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魔術師の杖【小説9巻&短編集】【コミカライズ準備中】  作者: 粉雪
第一章 錬金術師ネリア、王都へ向かう
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4.イルミエンツ

挿絵(By みてみん)

竜騎士団長ライアス・ゴールディホーン

(絵:よろづ先生)

 魔術師団長室にあらわれたライアスは、勧められるのも待たず椅子に座った。錬金術師団の騒ぎは耳にも入っていたから、彼は緊張した表情でレオポルドにたずねる。


「次の師団長は副団長のクオード・カーターではないのか?」


「いや、グレンは次の師団長に『ネリア・ネリス』を指名している」


 レオポルドに聞かれたライアスは、腕組みをして首をひねった。少なくとも王都の錬金術師団には、そんな名前の錬金術師はいない。


「ネリア・ネリス? 言葉遊びのような名前だな。『誰だ? 誰でもない』という意味だろう?」


 三師団に属する〝魔力持ち〟は、王都にあるシャングリラ魔術学園の卒業生でほぼ占められる。けれど卒業生名簿にも『ネリア・ネリス』という名は載っていない。


 魔術師や錬金術師は世界にそうたくさんいるわけではない。


 国内の主な錬金術師は錬金術師団に所属しているし、レオポルドは国外の錬金術師もひと通り把握していた。


 無から有を生みだす錬金術は、素材集めや実験に多額の資金が必要だ。


 国家錬金術師にならず個人でやるなら、まず自分の名前を売って後援者を見つける。つまり名の知られていない錬金術師など存在しない。


 王城でも錬金術師団は、変わり者の集まりとして知られている。次の錬金術師団長がだれかなんて、ふたりには正直どうでもいいが、放っておくわけにもいかなかった。


「グレン老はよほど『ネリア・ネリス』とやらを信頼していたのだな」


「ともかくその人物を見つけなければ。すでに権限が移っている」


 ライアスの言葉に顔をしかめ、レオポルドは手近な燭台を引き寄せた。そのまわりに魔法陣を展開すると、ロウソクの炎が大きくふくれあがる。彼は『炎の伝言』と呼ばれる、使う者も稀な呪文を唱えた。


「イルミエンツ」


 イルミエンツは複雑で高度な術式を使い、しかも発動させるには高い魔力がいるため、もっと扱いやすい伝言の呪文に今ではとって代わられた。


 けれど炎を使って居場所のわからない人物に、キーワードのみを頼りに連絡を取ることができる。


 使う炎はロウソクや暖炉、あるいはかまどでも何でもいい。レオポルドは魔法陣に魔力を注ぎ、薄い唇から言葉を紡いだ。


「錬金術師」


 輝きを増した炎が燐光のように青白く燃えあがり、彼の銀髪に光を投げかけた。ライアスも真剣にそれを見つめた。


「ネリア・ネリス」


 炎の色が熱を感じさせない青から深く濃い赤に色を変え、光が反射したレオポルドの瞳も妖しく光る。


「グレンの後継者」


 燭台の炎が若葉のような鮮やかな緑になると、銀の魔術師はそれにむかって、よく通る低い声で用件を告げた。


「私は魔術師団長のレオポルド・アルバーン。グレン・ディアレスの逝去に伴い、ネリア・ネリスへ錬金術師団長への就任を要請する。至急王城へ出頭されたし」


 緑色の炎が魔法陣の中央で一際大きく燃えあがり、炎の切れはしから金色の火花が散る。ロウが溶ける臭いがしてジリジリと芯が燃えた。


 怜悧な美貌が炎に照らされた魔術師団長は、彫像のように微動だにしない。ときおりまばたきする長いまつ毛だけが、生きている人間だと感じさせる。


 イルミエンツが発動する条件は『キーワードすべてに当てはまる人物が存在する』ことと、双方が『炎のそばにいる』こと。


 確実性がなく使い勝手は悪いが、条件さえそろえば相手がどこにいても言葉を届けられる。


 燭台をはさんでふたりが見守っていると、緑の炎はだんだん小さくなりふつうの色に戻っていく。


 反応のなさにレオポルドがあきらめかけたとき、ライアスが鋭く声をあげた。


「待て!」


 燭台の炎が大きく燃えあがり、まばゆいほどの白い光を放ち、揺らめく炎からはっきりした声で短い返答がある。


「承知した。三日後に王城へうかがう」


 それきりフッと火が消え、白い煙が筋となって芯から立ちのぼる。レオポルドが指を振っても、もう火はつかない。息を詰めて見守っていたライアスが、大きく息を吐きだした。


「成功したのか?」


「そのようだな。だがいたらいたでカーター副団長や、研究棟の錬金術師たちともめそうだ」


 ネリア・ネリスは存在していた。レオポルドは腕組みをして秀麗な眉をしかめる。


「それでネリア・ネリスはいまどこに?」


 ライアスがたずねると、レオポルドはため息をついて首を横に振った。


「イルミエンツは連絡をとるだけだ。相手の所在まではわからない。それに……もう炎が生まれない」


 彼はもういちど指を振ったが、火は消えたままだ。ライアスは自分のあごに手をあてて考えこむ。


「とにかく実在するのはわかった。到着までに三日かかるということは、つまりネリア・ネリスは王都にはいない。ある程度の距離を移動するが、到着予定が確実にわかるもの……」


 ライアスはハッと気づいたように青い目を見開く。


「魔導列車か」


 レオポルドが魔導列車の路線図と時刻表を引っ張りだすと、ライアスともそれを一緒に眺める。


「三日後、王都に到着する魔導列車の定期便は、カレンデュラとサルカスからだ。サルカス発ならデーダスの近く、エルリカの街も通る。錬金術師団より先に身柄を押さえたい。頼めるか?」


 レオポルドの言葉にうなずき、ライアスが路線図の一点を指した。


「ああ。ならば王都シャングリラに入る手前……ウレグ、ここだな。俺が行く」


「念のためデーダスにも竜騎士の派遣を。おそらくそちらもネリア・ネリスの物になっている」


 地図を見ていたライアスは顔をあげ、レオポルドに質問する。


「竜騎士なら一日で飛べるが、デーダスへの転移陣はどうした?」


「研究棟にある転移陣は封印の向こうだ。それもネリア・ネリスがいないと使えない」


「そうか。それにしても……」


「さっき炎から聞こえたのは女性の声だったな」


「それがどうした」


 あいかわらず表情ひとつ変えないレオポルドに、ライアスは軽く肩をすくめて苦笑した。


ありがとうございました。

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