390.レイメリアとグレン(過去編その4)
レイメリアの話、数話で終わる予定でしたが物語の根幹にも関わる部分なので、しっかり書こうと思います。あと何話かおつき合いくださいm(_)m
どんどん遡ってレイメリアとグレンの出会いのシーンです。
魔導国家エクグラシアの筆頭公爵家に生まれたレイメリアは、願えばたいていのことは叶うし、望んだものはいつでも手にはいった。
「きみの願いをかなえたい」
「あなたのほしいものを差しあげよう」
そうささやく男は学園時代からおおぜいいた。
(それなのにほしいものがないなんて、どうしたらいいんだろう)
レイメリアは自分の部屋で窓からふたつの月をみあげてため息をつく。
本を読むのは好きだから、成績だって悪くない……学園を卒業したらこのまま魔術師になって、いずれはアーネストじゃなくてもどこかの貴族に嫁ぐか、婿をとって公爵位を継ぐのだろう……レイメリアはそう思っていた。
――好きになれる男の子はまだ見つからないけど。
王妃主催のお茶会では最近、かならずレイメリアの名前がでる。
従兄のアーネストが〝王族の赤〟となって、彼の婚約者候補についての話題が増えたのだ。
「なんて可憐で愛らしいご令嬢なの、アーネスト殿下の婚約者候補としてレイメリア様以上のかたはいませんわ」
(みんなは何を見ているんだろう、アーネストは恥ずかしがり屋のリメラのことが大好きなのに。ちゃんと見ていればわかるのに……)
アーネストはリメラに話しかけたりしないけど、いつも彼女を目で追っている。
(大人って自分たちにとって都合のいいように物事をみるのね……)
レイメリアはそう結論づけた。
お茶会で会ったアーネストは、異国の猛獣みたいだった金色の髪と瞳が赤く染まっていた。
「アーネスト、すっかりみちがえたわ。そうしてるとお祖父様そっくりね」
「ありがとう、お前はいつ契約するんだ?」
「私は学園を卒業してからでいいかなって……亡くなったお母様ゆずりの、この髪と瞳の色が私は好きだから」
レイメリアのふわふわとした赤茶色のくせっ毛、光を反射するときらめく黄緑の瞳は亡くなった母親と同じで、父であるアルバーン公爵は彼女を溺愛した。
「それでね、リメラから好きな色を聞いたんだけど」
「ホントか、ありがとう!こんなこと頼めるのってレイメリアぐらいしかいなくって」
うれしそうなアーネストはこれを聞いたら、きっとガッカリするだろうな……と思いながら告げた。
「『好きな色は黄緑よ、だってレイメリアの瞳の色だもの』だって」
そしてアーネストはやっぱりガッカリして肩を落とした。
「マジか……それじゃ、俺がリメラの好きな色を身につけても『レイメリア様と同じ色ですわね』とか言われるだろ」
「アーネストの愛情表現って奥ゆかしすぎるわね、なんでリメラに直接『好き』っていわないの?」
アーネストはうっとつまってから、それでも口ごもりながら答える。
「すごく好きで……声を聞いたり笑顔をチラッとみられるだけでも幸せになれるんだ。それに俺だってアルバーン公爵が怖い。『リメラを好き』っていったら最後、伯爵家ごとリメラを潰されそうで」
父の性格をよく知るレイメリアもそれには同意した。
「そこよね……早く大人になるしかないわね。無事に立太子を済ませて、公爵に対抗できる力をつけるしかないわ。それまでは私がリメラを守ってあげる」
この正直な従兄がレイメリアは嫌いじゃない。アーネストの表情はパァッと明るくなった。
「レイメリア、お前っていいやつだな」
「いまごろ気づいたの?だからアーネストっておバカなのよ」
アーネストのことは好きでも何でもないけど……ただ純粋にリメラを想えるのはいいな……とレイメリアは思った。
学園では五年生担当のレキシー・ジグナバ教諭がひと月ほど病欠することになり、ロビンス先生の紹介で臨時講師がやってきた。
(なんだか真っ白……)
ロビンス先生に先導されて教室にはいってきた人物をみて、レイメリアは思った。
背は高いけど姿勢は悪くてすこし猫背気味、髪はボサボサとしてツヤのない銀髪……それにくたびれた白いローブを着て白い仮面をつけている。
