407.師団長会議で爆弾を落とす。
「さぁ、では会議をはじめるか」
師団長たちは勢ぞろいしたけれど、アーネスト陛下の隣は空席のままだ。
「ユーティリスはまだ戻らないのですか?」
ライアスが陛下にたずねると窓が大きくあいて、冷たい風とともに黒いカラスが飛びこんできた。
寒さに身をすくませたわたしのそばに舞い落りたカラスは、バサリと音をさせてテーブルのはしにとまった。
「わっ……ルルゥ⁉」
ルルゥが首をかしげて「カァ」と鳴くと、黒い目が深緑に色を変えてくちばしの奥から声が聞こえる。
「ネリア、聞こえますか?」
「ユーリ⁉」
「僕もいるよー」
こんどはオドゥの声がする。
「オドゥまで……ふたりともどうしたの?」
ふたたびルルゥはユーリの声でしゃべった。
「すみませんネリア、まだタクラを離れられなくて。サルジアにいくときに、こちらで落ちあったほうがいいかと」
そしてルルゥは差しだしたわたしの手ではなく、「カァ」とひと鳴きして頭のうえに飛び乗った。
ワタワタと手を振って降ろそうとしても、手をつつかれる。
あきらめたわたしはバランスを保つために、ぐぐっと背筋をのばした。
アーネスト陛下が咳払いをして話を切りだす。
「あーおほん、王太子が出席できなくてすまない。聞いてのとおりサルジア行きは彼も希望している。できれば平和に済ませたいが、先日の一件もある。ここでは冬のあいだにわかったことを話しあい、派遣する師団長を決める」
わたしの頭からどきそうにないルルゥを、ちらりとみてからレオポルドが口をひらいた。
「デーダス荒野にはやはり工房がありました。グレンが独自に研究を進めていた内容も調べましたが、そこに私とユーティリス王子が受けた契約についての資料は存在しませんでした」
「ふむ……あのチョーカーには不可解な点も多かった。扱えるのがグレンしかいなかったしな」
「どちらのときもチョーカーの要たる魔石は砕けました。再利用は難しくとも複数作れるのであれば、設計図なり何か残されていると思ったのですが…… あのチョーカーはサルジアからもたらされたかもしれません」
レオポルドはそこで言葉を切って、ルルゥを黄昏色の瞳でみつめた。
「オドゥ・イグネル、デーダスの工房についてはお前の話も聞きたい」
ルルゥは返事をせずにわたしの頭でじっとしている。
アーネスト陛下が顔をしかめてわしわしと、大きな手で赤い髪をかき乱した。
「ではサルジアでできれば、その件についても調べる必要があるな。こちらでもサルジアについて調べた」
トントンと小会議室のテーブルを人さし指で叩いて合図すると、ケルヒ補佐官がはいってきてひとりひとりに赤い記録石を配る。
記録石に刻まれているのはサルジアの細かい地図や、地名に重要な拠点などが記された資料のようだ。
「それはお前たちで持っておけ。どうやらサルジアの国力はかなり低下している。死霊使いも傀儡師も滅んだサルジアに、かつての勢いはない。呪術師だけでは国を治めきれん。皇国は分裂の危機にある」
ライアスが考えこむように、眉間にシワを寄せた。
「国が分裂するとなれば、混乱は必至……エクグラシアにも影響がでますね」
「そうだ、だが皇帝は生きている。力を失ったとはいえその富と権力はまだ莫大だ……そしてサルジア皇国が威信をとりもどすのにてっとり早いのは、国内の目を外にむけ魔力を増やすことだ」
「魔力を、増やす」
レオポルドがひと言ひと言、かみしめるようにつぶやく。
「原始的な呪術が支配するサルジアでは、国の運営に魔力が欠かせない。ルルスの魔石鉱床はサルジアからみて手にいれにくい場所だが、なんとしてもほしいだろう、単純に魔力の豊富な人間を狙うかもしれん」
「魔力を〝資源〟としてとらえている……ということですね」
ライアスが指摘すると、アーネスト陛下は重々しくうなずいた。
