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魔術師の杖【小説9巻&短編集】【コミカライズ準備中】  作者: 粉雪
第九章 デーダス荒野のネリア

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376.雪の金平糖

3パターンぐらい考えて、いちばん優しい雰囲気のものにしました。

この2人が意外と仲がいいので作者もビックリです。

「何を……」


 するつもり……問いかけは言葉にならなかった。


 いちど決壊した涙はあとからあとからあふれて、こんどは止まらない。


 ほほにあてられた指がはずされることはなくて、私の涙はそこを伝って落ちていく。


「ひぐっ、う……」


 あきれたような感心したような声が聞こえた。


「前にも思ったが……お前、けっこう泣き虫だな。よくもまぁこんなにポロポロと泣けるものだ」


「うるさい」


 せっかく泣いてるんだから、静かに泣かせてよ。


 風もない閉めきった室内で書斎の空気がごうと動き、机にひろげられた本のページがパラパラとめくれる音がする。


 ほほに触れる彼の指が冷たさを増し、まるで金属の鋭い刃をあてられたような感触に息をのむ。


 涙でにじんだ視界のむこうで部屋の景色がガラリとかわり、顔にあたる風の冷たさから外に転移したのだとわかった。


 パチパチとまばたきをすると私の目からポロポロとこぼれた涙はすべて凍り、冷たくなった彼の手のひらで受けとめられた。


 目からあふれる涙はたしかに熱いのに、光を浴びてキラキラと光る粒は、指でふれると思ったとおり氷だ。


「もっと泣いてもいいぞ?」


「涙なんかひっこんじゃったわよ!」


 わたしにむかって首をかしげるそのしぐさが、なんだか師団長室でこてりと首を傾けるソラみたいだ。


 本人には絶対そんなこと言えないけど!


「まぁ、これだけあればいいか」


 彼は淡々とつぶやき手のひらに魔法陣を展開した。


 わたしの涙はキラキラと光る金平糖のように、レオポルドの手のひらでコロコロと転がっている。


 そのうちのひと粒をつまんで、彼がふっと息をふきかけると金平糖の形は崩れて消え、デーダスの空に風花が舞った。


「え……」


「涙を核にして雪を喚ぶ。お前に渡したろう……〝雪の結晶の育てかた〟という本の応用だ」


「読んだけど……そんなのどこにも書いてなかったわよ!」


「だから応用だ」


「ずるい、知りたい!何よその魔術……」


「やってみるか?」


 レオポルドが涙の金平糖をひとつわたしにとらせた。


 彼が展開している魔法陣に重ねるようにして息を吹きかけると、金平糖はサラサラと崩れて雪の結晶が風に舞う。


 何だろうこれ……息を吹きかけてシャボン玉を作りだすみたい!


 できるのはシャボン玉じゃなくて雪の結晶だけど!


「すごい!もっとやってみようよ!」


 わたしは金平糖をつまんではそれを吹いて雪にしていく。


 シャボン玉とか、タンポポの綿毛とか……それに息を吹きかけて飛ばす楽しさに似ている。


 夢中になってやっていたら、レオポルドの手にある涙は残りひとつだ。


「もうなくなっちゃう……雪だるま作ったりとか雪遊びもしたかったのに」


 レオポルドがあきれたようにため息をついた。


「お前がすぐに泣きやむからだ。デーダスに雪を積もらせたければもっと号泣しろ」


「ひどっ!」


 涙の雪は風に運ばれて飛んでいってしまった。


 デーダス荒野にいるあいだに、雪の魔術も研究しよう……そう決意して最後の金平糖をつまみあげた。


「氷の涙を流すなんて、雪の女王になったみたい」


 ちょっと残念な気持ちでそれをみつめていたら、レオポルドがふっと笑った。


「ただの魔術だが……お前を笑わせるために使うのも悪くない」


「ただの……って、すごいことじゃん!うらやましいよ!」


「お前はいちいち何にでも驚くな……」


「えっ、そうかな」


 こんな風に魔術を使える彼がうらやましい。


 彼が魔法を使うところはいつもきれいで……わたしはそれを見ていたくて……だから彼の杖を。


 自分の中にある感情に気づいた瞬間、涙の金平糖がしゅわりと溶けて形を失った。


「溶けたな」


 レオポルドが金平糖をつまんでいたわたしの指先をみおろす。


「うん……」


「…………」


 凍った涙がまた溶けるって……この現象はどういうことなんだろう。


 レオポルドならきっとわかりそうだけど、彼は無言になってしまった。





 そしてわたしは何をしていたかを思いだす。


「あ、工房……封印を解いたんだった」


「……そうだな」


 さきほどまで楽しそうだった彼の表情が、一瞬くもったような気がした。


 きっと気のせい……彼はいつも無表情だもの。


 そういえばわたしたちは、コートも着ないで転移していた。


 外にでていた少しのあいだに体は思ったよりも冷えていて、戻った室内が急に暑く感じられる。


 書斎の床にあらわれた魔法陣……工房への入り口となる扉は、金色に輝いてわたしたちを待っていた。


 転移陣となっている魔法陣を抜ければ、そこはもうグレンの工房だ。


 地上とは違うひんやりとした冷気がわたしたちを包む。


 もうすでに稼働をはじめた工房は、何ヵ月も前に閉じたときのままそこに存在していた。


「思ったよりも深いな……それに広い」


 冷たく青みを帯びた魔導ランプの明かりをもとに、レオポルドが工房のあちこちを見まわす。


 グレンの工房は地下室のように掘ったものではなく、天然の地下空洞を利用したものだ。


 天然の岩肌に、滑らかな鍾乳石……温度と湿度は常に一定に保たれている。


 豊富な地下水が流れており、水はデーダスの家で飲料水としても利用していた。


 魔圧計や魔流計がならび、水槽に満たすための液体を精製する魔道具の中ではコポコポと音をたてて液体が循環し、パイプを通ってタンクに運ばれる。


 手術道具のような器具をいれたボックスもあれば、薬品庫に素材の瓶詰がならんだ棚もある。


 大小さまざまな水槽もあるが……それらはどれも空っぽだ。


「ここで研究を重ねていたのか……」


 その一角に机と椅子がふたつずつ……乱雑にノートや書き散らしたメモが積みあがった机と、きちんと片づけられた机……わたしは片づいた机に手をふれた。


「これがわたしの机……で、そっちがグレンの」


「みただけでわかるな」


 レオポルドがグレンの机に近づき、置かれたメモを手にとる。


 わたしは半年ぶりぐらいに自分の机に座った。


(この机……もとはオドゥが使ったのかもしれない)


 ふとそんな考えが頭をよぎった。





 レオポルドは置かれた魔道具類をひとつひとつ細かく見ていった。


「たしかに、これだけの設備があれば瀕死の重傷であっても、助けることはできるだろうが」


 恒温槽だった水槽に手をふれた彼はふりむくことなく言う。


「やはり……お前はここで創られたのか」


 それは問いかけではなく、断定の響きを帯びていた。

ありがとうございました!

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