丸眼鏡のロビンス先生は、にっこり笑って教室にすわる五年生をみまわした。
「諸君に紹介しよう、ひと月ほどだが臨時講師として学園にお呼びした、王都三師団のグレン・ディアレス錬金術師団長だ。彼からしっかり知識を学んでほしい」
「…………」
教壇にたったグレンは無言でぐるりと教室にすわるみんなの顔をみてから、おもむろに低くよく通る声で話をはじめた。
「錬金術は変容を司る……物質の本質を変え、己が望むものへと姿を変えさせる。術式の構築も重要だが物質を意のままにあやつるためには、まず錬金釜内部の空間を支配せねばならぬ……」
レイメリアはあわててノートをひろげ、記録石を起動したけれど……。
彼の話にまったくついていけなかった。
エクグラシアでは知らない人間はいないだろう、魔導列車や転移門の開発者にして稀代の錬金術師……王城の裏手にある研究棟で、研究に明け暮れる生活を送る仮面の男グレン・ディアレス。
とにかく変人で気難しく、人嫌いなのだと聞いたことがある。
レイメリアがぼうぜんとしていると、話を終えた彼は教壇にポンと紙の束を置く。
「ではこの課題を退出するときにひとりずつ持っていけ。今回の講義を参考にしあげて、次回までに提出するように」
そして生徒たちにはまったく質問するスキを与えず、転移して姿を消した。
残されたレイメリアたちは記録石で彼の講義を再生し、わからない語句を調べてつなぎあわせても、内容がさっぱりわからない。
「何なのあれ、あんなのについていけるわけないじゃない!」
錬金術についてだいじな話を彼がしたのはわかる。きっとすごい話を聞かされたのだ……とはわかるけど、魔術学園の五年生にもわからない内容など聞かされても困る。
「レイメリアでダメなら、お手上げね……ええと術式の構築速度と相関関係にあるのが……何だったかしら」
アイシャが首をひねれば、リメラも泣きそうな顔でいった。
「それにこの課題……講義を参考にしろって……次回までにできると思う?」
「ムリよ、講義の内容すらわからないのよ。質問しようにも相手は研究棟でしょ?レイメリア、あなたなら何とかできない?」
アイシャに聞かれても、レイメリアにもどうしようもない。
「それ、アーネストにさっきエンツで聞いたわ。アーネストでもムリっぽい」
三人で頭を抱えたところで、レイメリアは思いだした。
「待って、そういえば彼を招いたのってロビンス先生よね、私先生に相談してくるわ」
ロビンス先生の部屋は学園の本館から離れた、うっそうとした木立のなかにある。
読書好きのレイメリアはときどき、彼の部屋に本を借りにいっていた。
魔法陣研究が専門のロビンス先生は、古代魔法陣を研究するために各地を旅したこともあり著作が多い。
専門書もあるけれどレイメリアは彼が書いた紀行文を読むのが好きで、そのなかでも旅の連れになった錬金術師のエピソードを気にいっている。
(ロビンス先生が寝ている横でいきなり、すごい臭いをさせて錬金をはじめるとか……でもカレンデュラでレビガルに遭遇したときは、彼が魔道具で追い払ったのよね)
ものすごい観察眼を持っていて、手元にある素材で何でも創りあげてしまう錬金術師……それなのにやることは失敗ばかり。
騒動に巻きこまれるロビンス先生は毎回ひどい目にあうけれど、彼のほうはまったく気にせず、新しい素材をみつけると何を創ろうか考えはじめる。
(あんな得体の知れない白いローブの錬金術師団長じゃなくて、彼になら錬金術を教わってみたいわ……)
そう思いながら歩いて、ロビンス先生といっしょにいる人物をみつけて、レイメリアはあっとなった。
白いローブに白い仮面、ボサボサの銀髪……帰ったと思った錬金術師がロビンス先生と話をしている。
ようやくレイメリアは気がついた。
彼がロビンス先生の本にでてくる、錬金術師その人なのだと。
【ロビンス先生】
魔法陣研究の第一人者で、シャングリラ魔術学園の初等科教諭で魔力適正検査も担当してる人。
1~4巻を通して書籍にも登場する、わりと重要人物。









