385.ふたたびデーダス荒野
読者さんから一番要望の多かったシーンが5巻表紙となりました!
編集部までお便りをお送りいただきありがとうございました!
デーダス荒野でレオポルドは、「いまさら父親の文章を必死に読むことになるとは……」とうめきながら、グレンが遺した文献を読み漁っている。
グレンのメモは殴り書きみたいな字もあって、意味がわからなければレオポルドはわたしに聞いてくる。
そのかわりわたしは彼からときどき、息抜きにちゃっかりと魔術を教えてもらい、そして「基本がなってない!」とよくしかられた。
「錬金術の複雑な術式は使いこなすくせに、子どもが遊びで覚える呪文はてんでダメではないか!」
「レビガル退治の呪文は覚えたよ。『レビガルデミグネイシスアバンガミヤデムレスファイルモミボイグ』!」
「……それこそムダだ」
わたしはわたしでグレンの業績をまとめるために、研究内容を整理している。これまたすぐには終わらなくて、王都に持ちかえるものとデーダスに置いておくものとで仕分けしている。
ずっとそんな作業ばかりだから、ふたりで考えたゲームをすることにした。
ただ食事を作るだけではつまらない……という理由で、わたしたちは料理対決をはじめた。
ルールは簡単、同じ材料を使ってどちらがおいしいものを作れるかを競う。
調理法はおまかせ。自分の持てる能力をフル活用する。
単純な調理経験ならわたしのほうがあるけれど、レオポルドは火の魔法陣、氷の魔法陣を使いこなすから油断できない。
審査員はわたしたちふたりだけだけれど、票が割れることはあまりなかった。
昨日のトテポ料理ではわたしが勝って、きょうのミッラ料理では負けた。
「ううー!完敗だよ、焼きミッラがおいしすぎる!」
レオポルドは火の魔法陣を使って、焼きミッラを作りあげた。
しっかりと火が通った甘いミッラの果肉は蜜が滴るほどやわらかく、砂糖などまったく使ってないなのに、心までとろけるような甘さの罪深い味がする。
「だめだ、これ……まじヤバい。レオポルドに『また作って』ってお願いしたくなる」
ハフハフしながら切りわけたミッラをひと口、またひと口と口に運ぶと、レオポルドもなんだか得意そうだ。
「きみが作った〝たるたった〟も手が込んでいる。甘さだけでない苦味が香ばしい」
「タルトタタンね……キャラメリゼがんばったのになぁ。ミッラそのものの美味しさを味わうなら、やっぱ焼きミッラが最高だね!」
彼が魔法陣をあやつる手つきに、調理中のわたしがみとれてしまったのも敗因な気がする。そんなこと本人にはいえないけど!
焼きミッラとタルトタタンを完食したレオポルドは、満足そうにコーヒーを口に運ぶ。
「トテポぐらたんとやらもうまかった」
「そうでしょ、そうでしょ。まぁ新鮮なミルクがエルリカの街で買えたからなんだけど。トテポは煮てよし焼いてよし揚げてよしの万能食材だよね。スープにしてもおいしいし!」
ホワイトソースの材料は三種類だけ……小麦粉をバターで焦げないように炒めて、すこしずつミルクをくわえて伸ばしていく。それだけでめっちゃクリーミィなソースになるから不思議だ。
調理するところを横目で見ていたレオポルドが、ひと口食べて目をみはったのがおかしかった。
ポテト……ならぬトテポグラタンはレオポルドが気にいって、わたしが勝ったけど彼がつくった焼きトテポだってめっちゃおいしかった。
レオポルドはトテポを皮つきのままで包むように魔法陣を展開し、しっかりと火を通してから割るとバターをポンと載せた。甘さの増したホクホクしたトテポに、熱でじゅわりと溶けたバターが黄金色に光って流れ落ちる。
舌をヤケドしそうになったけど、お腹いっぱいになってもうそれだけでごちそうだった。煮てよし焼いてよし揚げてよし……トテポは偉大な食材だ。
わたしは彼の描く魔法陣を間近でみて、ひそかに脱帽した。グリドルの魔法陣もレオポルドのアドバイスで描き直したら、もっとすごいものができそうな気がする。
王都に戻ったら魔道具ギルドに登録してある仕様書を、あらためて彼にみてもらおうかな……。
炎の魔術師であるレオポルドはふだん、バランスを保つためか冷気をまとっていることが多いけど、料理においては〝こんがり遠赤外線男〟になるというのを初めて知った。
さっと魔法陣を展開するだけの、リンガランジャの炙りだってめっちゃおいしいし!
