380.きみが魔道具師のネリィならよかった
「知って……いたのか?」
設計図を凝視したまま問いかける彼の声は硬かった。
「知らない……何ひとつ、あなたのことさえ教えてくれなかった。だれの杖を作るのかもわからなかった!」
グレンはあえてわたしに何も伝えなかったのだろう。この設計図を見れば、グレンが願った魔術師の杖がだれのものかは一目瞭然だ。
けれど作るにはグレンの魔石が必要で。わたしがこれを見るのは自分の死後になると知った上で、グレンは首飾りをわたしに託したのだ。
よく見れば核となる魔石まわりの術式は、何度も書き直されている。欠けているところもあって、設計図としては未完成だ。
わたしが目を凝らしてそれをみていると、レオポルドがぽつりぽつりと話しだす。
「一度……杖のことで言い争ったことがある。私が師団長を任された最初の年、モリア山への遠征の出発式で。あの時は『杖の使いかたが荒い』と……『お前にその杖を渡すのではなかった』とも」
遠征隊の出発式でカーター副団長やウブルグから聞いた話だ。
「レオポルドが杖を作ってもらうのは二度目なの?」
「…………」
レオポルドは指を伸ばして作業台からプレートをはずすと、ふたたび丁寧に首飾りに取りつけた。
「グレンは土属性が強い……金属や鉱石の加工には向いた属性だが、私の杖の核とするには……グレンも苦労したようだな。設計図は未完成で終わっている」
「でも……わたし、これを完成させたいよ。そのためにサルジアに行きたい!」
返された首飾りを手に訴えれば、彼は眉を寄せて聞き返した。
「サルジアに?」
「グレンの故郷だというサルジアを見てみたいの。だからユーリにはわたしがついていく」
彼は首を横にふる。
「行かせたくない、と言ったはずだ」
「私のことを心配してくれるの?」
自惚れかもしれないけど、そうだったらいい……と思いながら、眉間にシワを寄せた彼に語りかける。
「だいじょぶだよ、いざとなれば転移であなたのところに跳んでいくから。この目で見たいの、グレンの故郷を。魔導列車や転移門……彼が開発した技術の源を」
わたしは錬金術師としてはまだ駆けだしだ。魔道具の扱いならユーリのほうが得意だし、素材にはヌーメリアたちのほうがくわしい。魔法陣や術式を使うのだってオドゥのほうがずっと巧みだ。
学べる知識があるなら学びたい。錬金術を知れば知るほど、知識に対して貪欲になっていく。
レオポルドがぐっと身を乗りだし、わたしの両脇に手をついた。わたしは作業台と彼の間に閉じこめられるような形になる。
「……帰ってくるつもりはあるのか」
「え……」
「帰ってくるつもりはあるのか?お前にとってはシャングリラにくるのもサルジアにいくのも似たようなものなのだろう?」
表情がない彼の瞳がすぐそこにあり、のぞきこめば黄昏色が揺れていた。
「そうだね……あの、でもレオポルドの杖を作りたいから行くんだよ」
揺らぐ色にむかって必死に話しかければ、彼の瞳孔が小さくすぼまった。
「私の杖を作りたいのであれば……ずっとそばにいればいいというのに」
冷気をただよわせながら、彼が指を伸ばしてわたしのほほに触れる。氷属性も使いこなせるけれど、彼自身は炎の魔術師だ。すぐそばにいれば灼熱の怒りにも、炙られるような嫉妬にもさらされる。
それでも……わたしはグッと自分の手にある護符をにぎりしめた。
「それじゃ、わたしが納得できないんだよ。自分で作るにしても、まずこの杖を完成させたいの」
「いくな」
たがいに譲らずにらみあっていると、彼は指をずらして髪にふれた。ふわふわした赤茶の髪をもてあそびながら、彼は低い声でつぶやく。
「お前はわかっているのか?昨日からいくら触れても防壁は発動しない」
「……っ!」
すぐそばに黄昏色の瞳があった。吐息がふれるほど彼が近い。
「どこまで許されるか試してみたい気もするが、ライアスと約束したからな」
彼の指が離れると同時に、髪がふわりと顔のまわりに戻った。
「それにここまで気を許しながら、お前はこうと決めたら飛びだしていく……だが私は反対だ。ユーティリスに同行する者は師団長会議で決める」
レオポルドは身を離すと、もういちど工房を見まわした。
「この工房を動かすのにオドゥが必要だという、お前の意見もわかった。それについてはオドゥと話す必要がある……それと、この話はライアスとどこまで共有するか確認したい」
「あの……杖とオドゥの話だけ話したいと思ってる。わたしのことは……」
「……言いたくないのか」
こくりとうなずくと、彼がペリドットが入っていた小箱をふたたび引きだしにしまった。
「言ったろう、何があってもそばにいると。私の意志は変わらない」
それきり彼は無言になり、引き続き調査をはじめた。
夜になり部屋に戻ったわたしは、ライアスにエンツを送った。
「ネリアか、デーダス荒野の家はどうだ?」
すぐに応じてくれた彼の声は温かい。
「何もかも出かけた時のままだった……ちゃんと家を管理する魔法陣は動いてて安心したよ」
「それは良かった……何かわかったか?」
「うん……グレンのことはオドゥも情報を持ってると思う。それと……いろいろあって、グレンが描いた〝魔術師の杖〟の設計図も見つけたの。彼がレオポルドのために杖を作ろうとしていたんだよ」
「本当か?」
驚いた声をだした彼に、わたしは一気にいった。
「あのねライアス、わたし……レオポルドの杖を作りたい。彼もどれだけ時間がかかってもいい、と言ってくれたの。だからやってみたくて」
しばらく間を置いて、ライアスの声が聞こえた。
「……俺のミスリル鎧も、きみに頼めば作ってもらえるか?」
「もちろんだよ、だけどミスリルの加工はカーター副団長やオドゥのほうが得意だし……」
「言い換えようか。きみはレオポルドの杖作りをほかのヤツに譲りたくない。あいつの杖は自分で作りたいんだ」
責めるでもなくライアスはいう。
「きれい、だったの……」
わたしは部屋の窓からデーダス荒野をみながら、王都にいる彼に打ち明けた。小さな窓からみえる夜空には星がまたたいている。
「グレンの描いた設計図は術式がとてもきれいで、これが完成したらどんなだろうって……それにレオポルドが杖を持つところも見てみたいの」
「きみは錬金術師だからな……」
それだけいって彼は無言になった。沈黙が落ちると自分の心臓がさわぎだす。
「設計図はまだ未完成なの。それにグレンについては逆に謎が深まった。わたし、彼の故郷だというサルジアに行きたいと思ってる……レオポルドは反対してるけど、わたしは行くつもり」
返事を待つ時間がとても長く感じられた。
「きみは俺の帰りを待つだけの人ではない……俺はそのことが誇らしいと同時に寂しい。きみが魔道具師のネリィならよかったのにな」
「うん、そうだね……」
ようやく届いた彼の声は「寂しい」といいながらも変わらず温かくて、わたしはひざを抱えてそこに顔をうずめた。
おかげさまで書籍4巻もびっくりするほど順調です!
そのためいろいろな作業が同時進行に。
のんびり小説を書くはずが……あれ?
まぁ、乗りかかった船ですし。
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