389.卒業パーティーでの彼女(過去編その3)
アイシャはアイシャ・レベロ、現魔道具ギルド長です。もう少ししゃべらせたかった……。
踊り終わったふたりが近づくと、レイメリアはアーネストの顔をみてびっくりしたように自分の口に手をあてた。
「まぁ!アーネストったらすごい汗……すこし休憩しましょうよ、リメラもいっしょに。ね?」
「ええ……」
レイメリアの言葉でさっとアイシャが動いて、講堂の隅にある飲食スペースに席を確保した。
小さなテーブルを囲むようにアーネスト、リメラ、レイメリア、アイシャの順にすわる。レイメリアはアーネストのちょうど真向いだ。
可憐で華やかなレイメリアに、クールで知的なアイシャ、おとなしく清楚で控えめだが後ろ姿まで美しい……と評判のリメラ。
この三人を独占しているようにみえるアーネストは、よくほかの男子生徒から文句をいわれるが、彼がいっしょにいたいのはリメラだけである。
しかもこの三人のなかで男子生徒に一番人気が高いのは、〝王族の赤〟になることが決まっている公爵令嬢のレイメリアではなく、実はリメラなのだ。
高嶺の花であるレイメリアよりも、手を伸ばせば届きそうなおとなしい少女。
アーネストとしては気が気でない。
だから彼の気持ちを知っているレイメリアは、ふだんでもリメラをがっちりガードしている。
「私のかわいいリメラとつきあおうなんて、百万年早いわ」
いまではすっかり彼女の口ぐせになり、アーネストまでいわれるようになったが、男の自分ではリメラにぴったり張りつけないのだからしかたがない。
四人が席に着くとすぐに近寄ってきた給仕に、レイメリアはにっこりしてほほえみかけた。
「あまりお腹はすいてないの。でもアーネストはのどが渇いているみたい、飲みものとフルーツの盛り皿をお願いできるかしら?」
レイメリアの笑顔に給仕は一瞬ポーッとなってから、すぐにわれにかえる。
「は、はいっ!ただいま……!」
すぐに給仕が皿やピュラルジュースを奪い合うようにして運び、レイメリアたちのテーブルはいっぱいになった。
まるで魔法のように一瞬のうちに皿が並んだ。
「ありがとう、とってもおいしそうだわ!」
レイメリアがうれしそうに顔をほころばせると、給仕の青年たちは感極まったようすでそれに応じた。
「どういたしまして、いつでもお声をおかけください!」
「お前、あいかわらずすごいな」
アーネストが感心すると、レイメリアは不思議そうに小首をかしげる。
「何かしら?」
「いや……何でもない」
黄緑の瞳は強く輝き、ふわふわとした赤茶色の髪が小さな顔をふちどるレイメリア・アルバーンには、たったひと声で人を従わせてしまう力がある。
ただ彼女がお願いするだけで、みな嬉々として彼女の望みをかなえようとする。
もっとも彼女自身はあまり気にしていないようで、よっぽどのことがない限り、わざわざだれかに何かを願うことはないのだが。
そしてグレン・ディアレスだけは、そんな彼女に魅了されることがなかった。
となりにすわるリメラをみれば、アーネストと目が合うと恥ずかしそうに目をそらしてしまう。
(あぁもうっ、かわいすぎるうううぅ!)
身悶えしたいアーネストだったが、従妹からドレス越しにヒールでどすっと蹴られてグッとなった。
彼だって鍛えているのだが、たぶん従妹は魔術でヒールの爪先を強化した。ひどい。
「レイメリア……お前、その顔で凶暴すぎるだろ。ゴリガデルスよりぜったいひどい!」
脛を押さえてアーネストが涙目で抗議すれば、レイメリアは澄ました顔でテルベリーをひとつつまんだ。
「あら、私がゴリガデルスみたいな顔じゃないのは、私のせいではないもの。はいリメラ、ダンスお疲れ様」
そのままリメラの口にテルベリーを「あーん」と食べさせて、彼女のほっぺを指でつついてふふっと笑っている。
(おいこら!それ、俺がやりたいこと!)