彼が手をくわえたものを、アーネスト陛下ぐらいしか食べたことがないというのは、実にもったいないと思う。
寝るまえにわたしの部屋まで彼がエスコートしてくれるのにはどうにも慣れないけれど、デーダスでの生活は外を吹きすさぶ風とは真逆で穏やかな毎日だった。
彼はライガの操縦にもだいぶ慣れて、しかも術式の改良までしてしまった。
「術式の配置が雑だったところをととのえただけだ」
そういっていたけれど、あいかわらずバカみたいに魔力を使うところは変わらないものの、方向転換などはぐっとしやすくなった。
それから彼の運転でまたエルリカの街にでかけ、ミーナが用意してくれた冬のコートのほかに、街でラベンダーメルの毛皮で作られたポンチョも買った。
ふわふわとした薄紫のファーがついたフードをかぶり、首元をキュッとしばれば同色のポンポンが揺れる。
凍った川でまたスケートをすれば、わたしよりも鍛えている彼のほうが上達もはやくて、スイスイと滑っていってしまう。
追いかけるのはあきらめて自分のペースで滑っていたら、戻ってきた彼がわたしの手をとると、ウエストを支えていっしょに滑ってくれた。
ほほにあたる風は刺すように冷たいのに、すぐに体はポカポカと温まって吐く息は真っ白になる。
彼の表情はとくに変わらないけれど、真っ赤になった鼻を突きあわせて笑いころげれば、肺に吸いこんだ空気の冷たさに心臓が凍りそうになってビックリする。
大笑いには要注意だ。
グレンのふりをした彼はエルリカの街のあちこちで、魔道具を修理しては喜ばれた。そういうときのわたしはただの助手だ。
「レオポルドって魔道具の修理とかも得意なんだね」
手つきこそ慎重なものの、彼がちゃんと修理しているのに感心すると、彼はぽつりと返事をする。
「……いざというとき、『できない』とはいえないからな」
彼はやっぱりライアスがいったとおり、みかけの華やかさとはちがってコツコツと努力する人なのだと思う。
「レオポルドは自分でも何度か杖を作ったんだっけ」
「そうだ……だがどうしても耐久性がない。すぐに壊してしまう」
壊れてしまうのは彼が持つ魔力の高さも原因なのだろう。
「グレンが渡したレオポルドの杖も、こんどよくみせてもらえる?」
「……いまはその話をしたくない」
「そう……」
それっきり杖の話はできなかった。グレンと言い争ったこともあるし、彼のなかでまだ消化しきれてないのかもしれない。
グリンデルフィアレンを燃やしたときや、彼がモリア山への遠征で王城前広場で大規模な転移魔法陣を展開したとき……そして秋の対抗戦でも彼の杖をみた。
グレンの作だというその杖はとてもシンプルな形で、まっすぐに伸びた棒の先端に核となる魔石を囲むように細工がほどこしてある。
対抗戦が終わって北の平原に転がっていたその杖を拾いあげたとき、思ったよりも軽かったのを覚えている。
デーダスでわかったことも多いけど、杖のことやサルジア行きのことはふたりの間ではデリケートな話題になった。
〝こんがり遠赤外線男〟とか……彼に変なあだ名をつけるところもネリアですね。
まぁきっと……彼なら焼き魚も上手に焼けるでしょう。
短編集7話に『レオポルドとミッラパイ』を載せました。
グレンとの契約が解けたばかりのおっきくなったレオポルドとその仲間たちの話です。












