404.デコピンするからね!
連載がノリと勢いで突き進むライブ盤だとすると、書籍はアルバムでしょうか。
どちらも大変で、楽しいです。
「…………」
一方、レオポルドもひく気はない。痛覚遮断の術式を発動させ、駆け寄るやいなやまったく減速せずに、刈りとるようなローキックをライアスの腹にたたきこむ。
「ぐっ!」
地面に倒れている暇はない、相手より早く動け!
転移の座標は相手の死角を狙う。こんどはライアスが早かった。
彼の振りおろした拳がレオポルドの顔面にたたきこまれると、ゴキッと重く鈍い音がした。
頭蓋に伝わる衝撃は術式による緩衝でやわらげたが、激突の反動でたがいに体勢を崩す。
鼻から流れたぬらりとした赤い血は、レオポルドが手で拭った瞬間に消え去る。
単純な戦闘能力ならライアスが上だ。
だがレオポルドはさまざまな魔術を用い、ダメージを負ってもすぐに傷を修復する。
体のキズをものともせず殺気をみなぎらせ、相手の急所を狙って飛びこむ。
攻撃をいくら受けてもひるむことなく、ただひたすらに相手が地面に倒れふすまで動き続ける。
手ごたえはあれど、やすやすとは地に沈まない……それがライアスがよく知るレオポルドの戦いかただった。
それだけにライアスは不満だった。それは将としての戦いかたではない、後先を考えない捨て身の戦法だからだ。
ライアスは吠えるように怒鳴る。
「相変わらずだ、そのような戦いかたでネリアを守れると思っているのか!」
吠えながらまた右の拳に電撃をまとわせて打ちこんだ。
「命を粗末にするような戦いかたは、帰る場所があるヤツのすることじゃない!」
「死ぬ気などない!」
ガキィッと左腕でガードしたレオポルドの右頬をめがけ、こんどは左の拳をくりだす。
「ああ、そうだろうさ。ただ勝てばいいと思ってる」
レオポルドの防御魔法にあたった拳から、スパークした火花がバチバチと散りライアスの髪が逆立つ。
「お前はことさら他人には無関心なヤツだった。なぜネリアに会いにいった」
「……たしかめようと思った。彼女が母に似ていることを知って、グレンから何らかの干渉を受けた存在ではないかと」
レオポルドの薄紫色をした瞳が強い光をはなった。
「だがそこにお前がいた!」
「俺が?」
「ふたりがそれほど親しいと、レイバートで食事をするような間柄だと、知っていれば後を追わなかった」
「おい、それは……」
答えるまえに火球が迫ってきて、ライアスは火炎防御を展開すると横っとびに跳んで避けた。
避けたところに転移したレオポルドが肉薄する。
遠慮なくみぞおちに膝蹴りが決まり、ライアスが身を折ったところに、レオポルドが両の拳を凍りつくような冷気とともに上から振りおろす。
ゴスッと鈍い音とともに、ライアスが数歩よろめいた。
「話らしい話などしていない。私に気づいて近寄ってきた彼女が伸ばした手を払いのけた……それだけだ!」
「そうか……ならば認めろ、レオポルド。お前に平静さを失わせる、彼女こそがお前の弱点なのだと!」
ライアスが飛びかかり、ふたりの男はゴロゴロと地面を転がった。
訓練場に当番でつめていた竜騎士たちが集まりだした。
竜騎士団長と……それにどうやら魔術師団長が素手で戦っている。
どうやらというのは、ふたりとも泥だらけで血まみれで服もボロボロで見分けがつかないからだ。
かろうじて長い銀髪から魔術師団長ではないかと思えるが、その髪すらも泥だらけだった。
「ドラゴンたちが落ち着かないと思ったら……団長なにやってんの?」
あとからきた水色の髪をしたアベルが茶髪のヤーンにたずねた。ヤーンはポリポリと顔をかきながら、自信がなさそうに答える。
「魔術師団長と鍛錬……かなぁ」
「鍛錬?どうみても泥仕合だろ、あれ。とめられないのか?」
「とめられるヤツがいると思うか?人間で」
訓練場にはさっきから火花が散り、火球が爆発するわ冷気は吹き荒れるわ……防御壁の術式がほころびかけている。
ヤーンとアベルは顔をみあわせた。
「……いないな」
「だろ?」
アベルの同意にヤーンは力強くうなずく。
「いやでも、何とかしないとまずいだろ、訓練場が」
「訓練場はたしかにまずいな。もう術式がボロボロだ」
モリア山への遠征前の手合わせでも、訓練場の防壁はボロボロになったのだ。
「夏にネリア嬢があんなに一生懸命、繕ってくれたのになぁ」
「それだ!」
ヤーンが思いついたように声をあげた。
「ネリア嬢を呼ぼう!」
「たしかにネリア嬢なら、同じ師団長だ!」
そうだ、そうしよう。そんなノリでエンツがネリアに送られた。
すぐに駆けつけたネリアは、ボロボロになった訓練場に悲鳴をあげた。
「ちょっと、訓練場がめちゃめちゃじゃないの!あああ……防御系の術式、せっかく修復したのに!」
ピタリとふたりの師団長の動きがとまった。
「ネリア……」
「…………」
ライアスが眉をさげれば、レオポルドも無言でそっぽをむく。
「ライアスもレオポルドも何なの、こんどやったらふたりともデコピンするからね!」
ぷんすか。ネリアは怒っている。
「デコピン……」
デコピン……。ネリアのセリフが竜騎士たちのツボにはまった。
「かわいいな」
「ああ、俺もデコピンされてぇ」
アベルがしみじみとつぶやくと、ヤーンも同意してうなずいた。塔の魔女だったら「骨まで残らず燃やしてあげるわ」とかいいかねない。
デコピンですませようとするネリアのかわいさに、竜騎士たちが感銘を受けていると、ボロボロのレオポルドがひとこと返した。
「頭突きでもいいぞ」
「ぜいたくいわないの!頭突きはわたしだって痛いんだからね!」
ぜいたくなんだ……。
これまたボロボロなライアスが口をはさむ。
「わがままだな、レオポルドは」
わがままなんだ……。
「ネリア……」
そっとライアスが手を伸ばしてネリアの両手をとると、そこに口づけを落とす。
ボロボロだがそれでも笑みを浮かべれば、白い歯がキラリと光った。
「ライアス⁉」
「きみを訓練場の女神と呼ばせてくれ」
「こらあぁっ!新年早々術式の補修とか、冗談でしょう⁉」
ライアスは真面目な顔をしたが、泥と血にまみれてどんな表情だかはよくわからない。
「冗談できみを女神などと呼ぶものか」
「ちがーうっ!」
ネリアの絶叫が訓練場に響きわたった。