「ドラゴンの縄張りがある以上、エクグラシアは領土をひろげても意味がない。だが辺境とはいえ魔導大国と呼ばれるようになったエクグラシアの魔力に、サルジアが注目してもおかしくはない」
「やっかいだな……ユーティリス、サルジアとの因縁について聞きたい。サルジア皇太子リーエンの毒殺事件について、知っていることを教えてくれ」
ライアスの問いかけに、ルルゥがユーリの声でしゃべりだす。
「……リーエンは僕の学友でした。彼は『エクグラシアに学ぶべきだ』と考えていて、交流にも積極的だった。けれどサルジアの保守派には、そんな彼に反対する者もいたんです」
降りてほしいけれど、ルルゥはずっとわたしの頭のうえにいる。
「彼はいつも身辺を警戒していた……エクグラシアへの滞在は、彼にとっても命懸けだったんです。残念なことに僕はそれを、彼の死後に知りました」
ユーリはそこで言葉に詰まった。
「……あとはタクラで話します。僕にとってもサルジアで確かめたいことがあるんです」
「わかった……それでユーティリスに同行させる師団長についてだが」
アーネスト陛下がレオポルドのほうをみたので、わたしはあわてて手をあげて術式を展開した。
「これをみてください。グレンが描いた〝魔術師の杖〟の設計図です。彼はちゃんとレオポルドのために、杖を作るつもりで用意していたんです。わたしはこれを完成させるためにも、サルジアにいきたいです!」
アーネスト陛下はおどろいた顔で目をまたたいた。
「ネリス師団長、それはレオポルドの杖……なのか?」
「そうです、わたしはグレンの遺志を継いで、彼の杖を作りたいと思います!」
わたしが力強くうなずくと、レオポルドは思いっきり顔をしかめて頭を抱えた。アーネスト陛下はしばらく間を置いてから手を打ち合わせた。
「そうか、それは……祝福すべきだな。いや、めでたいな?」
なんだか間伸びした拍手みたいな動作をして、アーネスト陛下は頭を抱えたレオポルドをチラチラとみる。
「何がめでたいんですか?」
「は?」
聞き返すとアーネスト陛下は打ち合わせていた手をとめて、それこそ訳がわからないという顔をする。
こっちだってどうして話の流れで陛下から「めでたい」と言われるのかわからない。陛下は困ったような顔でわたしに念を押してきた。
「あーネリス師団長、この師団長会議は非公開とはいえ、会議での発言はすべて記録されている」
「そうですね、それが何か?」
アーネスト陛下はレオポルドに確認した。
「レオポルド、ネリアはお前の杖を作るんだよな?」
レオポルドはさっきの渋い顔のまんま、むすっと答えた。
「彼女が杖を作るというなら受けいれる……と私はいいました」
「何でお前もうれしそうじゃないんだ⁉︎」
小会議室に微妙な沈黙が流れた。レオポルドは頭を抱えているし、ライアスは腕組みをして黙りこみ、陛下は全員の顔を見回している。
頭を抱えていたレオポルドはため息をつくと、わたしに向き直った。
「ネリス師団長……ひとついっておくが、私はデーダスでこの話をしたとき、きみに逃げ道を用意したつもりだ」
「逃げ道?」
「そうだ、断るのも自由だしきみの意志にまかせると……それでも杖を作るというなら受けいれると話をした」
「ああ、うん。それで?」
「さっきアーネスト陛下もいった通り、師団長会議は非公開とはいえ公式の場だ。内容は記録されて公文書として残される」
「うん」
レオポルドはきつく目をつむった。彼のただならぬようすに息をとめて見守っていると、彼は息を深く吸ってから一気にいった。
「きみが国王陛下や王太子殿下、竜騎士団長の前でハッキリと宣言したからには、私も覚悟をきめる。早急に婚約の日取りをきめよう」
「へ……婚約?だれの?」
わたしをみかえす黄昏色の瞳が、怒りに燃えあがったような気がした。
「私と、きみとの、婚約だ!」
無自覚公開プロポーズが炸裂し、自分で外堀を埋めたネリア。
レオポルドが渋い顔をしていた理由は次回。












