきり不機嫌そうな声で返事をする。
「グレンの工房で……力いっぱい『父の愛』について語られました」
「ちちのあい」
おうむ返しにつぶやく陛下に、レオポルドは説明する。
「グレンがどれほど私を愛していたかとか、そんな話です」
「ほぉ、レオポルドはそれが不満だったのか」
「へ?」
納得したようにうなずいた陛下にキョトンとしたわたしを、レオポルドはじろりとにらみつけた。
「私の杖をどうしても作るというのなら、きみはまず自分の愛を私へ語れ!」
「愛……」
「愛、だ」
念を押すレオポルドを陛下がたしなめた。
「レオポルド、気持ちはわかるが青筋立てて言う言葉じゃないぞ。まさかお前がここまで情熱的になるとはなぁ」
いや、怖いんですけど!
レオポルドは眉間にシワを寄せたまま、銀の髪をかきあげた。
「ともかく私はきみのサルジアいきには反対だ。杖を作るためにわざわざいく必要はない」
「少しでも手がかりがあるなら、いってみたいんだよ」
そこは譲れないわたしを、ユーリが援護する。
「僕はネリアでいいですよ。ネリアといっしょのほうが楽しそうだし」
とたんに小会議室に冷気が満ちる。冬!いま冬だから!気温さげないで!
「陛下のお考えは……?」
凍えるような声でレオポルドがたずねると、身をすくませたアーネスト陛下はぶるぶる震えながら返事をする。
「あ、そうだな……ここはレオポルドのほうが経験からいっても適任かな。ライアス、お前はどう思う?」
陛下は投げた。さすがに年の功というか、自分で結論をださずにライアスに投げた!
サルジアにいくのはわたしかレオポルドかで、意見がまっぷたつに割れている。
それまで腕組みをして黙って話を聞いていたライアスが口をひらく。
「俺の考えをいわせてもらうなら、ネリアをいかせるのがいいと思う」
「なんだと⁉」
「使節団はめだつが行動に制限が多い。むしろネリアにめだつ部分をひきうけてもらい、レオポルドは自由に動けるようにすべきだろう」
「彼女をおとりにすると?」
部屋の気温がぐんぐんさがり、いつも無表情なレオポルドがめずらしく感情をみせて声を荒げると、ライアスはアルバの呪文を唱えてから首を横にふった。
「もちろんネリアには竜騎士団、魔術師団双方から護衛をつけよう。それに派遣するのがネリアでもレオポルドでも、危険なことには変わりない」
「…………」
「できることなら戦乱は避けたい。今回はあくまで視察、偵察だ……こちらも好戦的な態度は望ましくない。その点ネリアはお前よりも慎重だ」
眉間にシワを寄せたまま、レオポルドが息をつくと部屋の気温が戻ってきた。息が白くなってきたからやばかったよ、ホントに。
「ふたりは譲りあうのがいいと思う。レオポルドはネリアのサルジアいきを認めるかわりに、ネリアはレオポルドとの婚約を受けいれる……これでどうだろうか」
ライアスの提案に唇を真一文字にひきむすんだレオポルドは、しばらく考えてからわたしにむきなおった。
「きみが猫だとする」
「……ねこ?」
「私のことは鈴だと思え」
「……すず?」
ああ、たしかにキラキラしてるわ……って、ちがーうっ!
「ええっと、こんなキラキラした鈴はいらないと申しますか、わたしにはもったいないお話かと……」
「きみは私の杖を作りたいからサルジアにいくのだろう」
「あ、はい」
「婚約者を異国に送らねばならない、私の心痛をおもんばかってもらいたいものだな」
なんかちがくない?
「そんな怖い顔でいわないでよ、ロマンチックのかけらもないじゃん!」
わたしの抗議にレオポルドは真顔で返事する。
「きみの口から『ロマンチック』などという言葉がでてくるのが意外なのだが」
「なんでよ!」
いいあいをしているわたしたちをよそに、アーネスト陛下はケルヒ補佐官に指示をだした。
「じゃ、そういうことでいいな。ケルヒ、師団長同士の婚約だ。書類を作ってやってくれ」
「かしこまりました」
そのあとわたしはケルヒ補佐官につかまって、婚約のあれこれとかサルジアいきについてたっぷりと説明され……フラフラになって居住区に戻った。
(もう疲れた……さっさとじゃくじぃ入って寝ちゃおう)
「ソラ、ただいま~」
「おかえりなさいませ」
「遅かったな」
ところが居住区でわたしをでむかえたのは、ソラだけじゃなかった。
銀色の長髪をさらりと肩に流し、ローブを脱いだレオポルドが居住区でどっかりとくつろいでいる。
「レオポルド……なんでここに⁉」
「母に倣おうと思ってな。寝袋とテントも持参してきたのだが……」
そういわれてリビングの隅に目をやれば、ひろげてないテントと寝袋らしき荷物が置いてある。
「まさか中庭で暮らすつもりだったの⁉」
「そのつもりだったが、ソラが……」
レオポルドがソラをみれば、ソラはほほえみを浮かべてうなずいた。
「ネリア様におまかせいただき、ソラが用意しておりました部屋へレオをすぐに案内しました」
「部屋?」
わたしはバタバタとリビングを走り、ヌーメリアたちが使っていた部屋のドアをあけると、すっかり内装が変わってレオポルドの部屋になっていた。
「え、待って。ヌーメリアとアレクは?」
「エンツで連絡をとってあります。王都に戻ったらヌーメリアたちはヴェリガンの家で暮らすそうです。さっそく荷物は移動させました」
ソラの行動はやっ!
「ネリア様は『杖を作りたい』と……レオと寝食をともにされるということですよね?」
そういえばソラはグレンやレイメリアといっしょに暮していたんだっけ……。ぼうぜんとしているわたしの背後で、レオポルドの声がする。
「案ぜずとも無理強いはしないし、ほかに男があらわれれば、魔術は使わず穏やかに話しあいで解決すると誓おう」
「はぁ……」
「だが誘惑するとなると難しいな」
「無理せずレオはレオのペースでやればいいんですよ。ネリア様は食いしん坊ですから食べもので釣るとか」
「またミッラでも焼くか」
きみたち会話が丸聞こえだよ!
お母さん……わたしに押しかけ婚約者ができました。しかもプロポーズはわたしからしたことになってます。
――逃げ場がない!












