378.グレンの想い
「……きみはそんなことを言うために、わたしをここに連れてきたのか?」
冷え冷えとした声がわたしのすぐそばで聞こえた。
「厚かましいのはわかっているけど……もしわたしに何かあったら、ここの後始末と後に残されるオドゥのことをお願いしたいの」
「さっき『必要なのはオドゥだ』と言ったくせに、なぜオドゥではなく私にそんなことを言う」
「ほかに頼める人がいないから……わたしはたぶん消えるだけだと思う。けれど後に残されるオドゥのことも心配なの。彼はこの工房に入りたがっているから」
彼の黄昏色をした瞳が危険な光を灯した。
「きみはあいつの心配までするのか?」
「そうだよ……だって師団長だもん」
「師団長だからか……オドゥにとっても罪つくりだな。ならば今のうちにすべてを破壊するという手もある」
彼が言い放つと工房の気温がぐんとさがり、わたしは覚悟を決めた。
「うん……それでもいいよ」
わたしがうなずけば、彼は探るようにわたしの顔をみた。この工房はわたしの生命線だ。彼ならばたったひとりでもそれができるだろう……それでもいい。
短い間だったけど、いろんな人の優しさにふれて楽しかった。不安なことだっていっぱいあったはずなのに。
「できるわけがない……それをしたらきみは」
彼は小さくつぶやいて後は言葉にならなかった。
「レオポルドだって、わたしが不安定なのは知っているでしょ……わたしの意識はたやすくこの体からはがれ落ちる。グレンが施してくれた数々の術式がなければ、体を制御することも難しい」
この世界で生きるには、まずグレンと意思疎通ができないといけなかった。グレンはいくつもの言語を使いこなせたから、彼がわたしのために言語読解の術式を編んでくれた。
「あなたとこうして話ができるのだってグレンが、言語読解の術式を……それも複数、脳に刻んだからだもの」
そこまでは予想していなかったらしく、レオポルドは顔色を変えた。
「言語解読の術式を……脳に刻んだだと……一歩間違えば廃人になる」
「それを正確に……一切の狂いもなく、グレンはわたしの脳に刻んだの」
それだけでなく、視覚の色調補正や三重防壁……わたしがこの世界で生きられるように、彼が施した術式は数知れない。
わたしの全身はグレンが人生を捧げた研究の集大成……それを知るオドゥが、わたしのことをどれだけ〝貴重〟とみなしているかわかる。
オドゥにとっては研究材料というだけでなく、わたしには生かしておく価値もあるのだ。
「わたしはただの被験者、グレンが集めた素材のひとつ。何かあればこの工房で〝修理〟しないといけない。それに……このことがなければ、きっとライアスを好きになってた。わたしはそういう人間なんだよ」
そんな人間がレオポルドのそばにいていいはずがない。わたしはグレンの机に近づいて引きだしを開け、黒い小箱をとりだしてそれをレオポルドに渡す。
「…………」
無言でフタを開けた彼は中にならぶ物体をみて目をみはった。グレンによって加工されたそれは黄緑色をしていて……。
「ペリドットが加工してある……これがきみの〝目〟か……」
「うん……いくつもあるでしょ、わたしもこの目は気にいってるよ。近眼だったから、世界がとってもきれいに見えるようにってグレンにお願いしたの。ペリドットは光の透過性がいいんだ」
頼めばオドゥの眼鏡のように、いろんな機能がつけられたのかもしれない。けれどわたしは「世界がとってもきれいに見える目がいい」とだけ願って、グレンはそれをかなえてくれた。
わたしの赤茶色の髪は、レイメリアの魔石を心臓に埋めた影響らしい。恒温槽で眠りながら再生した肌も……いまのわたしは、デーダスの工房で生みだされたと言ってもいいぐらいだ。
「それともうひとつ……グレンはあまり自分のことを願う人じゃなかった。彼は……彼の仕事はみんなの願いを叶えることだった。わたしはあなたにグレンの想いを知ってほしい」
「あいつの想い……だと?」
けげんそうな顔をした彼に、わたしは一気に言った。今なら彼は話を聞いてくれる……そう信じたから。
「そう。グレンは自分のために〝レイメリア〟を蘇らせようとしたんじゃない。あなたにレイメリアを会わせたかったんだよ……わたしがこんな姿をしているのは、そのせいだと思う」
「私には父親の愛情など必要ない、だいたい何を根拠にそんな甘ったるい考えになるんだ」
吐き捨てるように言ったレオポルドは、拒絶するようなシワを眉間に深く刻んだ。
「根拠ならあるよ……グレンは言葉ではなく、彼がその手で創りだすもので想いを語るの」
グレンは自分のことを一切語ろうとしなかった。わたしに何か優しい言葉をくれたこともない。
だから後から気づかされる……居住区のじゃくじぃに師団長室のソラ、彼がその手で創りだしたものは、どんな言葉よりも雄弁に彼の想いを語っている。
「レオポルド、あなたがグレンと契約したとき、彼とはどれぐらいの期間いっしょに過ごしたの?」
わたしをにらみつけるようにした彼は、それでもぼそりと返事をする。
「ほんの数日だ……会話すらなかった」
錬金術師グレン・ディアレス……人嫌いで有名だった人物。彼はたったひとりの息子にも同じように接したのだろう。
「グレンは自分の関心がないことには、一切興味を示さない人だった」
「その通りだ。だから……」
髪をかきあげたレオポルドは自分の銀髪が気にいらないとでもいうように、きれいな髪を手でぐしゃりと握りつぶす。
「だからだよ!」
わたしは声をはりあげた。わたしでは彼の想いをレオポルドに伝えられない。けれどこれだけはわかってほしい。
「たった数日……それだけの期間で彼はあなたの姿を、エヴェリグレテリエという人形に写しとった。ソラをみれば彼があなたに、どれだけ関心を持っていたかがわかる!」
グレンがどんな想いであの人形を創ったか……後悔と贖罪と……さまざまな想いをこめて彼は我が子の姿を写しとった。
少年だったレオポルドを模して精巧に創られたエヴェリグレテリエ……あれは精霊の魂をいれるただの〝器〟ではなく、我が子の成長を記した〝作品〟なんだ。
「本当に、本当にわかりにくいけれど。グレンはあなたを愛していたよ、レオポルド。師団長室にいるあの人形が、何よりも雄弁に彼の想いを語っている。あなたを愛していなければ、あんな人形は作れない!」
まだしばらくスローペースの更新です。
9章は今年中に書きあげる予定です。