叫ばなくてもその表情で、レイメリアにはアーネストの気持ちがしっかりと伝わったのだろう。
自分も一粒テルベリーをかわいらしいふっくらした唇に運ぶと、彼にちろんと視線を投げてよこした。
「アーネストにはまだ早いと思うわ」
そういってテルベリーを自分の口にいれる。
「なんでっ、俺だって『あーん』って……その……」
やりたい。「あーん」ってして、リメラのほっぺをつん、てしたい。
リメラは「信じるわ」っていってくれたし、「好きになってもいいの?」と聞いてくれたのなら、自分を好きになってくれるってことだ。
アーネストがすがるような目をむければ、リメラは真っ赤になって「えっ」と絶句している。
そして困ったようにレイメリアの顔をみた。だからどうしてそこでレイメリアなんだ!
「あらあら、ダンスをしながらどんな話をしたのかしら」
聞き役のアイシャが面白そうに口の端を持ちあげた。
レイメリアは自分の白い指に赤茶色の髪を巻きつけると、しばらくくるくるといじりながら物憂げにまばたきをする。
それからさもめんどくさそうにため息をつくと、ようやく口をひらいた。
「逆ならいいわよ。アーネスト……してほしいことがあるなら、『お願いします』じゃなくて?」
「お、お願いします……」
お願いされたリメラは、ますます真っ赤になってオロオロした。
「えっ、私、あの……」
「はい、じゃあアーネスト、目をつぶって『あーん』」
レイメリアのかけ声にうっかり素直に従えば、彼の口にはぎゅむっと硬くて大きいミッラの実が押しこまれた。
「うぐっ⁉」
アーネストがあわてて目を開ければ、ミッラの実を押しこんだレイメリアが、リメラに優しく注意している。
「リメラ……あんまりホイホイ、アーネストのお願いを聞いてはダメよ。すぐ調子に乗るから」
「気をつけるわ」
リメラは真剣な表情でうなずいている。だから何で俺よりレイメリアのいうことを聞くんだ!
甘酸っぱいミッラをもぐもぐとかみしめながら、アーネストが目でレイメリアに抗議すれば、彼女はかわいらしく肩をすくめて舌をちろりとだした。
「だからアーネストにはまだ早いっていってるじゃない」
――だから何でなんだよ!
レイメリアはため息をついてグラスを手にする。
「そうね……私が竜王と契約して学園を卒業して……成人して一人前の魔術師になったらいいわよ。とにかく成人しないと彼に告白できないもの」
どこまでもレイメリアの都合、しかも彼女が恋する相手は二回りも年上のジジ……グレン・ディアレスだ。
「いや、お前の場合……成人して告白できたとしてもムリがあるだろう。あの人講義のときもまったくお前のこと、眼中になかったじゃないか」
自分の告白が成功したものだから、アーネストにはちょっと余裕があった。
老若男女問わず人をひきつけるレイメリアだが、グレンのほうはとくに彼女のことを気にしたようすはなかった。
もちろん仮面のしたの表情はわからないが、レイメリアに対する態度はほかの生徒へと同じで淡々としていた。
「でも彼、講義の最後に『きみのレポートはよく書けていた、これからもがんばりなさい』っていってくれたわ」
「それはグレン・ディアレスじゃなくたって、たいていの講師がいうだろ……ぐうぉっ!」
アーネストはまた従妹からドレス越しに蹴られた。
しかも今回はジュッと音がしたから、強化のほかに何かの攻撃も付加したのだろう。さっきの倍は痛かった、ひどい。
レイメリアは決意をこめてつぶやく。
「いまの私じゃダメなの……もっとたくさん努力して、一人前の魔術師になれたと思ったら、彼に会いにいくわ。だからアーネストの立太子まで時間をちょうだい」
つまりそれまではアーネストが、彼女の婚約者候補として虫除けにならないといけないらしい。
「彼に会えたら言うつもりなの、私のために〝魔術師の杖〟を作ってくださいって」
どうみても望みは薄いとアーネストは思ったが……レイメリアに「努力したい」と言わせるだけの何かがグレンにはあるのだろう。
(俺もリメラのためならがんばろうって思えるもんな……)
アーネストがリメラをちらりとみたら、ふたりのやりとりを彼女はほほえましそうに見ている。
そういえば彼女はレイメリアにやりこめられているアーネストの情けない姿を、「かわいい」と言ってくれた。
(リメラが笑ってくれるなら、まぁいいか……)
それならせめて虫除けらしく見えるようにしようと、アーネストは背筋を伸ばしたのだった。
レイメリアは「あーん」がわりと好き。
アーネストからみて「ネリアのほうがおとなしくて可愛い」と思われるレイメリアって……と考えたら、こんなキャラクターになりました。次回はグレンとロビンス先生がでる予定。









