391.彼女の名前は『五年生』(過去編その5)
明日11月18日より、
『魔術師の杖⑤ネリアとお城の舞踏会』
予約開始です。発売は25日です。
明日の更新でもうひとつ発表があります。
よろしくお願いしますm(_)m
ロビンス先生の本にでてくる旅する錬金術師……まさか王都で錬金術師団長になっているとは思わなかったが、本の中にいた登場人物が今レイメリアの前にいる。
(なあんだ、オジサンじゃない……)
紀行文に書かれているのはロビンス先生が魔術学園で教師になるまえの話だから、彼もまだ二十代だったのだろう。
今の彼は三十代半ば……レイメリアの父アルバーン公爵よりは若いが、それでもたいして変わらない。
「グレン、生徒たちのようすをみる限り、きみの講義には及第点をやれないね。次回までにもういちど内容を練り直してきたまえ」
どうやらレイメリアがいいたいことを、すでにロビンス先生が代わりにいってくれている。
仮面の錬金術師は「はぁ」とため息をついて、ボサボサの頭をボリボリとかいた。
「期間はひと月、講義の回数は十回だというから、だいぶ内容を減らしたのだがな」
(……あれでも減らしたというの?)
「だいたい話す速度も生徒たちがノートをとるには早すぎる。もっとゆっくり話したまえ」
「耳から脳への情報伝達速度を考えて、最大限の情報を伝えられる速さで話している。それに講師が話しておれば聞くのは当然だろう」
「生徒全員がきみと同じくらい、講師の話に集中できるわけではないのだよ。ときどきは立ちどまって理解度を確かめたまえ!」
彼はまた「はぁ」とため息をついて、ボサボサの頭をボリボリとかいた。
(やだ、本といっしょだわ)
ロビンス先生の本のなかでも、彼は先生にしかられてはボリボリと頭をかく。ちょっとおかしくなっていると、ふたりがレイメリアに気がついた。
「おや……」
ロビンス先生が口をひらこうとした瞬間、仮面の錬金術師はズカズカとレイメリアに近寄ってきた。
「お前、五年生だな。さっき教室にいた」
「はい、私は五年生のレ……」
名乗ろうとした瞬間、さえぎられた。
「必要ない。講義が終わればもう会うこともあるまい。名など覚えるだけムダだ」
「……えっ?」
自慢ではないがこれでもレイメリアは、学園一の美少女としても名高い。
まだ成人前で正式にはデビューしていないとはいえ、学園生だけでなくたまたま見かけたという生徒の父兄にまで、「お名をいただけますか?」と話しかけられることだってある。
それにアルバーン公爵家の家名もあるし、お前の名など覚えるだけムダだ……といわれたことなど一度もない。
けれどグレンはあっさりといった。
「覚える必要があれば覚える。ロビンスの名は覚えた」
「レイメリア・アルバーン、気にすることはないよ。彼に名を覚えてもらうには、私も苦労したからね」
ロビンス先生がにこにこ笑ってとりなしてくれたけど、レイメリアはなんだかスッキリしない。錬金術師はゴソゴソと自分の鞄を探って、数枚の紙をとりだした。
「それで五年生、ちょっとこの問題を解いてみろ。お前らの理解度を知りたい」
どうやら彼のなかでは、レイメリアの名前は〝五年生〟で決定らしい。
「どうして私がこんな……」
差しだされた紙を受けとりながらも文句をいうと、ロビンス先生が眉をさげた。
「すまないがレイメリア・アルバーン、協力してくれるかね。彼は魔術学園に通ったことがないから、生徒たちのレベルがわからないようだ」
そのままレイメリアはロビンス先生の部屋で、グレンとむかいあって机にすわり数枚の問題用紙と格闘することになった。
気を利かせたロビンス先生が部屋のすみでお茶の用意をしてくれるほかは、学園で試験を受けているのと変わらない。
しかも前には仮面の錬金術師がでーんとすわっている。
ロビンス先生が用意してくれた筆記用具を手に、渡された問題用紙をめくっているとせかされた。
「さっさとやれ」
「じゃあ貧乏ゆすりをやめていただけませんか、集中できないわ!」
この世に貧乏ゆすりというものがあるのはレイメリアも知っているが、彼女のまえで貧乏ゆすりをする男などいままでみたこともない。
(お行儀が悪すぎるわよ!)
