386.空に響くチュリカの音
『魔術師の杖⑤ネリアとお城の舞踏会』
11月25日発売です。
5巻なんて1年前は遠いことだと思ってました。これも読者さんのおかげですm(_)m
読者さんのリクエスト【ネリアとレオポルドのデート】……いちおうデートっぽい?でしょうか。
エルリカでは年越しのお祭りに誘われた。街の広場でかがり火が炊かれてパチパチと爆ぜる火の粉が、輝くオーロラが空いっぱいにひろがる夜空へとのぼっていく。
それは王都でみる〝夜の精霊の祝福〟に似ていたけれど、もっと人の営みとそれを包む雄大な大自然を感じさせた。
わたしたちはまるで悪あがきするみたいに、この地上にへばりついて必死に生きている。
わたしだけじゃない……だれもが幸せになりたくてもがいている。
苦しみや悲しみは消えないけれど、織物のように浮かぶ感情はたがいに重なりあい、そのなかに喜びや楽しみも転がっている。
どの感情をみつけてだいじにするかは、自分自身できめるんだ。
「どれにする?」
「そうだね……ミッラ酒に挑戦しようかな」
屋台では温められたミッラ酒やクマル酒が売られ、それを飲みながら焼いたモチや焼き魚、肉の串をほおばる。
息さえも凍りそうな寒さのなかでは、ノドが焼けるほど強い酒のほうが「生きている」という感覚を、身のうちに呼び起こすのだと初めて知った。
風に銀髪があおられた彼は、グレンの古びたローブを着ているせいもあって、寒々しい冬の精霊みたいなたたずまいだ。
それなのに動いている彼からは炎のような躍動感と、生きる情熱といった力強さを感じる。
肉の串をぺろりと食べて、垂れた肉汁をぬぐうように唇を舐める彼の瞳は、かがり火の灯りを反射して不思議な色にきらめいた。
(帰りたくないな……)
王都にもどったらまた、今までみたいな日常にもどる。王都にいるときのわたしと彼は、いまここにいるふたりとはちょっとちがう。
顔を合わせるのも月に数回……師団長会議や用事があるときだけだ。打ち解けて話すこともないし、会議では逆に対立することもある。
食べ終わった肉の串を始末して広場を歩けば、食べものじゃない屋台もあって、指の長さぐらいの小枝にヒモを通しただけの首飾りがたくさんぶらさがっている。
クマル酒を飲みながら売り子をしていたおばさんが、赤ら顔で呼びかけてきた。
「ちょいとおふたりさん、あんたたちまだチュリカの笛を買ってないじゃないか。年越しには必要だよ!」
「チュリカ?」
ぶらさがっている小枝はチュリカといって、木の枝を削って作られた素朴な笛だという。
ひとさし指ぐらいの長さの細い筒にふたつの古代文様が刻んであり、通したひもで首からぶらさげれば犬笛みたいだ。
「これ知ってる……チュリ〝願い〟とリーカ〝祈り〟の文様だね」
「新年がきたらいっせいにチュリカを吹くのさ。デーダスの風にのせて自分たちの〝願い〟をこめるんだよ」
「ふたつもらおうか」
「まいど」
そのまま渡されたチュリカをそれぞれ首にかけようとすると、おばさんが「ちがうちがう!」と手をふって止めた。
「チュリカはだれかから首にかけてもらうのさ。かける方は相手の『願いがかないますように』と祈ってあげる。チュリとリーカがふたつでひとつなんだ」
そういっておばさんはわたしたちにウィンクした。
「ひとりだったらあたしがかけてあげるんだけど。これでも〝リーカおばさん〟は願いをかなえる有名人だよ。でもあんたたちはふたりだろう?」
わたしたちはたがいに顔をみあわせた。
「……きみの願いがかなうように」
レオポルドがつぶやくと、わたしの首にチュリカをかけてくれた。手をはなすときに彼は、笛に刻まれた古代文様に軽くふれて光らせる。
「ありがとう……」
とっさだったから何も考えてなかった……わたしの願い……。
レオポルドからチュリカを受けとれば、彼はわたしがかけやすいように身をかがめる。伏せた目の長いまつ毛をみながら、わたしは彼の首にその笛をかけた。
「レオポルドの願いがかないますように」
新年の合図の鐘が鳴ると、広場のあちこちから笛の音がする。
ヒュールルーピルルルルー
わたしもチュリカを口にくわえて思いっきり吹いた。
フィッブッフゥー
「あれ?」
初めて吹いた笛の音は、ふたりともかすれてうまく音がだせなかった。
「それでいいんだよ」
屋台のリーカおばさんは乾杯するように、クマル酒のコップを持ちあげてカラカラと笑う。
「最初がうまくいかないのは当たり前なのさ。何度でも……願いがかなうように何度でも吹くんだよ。あきらめなければきっときれいな笛の音が鳴る」
「あきらめなければ……」
「…………」
レオポルドは無言でまたチュリカを口にくわえる。何度目かの挑戦でようやく彼の笛から、きれいな音が高く空へと鳴り響いた。
ピュウルリリルルリー
「レオポルドは何を願ったの?」
彼の横顔をみあげて聞けば、チュリカから唇をはなした彼はわたしをみおろし、表情ひとつ変えずに静かな口調で淡々といった。
「きみの心がほしい……そう願った」
「え……あの、わたし……」
目をみひらいて立ちつくしたわたしのまわりで、チュリカの音が鳴り響く。ひとつひとつに願いをこめて吹き鳴らされる笛の音が、エルリカの街のあちこちから聞こえる。
「でもそれを願うのは私だけではない……ライアスやそれにオドゥも。だが私の願いはいま、きみの〝祈り〟をもらった。かなうといいがな」
そういうと彼はまたチュリカを吹きはじめた。
ピュウルリリルルリー
髙く澄んだ笛の音はどこまでも凍てつく空気のなかを、風にのって運ばれていく。わたしも自分のチュリカを口にくわえる。
フィッブッフゥー
やっぱり音はきれいに鳴らなくて。わたしの願い……〝生きたい〟だけじゃないわたしの願い……〝魔術師の杖〟を作りたい……でもそれはきっと、わたしは彼に笑顔でいてほしいんだろう。
9章後半はどっぷりレオポルドとふたりで過ごしたネリア、彼のファンでなければ退屈かも。
最初のプロットでは夜会は年明けで、ネリアもひとりでデーダスの冬を過ごす予定でした。
読者さんの反応をみながら、予定を前倒ししています。
だいぶ積極的になった彼ですがメインヒーローとなるには、もう少し頑張ってもらいたいところ。
過去編をはさみ、タクラへの出発で第九章を終わります。
第十章ではまたネリアの行動範囲が広がります。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!
【五巻書影公開】
昔読んだラノベにとても素敵なダンスシーンの挿絵があり、印象に残っていました。そのイラストレーターさんは鈴ノ助さんとおっしゃるのですが、なんと桜瀬彩香先生の著作『長い夜の国と最後の舞踏会』で再会!大好きな文章に好きなイラスト……うれしい驚きでした。
『魔術師の杖』が完結してもイラストレーターのよろづさんはその後も活躍されます。ライトノベルの表紙は初めてという彼女にとって、この仕事が少しでもプラスになれば。
フリーのイラストレーターさんには出版社へ直接メッセージをいただくのが、お仕事の評価にもつながります。
書籍公式サイトの一番下にあるメッセージ欄より、ぜひよろづ先生へも温かい応援メッセージをお送りくださいm(_)m









