403.帰還
デーダスから戻ってきました。
長距離転移陣がまばゆく光れば、空気の感触がかわる。
王都シャングリラの研究棟にある居住区、そこへわたしたちは帰ってきた。
「ただいま、ソラ!」
声をだして呼びかけても返事はない。暖められた室内はコートがいらないほどで、わたしはキョロキョロとあたりをみまわす。
「ソラ……いないのかな?」
そのとき打撃音がひびいてきて、レオポルドが中庭を指さした。
「ソラならあそこだ……ライアスもいる」
「ライアスも⁉」
ソラはライアスの蹴りや突きをかわしながら、両手に持った短い棒で彼へと逆に攻撃をしかけている。
あわてて中庭に飛びだせば、戦っていたふたりが動きをとめた。
「おかえりなさいませ、ネリア様」
「やぁネリア、もどったか」
「ただいま……って、どうしてふたりが中庭で戦っているの?」
体からホカホカと湯気をだしながら、ライアスがにっこりとさわやかに汗を拭く。
「休みのあいだ、ときどきここにきてソラと鍛錬してたんだ」
「鍛錬……」
「ライアス様にたのまれまして」
息ひとつ乱していないソラの横で、ライアスはさっと浄化の魔法をかけた。それでもまだ肉まんみたいにホカホカしてるけど。
「人間とはちがう動きに慣れておきたくてな。本当はソラとカードゲームをしていたんだが……俺はじっとしてるのが苦手で」
みれば師団長室のテーブルには、カードがひろげてある。
「ソラが壊れます……と申しあげたのですが」
「そういいながら、俺を何度もねじ伏せたじゃないか」
「壊れたくないので」
なんだかライアスとソラが仲良くなってる⁉
ライアスは青い瞳を、黒いコートを着てたたずむレオポルドへとむけた。
「ネリアからエンツももらったが、レオポルド……お前からも報告を聞きたい。俺にいうことがあるだろう」
レオポルドはライアスにうなずいて、わたしをふりむいた。
「わかった。ではまた師団長会議で会おう」
「うん……またね、レオポルド。ライアスも」
ふたりを見送ると、ソラがわたしに声をかける。
「ネリア様、ヌーメリアよりエンツで、『緑の魔女様がギックリ腰でしばらく王都に戻れない』と連絡がありました。ヴェリガンとアレクもいっしょです」
「えっ、ギックリ腰……治癒魔法でもどうにもならないの?」
「おそらくひきとめられているのではないかと」
「ああ、そっか……わたしからもあとでエンツを送ってみるよ」
居住区だけでなく研究棟もまだ人が戻っていない……ソラとふたりだけなことに、なんとなくモゾモゾしてしまう。
いままでもこういうことってよくあったじゃん!
(すぐそばにあいつがいないのが物足りないとか……そんなことないから!)
「ネリア様、デーダスより送られた資料は整理して資料庫にございます。お探しになられていたサルジアの資料も取り寄せてありますが、まずはお休みになりますか?」
「そうね、休むほどではないけど荷物の整理をしたいから、わたしの部屋にお茶をお願い」
「かしこまりました」
部屋に戻れば壁に飾っていたドレスがなくなったところが、ぽっかりと場所があいていてさびしい。
夜会で着たドレスはレオポルドに見つからないよう、デーダスを去るときに工房へしまってきた。
わたしはとりあえずそこに、エルリカで買ったラベンダーメルのポンチョをかける。
ふわふわとしたファーがついたポンチョをみながら、わたしはぼんやり考えた。
(これを着て王都にでかける時間はあるかなぁ)
レオポルドは反対しているけど、わたしはサルジアにいくつもりだ。
「お茶をお持ちしました」
「ありがとう」
ソラが持ってきたミモミのハーブティーを飲んでいると、ソラは荷物の中からチュリカの笛を拾いあげた。
「これは……?」
「チュリカっていう笛なの。エルリカでは新年にそれを吹き鳴らすの」
「チュリカ……ああ、『チュリ』と『リーカ』ですか。この枝は空洞になってるので笛を作りやすいのです。精霊を呼ぶまじないの笛……まだそんな伝統が残っていたのですね」
「ソラも知ってるんだ」
「はい、レオもこれを?」
相手の願いがかなうように、祈りをこめて首にかける。そのことをソラも知っているのだろうか。
「うん……あのね、それでレオポルドに願いは何か聞いたら、『きみの心がほしい』っていわれたの」
チュリカの笛の音とともに聞いた言葉をソラに教えると、ソラはまばたきをした。
「レオが『きみの心がほしい』と……それでネリア様は何を願われたのですか?」
「願いっていうか……『彼の杖を作りたい』って思ったよ」
口ごもりながらなんとかそういうと、ソラはおうむ返しにつぶやいた。
「レオの杖を作りたい……それがネリア様の願いですね」
「あ、でもそう思っただけで、グレンの設計図はみつけたけれどまだ何も……」
ワタワタと両手を振ったわたしに、ソラは無表情にうなずいた。
「かしこまりました。万事ソラにおまかせください」
「ええと、うん……まかせるって何を?」
「サルジアの資料はこちらにお持ちします。ネリア様はゆっくりおくつろぎください」
そういうとソラはスタスタと部屋をでていき、すぐに資料を持ってくるとまたどこかにいってしまった。
「くつろげっていわれても……」
でもそういえばずっとレオポルドといっしょだったから、ぐでーんとかのべーんとかしていない。
ソラにいわれたとおり思いっきりゴロゴロすることにして、わたしはサルジアの資料を手にベッドへと寝そべった。
ライアスとレオポルドは、まっすぐ訓練場へとやってきた。
「報告を聞きたいのではないのか?」
「その前に軽く手合わせをしよう。俺は体が温まっているが、お前はまだだろう」
ライアスのいわんとしたことはすぐに伝わったらしい。レオポルドはコートの襟に手をかけた。
「武器は?」
「いらない。素手でやろう」
ライアスの返事にうなずくと、バサリとコートを脱いだレオポルドは銀の髪をくくって束ねた。
「手加減はしない、いいな」
「……ああ」
言葉少なに応えるレオポルドに対し、ライアスは全身に闘気をみなぎらせる。
「モリア山への遠征前夜、俺は彼女を食事に誘った。彼女を研究棟に送りとどけたあと、お前も彼女をたずねてきたとソラに聞いた」
レオポルドが目をみひらいた。
「なぜだまっていた!」
ライアスの鋭い一撃をレオポルドは紙一重でかわし、すかさず間合いをとろうとする。
それを許すようなライアスではなかった。
「彼女はそのあとひとりで泣いていたそうだ。お前は彼女に何をいった!」
言葉を発するごとに数多の拳を打ちこむ。
矢継ぎ早にくりだされる攻撃をガードしながら、レオポルドが口を開くより早く、ライアスの右拳が彼の腹に食いこんだ。
「…………っ!」
ズザザザッ!
訓練場に倒れたレオポルドに、ライアスは鬼のような形相で怒鳴りつけた。
「たとえお前であろうと彼女を傷つけることは許さん。立て!」
レオポルドがギッとライアスをにらみつけ、地面から起きあがる反動を利用して彼を蹴りつける。
「ライアスお前……っ、殴りあいながらする話かっ!」
「……茶を飲みながらする話でもなかろう」
銀髪を乱して立ちあがった魔術師団長を、竜騎士団長がぎろりとみすえた。
ライアスの拳に魔力が集まっていく。
ネリアがゴロゴロしているときに男どもはこんなことを。
このふたりだったら、口論よりは肉弾戦になるだろうなと。