「だいじょうぶだ、お前の眼球の動きはきちんと問題を追っている。集中力は途切れていない」
レイメリアは瞳の美しさをほめられたことはあっても、眼球の動きから集中力を観察されたことはない。
(この男、何なの⁉)
けれど本にでてくるあの錬金術師ならやりかねない。この世のすべてはただの観察対象、何の感慨もなく彼の前を通りすぎていく。
レイメリアはともかく問題に集中することにした。
問題はどうやら習熟度別につくってあるらしく、講義と同じようにまったくわからないものもあったが、レイメリアでも何とか解けるものもある。
わからない所はとばすことにして、まずはわかるものから必死に解いていった。
(温度管理は錬成前と錬成後の変化を考えてあらかじめ術式を……よし、つぎの問題は……)
二問続けて解き終わったところで、レイメリアはふと気がついた。
(これ、彼にとっては私が五年生の基準になっちゃうんじゃ……みんなのためにも少しはまちがえないと)
次の問題で術式をわざとまちがえて書くと、彼が鋭い声を発した。
「手を抜くな!」
「て、手を抜いてなんか……」
「術式を書く速さがさっきより遅かった。筆記具の先も揺れた……迷っているのかとも思ったが、お前は答えに自信があるときは線に乱れのない美しい術式を書く。お前はいまわざと、まちがえた答えを書いた」
「……っ!」
「その術式はとても醜い。錬金術師であろうとなかろうと、正しい術式を知っているにもかかわらず、ニセの術式を書くなど魔力持ちのすることではない。魔術学園は己の魔力を使いこなし、制御する訓練をする場所ではなかったか」
いいかえせない。貧乏ゆすりしながらも、彼はすべてを観察していたらしい。
レイメリアが赤くなってうつむくと、グレンは手を振っていま書いた答えを消して「もう一度」といった。
ロビンス先生はだまって穏やかに見守るだけだ。ロビンス先生は優しいが、甘い教師ではない。
レイメリアは唇をかむと、こんどこそ必死で問題用紙にとりくんだ。
どれだけ時間が経ったのだろう、レイメリアがようやくペンを置くと、窓のそとはすっかり暗くなっていた。
グレンは問題用紙をとりあげて、ふむふむとうなずく。
「ではこれを参考に次回の講義内容を組みなおそう。ロビンス、邪魔したな」
そのまま転移しそうな彼を、レイメリアはあわてて呼びとめた。
「あのっ、私はレイメリア・アルバーン!これからも講義のお手伝いをさせてください!そのほうが学園のみんなも助かると思いますし……」
寮に帰ったら今の問題を記憶の限り書きだして、みんなで猛特訓しなければならない。
卒業もかかってるのだ……あと九回の講義で、脱落者をだすわけにはいかなかった。
「そうか、ではまた次の講義で会おう、五年生」
グレンは講義のときとおなじように、レイメリアの顔もみずにさっさと転移した。そしてやっぱり名前は覚えてもらえなかった。
さっきまで彼がすわっていたはずの椅子を、レイメリアがぼうぜんとみつめていると、ロビンス先生が彼女のまえにコトリと紅茶のマグを置いた。
「助かったよ、レイメリア・アルバーン。彼はあのとおりの人間だから、私も手を焼いていてね。稀有な才能の持ち主ではあるのだが」
「不思議な人ですね……」
マグを持ちあげてレイメリアがつぶやけば、ロビンス先生はにっこりしてうなずいた。
「だろう?まるで世の理から外れたところで生きているようだ。けれど私は彼のことが気にいっていてね……なにしろ正直で損得勘定とは無縁の人間だ。〝王族の赤〟になるきみが彼のよき理解者になってくれたら、彼も多少は生きやすかろう」
ロビンス先生はそういったけれど、レイメリアは自分が彼の理解者になれるとはとても思えなかった。
とにかくグレン・ディアレスは、彼女がいままでに見たこともないタイプの人間だったのだから。
このときの講師経験は、グレンがオドゥやネリアに錬金術を教えるときに生かされました。









