396.中庭でのテント暮らし
夜会の警備をしていた竜騎士団まで出動し、竜騎士が数人がかりで公爵をとり押さえて運びだしたあと、彼女はようやく自分の想いを彼に伝えた。
「それで……私に〝魔術師の杖〟を作ってほしいのです」
もじもじもじ。大胆な行動をしたわりに恥ずかしそうにお願いした彼女に、グレンは疲れきった顔でたずねた。
「君は杖を作ってほしくて、私のうえに降ってきたのか?」
どうやら彼には何も伝わっていないらしい。本当はちゃんと告白をしてからキスをするつもりだったのに、順番が逆になったのだからしかたない。レイメリアはまばたきをして彼の顔をみあげた。
「そうね、でもまずはお休みになったほうがいいみたい」
「そうする」
グレンはよろよろと立ちあがり仮面をつけた。このおかしな女はほっといてさっさと研究棟に帰ろう。
人嫌いとはいえ王都の師団長である彼には、たまにしつこい女があらわれる。今回もいつものように数ヵ月逃げ回ればあきらめるだろう。
ところが彼が翌朝起きると、研究棟の中庭にはひとり用の簡易テントが張られていた。
目も覚めるような赤い髪の美女が顔をだし、ぼうぜんとする彼ににっこりと手を振る。
「君はなぜここにいる」
「押しかけ女房……というものを御存知かしら。私、それになろうと思って。魔術師団の遠征で野宿には慣れているから、ここに拠点を置くことにしたの。これであなたに毎朝、『おはよう』がいえるわね」
どうやらそれでテントを張ったらしい。グレンは叫んで同僚に助けを求めた。
「ウブルグ、なんとかしてくれ!」
師団長室から顔をのぞかせたウブルグ・ラビルは、昨夜の騒動は知っているから、とことこ中庭にやってきた。
「ほむ。お嬢さん、独身の錬金術師なら私もそうだが、私ではどうかね?」
「まぁ、夜会ではペレステの食べっぷりがみごとだったかたね。でも私、彼のしょぼくれた背中にひとめ惚れしたの」
「だそうだぞグレン、あの白い仮面は無駄だったようだの」
彼女の返事にウブルグが笑って肩とお腹を震わせると、グレンは頭を抱えて低くうめく。
「仮面じゃなくて着ぐるみにすればよかった」
「あら私、あなたのよく通る低い声も大好きなの」
レイメリアの追い打ちに「着ぐるみでもダメか」と肩を落とし、グレンのしょぼくれた背中がさらにしょぼくれた。
「いいか、絶対居住区にはいれないぞ。エヴェリグレテリエ、さっさとこの女を追いだせ!」
そのときまだ実体のないコランテトラの木精を、竜王と契約した彼女は祖先バルザムと同じように視ることができた。
「あら、あなたが師団長室の守護精霊ね。そう、エヴェリグレテリエっていうの。『エヴィ』って呼んでもいい?」
しかも彼女は土地に古くから息づく木精との相性が抜群によく、すぐに仲良くなってしまった。
「勝手に仲良くなるな、エヴェリグレテリエ!」
それ以来研究棟の中庭では、グレンとレイメリアの会話というか怒鳴り合いが交わされる。
「たのむ……でていってくれ。私の生活にはエヴェリグレテリエがいればじゅうぶんだ!」
「そのエヴィにお掃除のしかたを教えたのは私よ。それにいまさら帰れないわ。私たちが一緒のベッドにいたところは、みんなに見られているんですもの!」
「誤解を招くいいかたはよせ。きみが勝手に寝ていた私のうえに転移しただけだろう!」
「公爵令嬢の私にとっては大スキャンダルでしてよ!」
「この……とんだ猫かぶりのお転婆めが、どんだけ強引なんだ!」
「父にもよくいわれるわ」
アルバーン公爵はもちろん娘をとりもどそうとした。けれど成人して塔で魔術師として働き、〝王族の赤〟でもある彼女をとめようがない。
グレンに文句を言えば「さっさと連れにこい」と逆に怒鳴り返される。テントを片づけても彼女はアルバを唱えてそのまま寝袋で寝る。
野営用の簡易テントはすぐに組み立てられるし、グレンは撤去をあきらめた。
「いいのか、師団長」
「エヴェリグレテリエを手懐けたのではしかたない。ほうっておけば、いずれあきらめるだろう」
ウブルグに問われ、グレンはため息をついて答えた。
彼女はよく魔術師の仕事で全国各地にでかけ、中庭にいるほうが少ない。いてもとくに何をするでもなく、彼に「おはよう」と「おやすみ」をいうだけだ。
あとはエヴェリグレテリエと話すか、静かに魔術書を読んでいる。あるときふと彼女がグレンに話しかけた。
「ねぇグレン、エヴィに体を作ってあげられないかしら。何か依り代になるようなものがいいわ」
「依り代……オートマタなら自由に動く体を与えられる。やってみたことはないが」
彼の返事に彼女がおどろいた顔をした。
「グレンたら本当にそんなことができるの?」
「ああ、だがオートマタに精霊の魂をこめろというのか。そんなことをして何になる」
オートマタは命令通りの動きをするよう術式を組む。研究棟にやってきてすぐ、グレンは師団長室に棲む木精エヴェリグレテリエと精霊契約をした。
〝風の精霊〟の末裔たるドラゴンに守護されたこの土地では、〝地〟の性質をもつ木精も〝風〟の影響をだいぶ受ける。実体がないエヴェリグレテリエは風を使い、師団長室を守り浄めていた。
「そうしたら私たちエヴィを抱きしめられるし、エヴィだって私たちを抱きしめられるわ」
「ただの木精だぞ……抱きしめたかったら、そこのコランテトラにしがみつけ」
レイメリアはかわいらしく唇をとがらせた。
「コランテトラの木は抱きしめるにはもう太すぎるわ」
たしかに樹齢五百年近いコランテトラの木は、中庭全体に枝をひろげており幹はしっかりと太い。
そのときはそれだけで話は終わり、夏になると中庭のテントはきれいに片づけられた。モリア山への遠征に彼女は向かうのだ。
「グレン、じゃあいってきます。エヴィ、私の留守中グレンをよろしくね!」
「もう戻ってくるな」
「帰ってくるわ、かならず」
ぶっきらぼうな彼の返事に、レイメリアは少しだけ寂しそうな顔をしてそのまま転移した。けれど遠征が終わっても彼女は戻らなかった。
命に別状はないが遠征中にケガをして、アルバーン領でしばらく静養するらしい。公爵のことだから、彼女を自領からだす気はないだろう。
ぽっかりとあいた中庭をみつめ、グレンはオートマタを作りはじめた。
伝説の聖獣を模した白いモフモフができあがると、それに木精の魂をこめた。
399話で過去編は終わります。予約投稿をしています。
397話 レイメリアの杖
398話 公爵がほしがった宝玉
399話 父と子の別れ









