398.公爵がほしがった宝玉
ページ下部の公式サイトへのリンクがちゃんと貼られてなかったようで……修正しました。
公爵家はいわば王族の親戚筋だが、その役割や抱えている人材により序列は変化する。
アルバーン公爵家が〝筆頭公爵家〟といわれるのは、魔力量の多さに由来している。
寒冷な地では環境に適応するため、体内の魔素をうまく使えるよう人も鍛えられるのだ。
〝赤〟を選ぶ基準はいまも昔も変わらない。建国の祖バルザムのように、竜王からその強さを認められるかだ。
ちなみに二代続けて〝王族の赤〟がでなかったアンガス公爵家は、次代で公爵位を返上するのでは……とささやかれている。
多すぎる魔力はその制御など弊害も大きい……先代のアンガス公爵は自分の家族に負担をかけないほうを選択した。
アルバーン公爵家はあくまで〝強さ〟に重きを置き、アンガス公爵家では〝役割〟に重きを置いた結果だが、そのため現在のアンガス公爵は王都での社交活動に力をいれている。
レイメリア・アルバーンがモリア山の落盤事故で命を落としたという知らせは、アルバーン公爵家にとっても一大事だった。
王位継承権がある〝王族の赤〟にレイメリアが選ばれたのも、いざとなれば国を背負えるほどの魔力量だったからだ。
彼女は期待に応え魔術師としての腕も磨き、塔では団長補佐もつとめるほど評価も高かった。
しかも遺された杖と魔石はアルバーン公爵の意向に逆らう形で、王城にある研究棟で父と暮らす彼女のひとり息子、幼いレオポルドのもとへと届けられた。
彼女の父親であるアルバーン公爵は、レイメリアの弟ニルスとその妻ミラといっしょに研究棟に押しかけた。
その応対をしたのが錬金術師団長グレン・ディアレス……レイメリアと籍はいれていないが、彼女の息子レオポルドの父親だ。
アルバーン公爵はグレンにむかって怒り狂った。
「ではどうあってもレイメリアの魔石を渡す気はないと?ふざけるな、お前が娘を死に追いやったのだ!お前が作った杖がありながら、レイメリアはむざむざ死んだではないか!」
「父上、お腹立ちはわかりますが、姉上は戻ってきません。これからのことを話しあわねば」
ひとしきり公爵が怒鳴りちらすと、レイメリアの弟ニルスがそれをなだめる。
それを見守りながら、ニルスの妻ミラは周囲をジロジロとみまわした。どこをみても何もかもが気にいらなかった。
(家具は優美さのカケラもないような粗末なものだし、カビくさい本棚にはわけのわからない本ばかり……こんな場所、レイメリアにはちっともふさわしくないわ)
アルバーン公爵もおなじ気持ちなのだろう、わめき散らす彼をひそかに応援しながら、ミラは彼の後ろからグレンをにらみつけた。
白い仮面の錬金術師は師団長室の椅子にすわり、さっきからひとことも発しない。
「いいか、レイメリアの魔石を渡せ。あれはわがアルバーンの墓所に……」
わめきたてていた公爵がピタリと口を閉じ、ミラもすぐに気がついた。
中庭で動く白いモフモフした聖獣を模したオートマタ、それといっしょに動く小さな銀色の頭がみえた。
「まぁ、もしかしてあの子がレオポルド?」
ミラが駆け寄って中庭へと続くドアを開ければ、公爵たちが見守るなか白いモフモフにくっついて、五歳になったばかりのレオポルドが師団長室にはいってきた。
レイメリアはよくリメラを招いてお茶していた。喪服とはいえドレスを着たミラを遠目にみて、レオポルドはリメラがきたのかと思ったのだ。
「こんにちは」
レオポルドはちゃんとあいさつしたけれど、師団長室にいたのはリメラではなく知らない顔ばかりだった。彼はかわいらしく小首をかしげた。
「おきゃくさま?」
レイメリアの小さな息子は残念なことに、父親そっくりの銀髪に薄紫色の瞳をしていて、彼女の色彩は受け継いでいない。
けれど目元などはレイメリアに似ていて面影がある。公爵はいまいましげにフンと鼻を鳴らしたが、ミラはよく観察した。
(顔立ちはレイメリアに似ているし、何よりあの瞳……まるで紫陽石のようだわ!)
