382.レオポルドの宣言
ネリアが王都にやってきた初夏から始まった物語も、夏と秋を終えて冬になりました。
「肉体を消滅させても、消しきることができずに残った塊だ。魔石としての力は竜玉などよりもずっと弱い」
「レオポルドも……消滅しちゃうの?」
彼はいつもどおり淡々と答えた。
「そうだ……私はそれでいいと思っている。死ねばみな母なる星に還る。星の魔力とひとつになる」
彼にとってはあたりまえのことなんだろうけど、わたしはそれが寂しいと感じた。
温もりもなくなって手のなかに残るのが魔石だけなんて、なんて寂しいんだろう。
「ねぇ、魔力持ちが魔石になるのはエクグラシアだけだって……サルジアではどうしているの?」
すこしだけ彼は口をひらくのをためらった。
「あくまでエクグラシアにある文献に残された情報だけだが……」
「うん」
「素材として利用されると聞いている」
「素材って……どんなふうに?」
「いろいろだ。呪術師は術の〝触媒〟として使い、傀儡師は〝傀儡〟の材料として使った。死霊使いは喚びだした死霊たちの〝器〟として使うと……サルジアでは魔力持ちの力は〝大地の精霊〟の力が薄まったものと考えられ、形なき魂すらも〝精霊のカケラ〟として利用されるとも」
「〝精霊のカケラ〟……」
「精霊自体には実体がない。ただしその時々で生命体と交わって生態系に影響をおよぼすといわれている。竜王は〝風の精霊〟の力を受け継ぐ……サルジア皇家が〝大地の精霊〟の力を継いだように」
「カナイニラウの人魚たちは〝海の精霊〟と人が交わったって……」
「そうだ。そして精霊の力を得た種族は繫栄する。時とともに徐々に薄れて。たまに先祖返りを起こすことはあれど個体が持つ力は弱まり、いずれ同化していく……太古の昔よりくりかえされてきたことだ」
〝星の魔力〟とつながっているわたしには、〝精霊の力〟とされているものがとても強い力だとわかる。実体を持たないからこそ精霊は自由に姿を変え、この星に生きるものたちに干渉することがある。
それがたぶん〝交わり〟……精霊の影響を受けた種族は栄え、大地の覇者となる。
けれど力はとどめておくことができない。
種族が繁栄すればするほど、個々の力は薄れていき……やがて次の覇者が生まれる。
「人間が繁栄すればそれだけ力は失われていく。だがサルジア皇家は、精霊の力が永遠に続くことを望んだ。魔力持ちに不自然な干渉をしたのだ」
レオポルドはそういって、工房から持ちだしたグレンの研究ノートをめくる。
「この工房で私が探していたものがある……結局、それはみつけられていない」
「レオポルドは何を探していたの?」
彼は自分の首に手をやった。まるで今もそこに何かがはまっているみたいに。
「……グレンが私やユーティリスにほどこした術は、自ら編みだしたものだと思うか?」
「あなたたちがグレンとかわした、魔力を増やすための〝契約〟のこと?」
「ああ。この工房に何か残されているかと思った……グレンがこの工房を作ったのは、ユーティリスに術をほどこしてすぐだったからな」
「私……知らない。そんな術があることも王都にいってユーリと話してはじめて知ったもの。この工房でそんな資料はみてないよ」
彼のきれいな顔がゆがんだ。その顔色が悪いことに気がついたわたしは、手をのばして彼にふれた。
「もしもヤツが自分でその術を編みだしたのでなければ……ただ知っていただけならば、サルジアには私と同じような目にあった子どもが何人もいることになる……!」
サルジアには。
望むと望まざるにかかわらず。
そういう子どもが何人も……。
「レオポルド……もしかして眠れなかった?」
ふれたその手をつかんだ彼は、そのままわたしの体ひきよせるようにして抱きしめるとすがりつく。
「……ああ、眠れなかった」
わたしの手をにぎりしめた拳は震え、肩に顔をうずめた彼は絞りだすように言葉を紡ぐ。
「考えまいとしても蘇る。あの男から優しさなど感じたことがなかった。あいつを憎むことで私は己の怒りを力に変えた。それがなぜ杖に自分の魔石を……まだ私に何かさせようというのか……」
「うん……」
わたしは彼の体をぎゅっと抱きかえした。実際に工房をこの目でみて、わたしの話を聞いて……レオポルドだって平静を装っていたけれど、本当はひどく動揺したんだろう。
わたしってば杖の設計図に気をとられて、彼のようすに気がついてなかった……彼はいつだって淡々としていて、冷静で落ちついているようにみえたから。
「すべてがあいつの手の内で、こうして設計図が用意されていたことすら、何かの実験なのではないかとすら思えてくる」
レオポルドの弱音や本音を、デーダスにきてようやく聞けた気がした。自分の頼りない小さな手で、それでもわたしは彼の大きな背中をポンポンとたたく。
「だいじょうぶ、わたしがついてるよ」
返事はなく、無言で彼の腕にぎゅっと力がこめられた。
「ね、悪いことばっかりじゃないよ、きっと……ふたりで確かめよう」
またポンポンと背中をたたくと彼の肩から力が抜けて、腕にこめられた力もふっと緩む。
「お前は……気楽なのかのん気なのか、わからんな」
「レオポルドがいるからね、がんばろうって気になるんだよ」
彼をサルジアには渡さない。どうすればいいのか、サルジアで何が待っているのか見当もつかないけど。
ぎゅっと抱きしめていると、肩に顔をうずめたままで彼がささやいた。
「もしも私が魔石となったら、こうしてお前の胸に抱かれたい」
「うん……」
彼にとっては最上級の愛情表現なのかもしれない。
だからいちおう返事をしたけれど。
彼の魔石を目にすることになるのは……絶対にイヤだと思った。
「それと……ライアスならともかく、私はオドゥにお前を譲る気はない」
しばらくして顔をあげた彼は黄昏色の瞳を光らせてそれだけいうと、ふたたび工房へと続く魔法陣を起動した。
次からはオドゥとユーリ、眼鏡づくりの二人旅です。
そのあと、
・SSジェラピケ
↓
・王都(師団長会議、ライアスとレオポルド……とか)
↓
・港湾都市タクラ
と進む予定です。
物語のスタートを基準にした年表を、〝魔術師の杖 設定資料・用語集〟の最初に追加しました。
グレンの足跡がわかりやすいかと思います。









