384.魔導列車のふたり
(まるで刃物だ……)
ユーリは目の前にいる男が、まるで見知らぬ人間のように思えた。
鋭いまなざし……にこりともしない整った顔だちのなかで、深緑の目は一度沈んだら二度と浮かびあがれない、底なしの淵みたいな昏さを感じさせた。
「ゆずるんじゃない、同じものを作ってやるだけだ。お前って……なんだかんだいって悪ガキだよな」
「もう成人してるよ」
ふだん研究棟にいるときと雰囲気がまったくちがうオドゥは、女性たちの心を騒がせるような、どこか影のある表情をしていた。指をひらめかせて彼は遮音障壁を展開し口をひらく。
「本来それは血族に伝えられるもので、僕としてもだれに渡すかは慎重になる。それは所有者を選ぶうえに魔力を消費する。動かすには〝土属性〟が必要だ。リメラ王妃は土属性が強いし、〝土〟は血族に伝わりやすい性質をもつからな」
「血族に……『父の形見』というのは本当なんだ」
「ああ。僕の持ち物で竜玉の〝対価〟として渡せるほど、価値があるものといえばその眼鏡ぐらいだ。ちゃんと使えそうなのはレオポルドとお前ぐらいだが、あいつには土属性がない」
ユーリはレオポルドの名を聞いて意外そうに眉をあげ、うっかりいつもの口調になった。
「この眼鏡を彼に渡すことも考えたんですか?」
「まぁな。親父が死んでもこいつだけは土石流でも失われなかった。魔道具としてはやっかいな代物だが、貴重なものにはちがいない。僕は自分の血を残す気はないが、そうすると継承者が必要だ」
ユーリの頭がいそがしく動きだす。血族にのみ継承される〝血族設定〟がある魔道具は、何かその家に重要な役割があることが多い。だがエクグラシアの文献に〝イグネル〟という家はでてこない。彼らにどんな役割があったというのか。
「血族を残す気はないって、オドゥが婚約破棄されたのは知ってますけど、そこまで考えていたんですか」
「イグネル姓を持つ者は僕が最後だ。自分に何かあったときのために、飼っているペットを譲る相手を決めたりするだろ」
足を組んだままで、オドゥはふっと昏い笑みを浮かべた。
それほど大きくない魔導具に刻まれた術式の精緻さは、エクグラシア産ではないといわれれば納得する。
魔導回路は魔法陣といっしょで、小さなものを描くほうが難しい。エクグラシアで〝王族の赤〟として選ばれることより、この眼鏡の〝継承者〟に指名されるほうがよっぽど危険な気がする。
「僕に同じものを作ってくれるということは、これを複製するってことですか?」
「そいつには複数の機能が備わっている。印象操作の術式は自分を目立たなくする。魔術の痕跡を可視化できるし、魔力持ちの動きを追える。ユーリは血族じゃないから〝血族設定〟の部分は省くが、じゅうぶん便利だろう?」
「すごいと思います。でもそれをわざわざ〝血族設定〟までして伝えるって、オドゥの家にはどんな役割が?」
ユーリが慎重にたずねると、すこしだけオドゥはだまりこんだ。
魔導列車の座席で向かいあっていると、遮音障壁のおかげで線路を走る振動が伝わるもののとても静かだ。
窓の外にひろがるのは見慣れたシャングリラ郊外の景色でも、まるでここだけは別世界のように感じられた。
「……たいした役割じゃないさ。イグネラーシェはそこに住む人ごと、この地上から消えた。僕は家業を継がなかったし、親父は『日の当たる場所にいけ』といって魔術学園に入学させた」
魔導列車が山の影を走ると車内にさしこむ日差しもさえぎられ、オドゥの顔にも影がさす。表情が消えたようにみえる顔のなかで、深緑の瞳だけが昏い光をはなった。
「エクグラシアが魔導大国と呼ばれるようになったのは、ドラゴンの守りを得ただけでなく、その素材を独占したからだ。毎年危険をおかしてモリア山で採掘したミスリルで装備をつくり、代々の竜王から得られる竜玉で強化する。それを数百年続けてきた。その眼鏡を使えばユーリ、お前は大陸の覇者にだってなれる」
昏い笑みを浮かべて誘うようにオドゥが告げた言葉に、ユーリは目をまたたいた。
「大陸の覇者なんてものに、僕はなりたいと思ったことはありません」
「だからお前はボンボンなんだよ、最初から何でも持ってる」
「ならオドゥ・イグネル、あなたはどうして自分で大陸の覇者になろうとしないのですか?」
「ネリアが望めばそうする」
「え……」
「けれどあの子は望まない。僕の望みなんかちっともかなえる気がないくせに、彼女は勝手に僕を幸せにするんだ。僕だってあの子を幸せにしたいのにさ」
「そりゃネリアはそんなこと望まないでしょうけど……えっ、それが理由なんですか?」
ぽかんとしているユーリに、オドゥはすねた声をだした。
「何だよ」
「だってびっくりして……あまりにも理由が単純で」
「男ががんばる理由なんて女の子を喜ばせたいからだろ、ほかになんかある?」
よくも悪くもオドゥにとっての基準はネリアで、彼の世界は彼女を中心に回っている。そのことをユーリはようやく悟った。
そしてその愛情のかけかたは、どうにもこうにも間違った方向にむかっていて。
「オドゥ……僕はあなたのこと、とても器用な人だと思ってたんですけど……本当はすごく不器用なんですね」
「あぁ?」
「だって、ネリアのこと大好きなのに、必要とされたいのにことごとく裏目にでるって……ふふっ」
上品に笑いをこらえて肩を震わせる弟にむかって、兄は殺気をみなぎらせた。
「お前な、いまここで殺して竜玉をいただいてもいいんだぞ」
「残念でした、竜玉が手元にあれば、僕にとっては強力なお守りになりますからね。それに〝王族の赤〟はそうかんたんに殺せませんよ。自分が消滅してもいい覚悟でどうぞ」
遮音障壁のなかでぎゃあぎゃあと言い争うさまはどうみても、仲がよさそうな兄弟の口ゲンカだった。
オドゥの運命を変えるのは、ネリアではなくユーリになりそう。
本編とは別に『魔術師の杖 短編集』を作りました。
https://ncode.syosetu.com/n4450hx/
書き下ろしのハロウィンSSと、春に掲載したイースターSS(ネリアから迫れバージョン)を載せています。
 