ミラと目があうと小さな男の子は、モフモフに抱きついて恥ずかしそうにその陰にかくれる。ミラはたまらずに声をあげた。
「お義父様……わたくしたちでレイメリアの忘れ形見であるレオポルドをひきとりましょう。ここは幼子にふさわしい環境ではありませんもの、薄汚いオートマタに世話などさせて」
それを聞いたレオポルドは、目を丸くして叫んだ。
「エヴィは汚くないよ、僕がいつだってきれいにしてるもの!」
「レオ!」
ミラへ言い返したレオポルドはグレンがとめるまえに、浄化の魔法を発動させた。ミラだけでなく公爵たちも目の色が変わった。
「この年で浄化の魔法が使えるのか……陣形もその展開速度もみごとなものだ」
意地でもレイメリアの魔石を取り戻してやる……と研究棟に押しかけてきたが、公爵たちはそれよりも価値がある宝玉をみつけてしまった。
――この子がほしい、そう公爵の目が語っていた。
アルバーン公爵たちが帰ったあと、師団長室にウブルグ・ラビルが心配そうに顔をのぞかせた。
「怒鳴り声が響いておったが……だいじょうぶか?」
「ああ……」
仮面の錬金術師はかわりなく椅子にすわっているが、その声から憔悴しているのが感じられた。
ウブルグはグラスをふたつ探すと本棚にあったクマル酒の瓶をとり、そこに酒を注ぐ。琥珀色の液体には人生の甘味も辛味もすべてがはいっている。
「レオ坊はアルバーン公爵にひきとられるのか?」
グラスを差しだすと、ようやくグレンは仮面をはずした。彫りの深い顔だちに冬の寒空を思わせる青灰色の瞳、美男とはいえないが印象に残る顔立ちだ。
仮面があろうがなかろうがウブルグは気にしなかったが、レイメリアと暮らすようになってようやく、グレンは仮面をはずすようになった。
彼がもっていた人間そのものに対する不信感が、レイメリアとの暮らしのなかでやわらいでいるのをウブルグは感じていた。
(また逆戻りか……)
いまの彼はレイメリアを失った絶望に打ちひしがれていて、その瞳は何の光も映していない。
いまのところウブルグやほかの錬金術師が働いているが、仕事をやる気力すら湧かないようだった。
グレンは差しだされたグラスを受けとり、クマル酒をぐいっとあおるとコトリとテーブルに置いた。
「もうここにはレイメリアはいない……私ではレオに何もしてやれない」
「エヴィもいるし、レオにとってはここが生まれた場所であろうが」
投げやりな言葉をいさめれば、グレンは首を横にふる。
「もう何日もあの子の笑い声を聞いてない……レイメリアを恋しがって泣くようなことはなくなったが……」
居住区に戻ればまだ秋だというのに、明るい笑い声の絶えたリビングは、陰鬱で寒々しい感じがした。
何よりも自分が幽霊のようだ……とグレンは鏡をみて思う。
実体をもつ自分の肉体がうとましい。精霊ならば心のおもむくままに彼女の後を追えただろうに。
生きているかぎり……体はこの星から離れられない。
死ぬことは怖くないが、まだ自分にはすることがある。
グレンは物音を立てぬように足を忍ばせて、寝室から続く小部屋のドアをあけた。
ほかにも部屋はあったが、レイメリアは自分たちの寝室からすぐ駆けつけられる小部屋をレオポルドの部屋にした。
魔術師として働く彼女はレオポルドの世話はエヴィにまかせ、あまり息子のそばにいることはなかった。
――それでも。
『寝る前にレオの寝顔を見るだけでもホッとするのよ』
ベッドで眠る幼い息子の姿に、ホッとすると同時にいいようのない寂しさを感じる。
グレンは小さな寝顔よりも、それを慈しむようにながめるレイメリアの横顔を見ているほうが好きだったのだ。
(私ひとりでどうしろというのだ……)
母の姿を映しだす魔道具があっても、もうモリア山から声は届かない。ほほえむ母に呼びかけて、体をつかもうとした手がすりぬけてレオポルドは泣きだした。
泣きだした子が泣き疲れて眠るまでグレンは何もできず、そのやるせなさを彼は魔道具にぶつけた。
床に叩きつけられて壊れたのだろう、その魔道具はいまも小部屋の片隅に打ち捨てられたままだ。
モリア山から届けられたのは彼女の魔石とグレンが贈った杖だけ……レオポルドは「かあさま」といって、魔石ではなく杖のほうに手を伸ばした。
まるでいつか母がその杖をとりにくるとでも思っているように、レオポルドはその杖を抱いて眠るようになった。
グレンはそっとレオポルドの腕をはずして、眠る息子から杖をとりあげた。
本当は杖の材料やだれに作ってもらうかなどどうでもいいのだ……とレイメリアはいった。
『そりゃ錬金術師は魔素のあつかいが巧みで、素晴らしい杖を作るといわれているわ。だけどそれだけじゃないの、最愛の人に作ってもらうからこそ、その杖が特別になるのよ』
うれしそうに杖を抱きしめてグレンに告げたレイメリアの瞳は、キラキラと輝いていて……彼は彼女に杖を作ったことが誇らしいと感じた。
けれど公爵がいうように、グレンが初めて作った〝魔術師の杖〟は失敗したのだ……杖だけ戻ってきても何の意味もない。
この杖はレイメリアの命を守れなかった。ペリドットに刻んだ術式をながめながら、彼はあらたな術式をそこに加えていく。
「レイメリア……きみに贈った杖をレオにあわせて調整しよう。きっとレオは魔術師になる。彼が成長するまでのつなぎにはなるだろう」
次回『父と子の別れ』過去編はそれで終わりです。









