374.コーヒーブレイク
更新、お待たせしてすみません!
※一応糖度注意
何だろう……何かがひっかかる……。
わたしはレオポルドが淹れてくれたコーヒーに手を伸ばした。
じつをいうとわたしはコーヒーが苦手だ。
高校生のとき「眠気覚まし」とか「頭をスッキリさせる」といわれて飲んでみたものの、苦くてウエッとなった。
飲んだら飲んだで心臓がトクトクというし、何杯も飲んだらお腹をこわす。
「カフェインの作用だよ」と教えてもらったけれど、お茶を飲んでもそんなことにはならない。
いまではだいぶ慣れてブラックも飲めるけれど、わたしがちゃんと飲めるコーヒーはソラが淹れてくれたものだけ。
ほかは一杯ぐらいしか飲めないし、ミルクを足すこともある。
「わ!」
「合格か?」
わたしのようすをみていたレオポルドがおかしそうに口の端をもちあげた。
「合格か不合格なんてものじゃないよ……香りもいいしすごく飲みやすい。師団長室のソラが淹れてくれるコーヒーもとってもおいしいけど、レオポルドのだって格別だよ!」
瞳の黄昏色が一瞬ゆらいで、彼は少しいいたくなさそうにいった。
「……オドゥに習った」
「オドゥに?」
「あいつは放課後や学校が休みの日に働いていたから、四番街の飲食店で覚えたのかと思っていたが」
そういえばデザートに気をとられたけれど、彼が淹れてくれたコーヒーもおいしかった。
「でも……コーヒーをじょうずに淹れるってかんたんじゃないよね?」
だれか最初に教えたひとがいるはず。
オドゥが研究棟にやってきたのは、まだ学園生だったときだ。
師団長室の守護精霊ソラ……〝エヴェリグレテリエ〟はグレンと契約したころのレオポルドを模している。
彼にとっては学園にいるレオポルドと、研究棟にいる〝エヴェリグレテリエ〟にたいしたちがいはない。
オドゥなら「僕にもやらせてよ」と、まだ〝エヴェリグレテリエ〟と呼ばれていた頃のソラにいったかもしれない。
少年だったオドゥと〝エヴェリグレテリエ〟のやりとりは、いまのアレクとソラみたいだったろう。
オドゥ・イグネル……彼は人の心にはいりこむのがうまい。
かゆいところに手が届くような気配りをする。
自分のもとへ寄りつかない息子と同じ年ごろの子がやってきたら、グレンはどう接したろう。
その答えがオドゥの研究室とデーダスの書斎に残されているような気がした。
請われるがままに錬金術について語り、興味を持ちそうな書物をあたえ、「やってみたい」といえばやらせてみる。
グレンのそんな行動に彼の想いが隠されているのでは……と思うけれど、それを目の前にいるレオポルドにいうのはためらわれた。
きっとわたしにしてくれたように……ううん、オドゥのほうがもっと……わたしよりもずっと多くのことを学んでいるはず。
わたしが最短で錬金術師になれたのは、グレンの過去にオドゥ・イグネルがいたから。
オドゥはデーダスの家にも入りこんでいた。この書斎にある本の内容は彼も知っているはず……彼が知らなくて、ほんとうに手にいれたい情報はきっと地下の工房にある。
デーダスの地下に存在する工房のことをちょっと考えて……けれどいま流れている穏やかな時間を壊したくなくて、わたしはぜんぜんちがうことをいった。
「ライアスもね、同じようなことをいっていたよ……『俺ががんばれたのはレオポルドがいたからだ』って」
「ライアスが……」
「うん、『自分より先に師団長になってがんばっているあいつがいるのに、自分が無様な真似は見せられない』って」
「あいつらしいな……恵まれた体格におごることなく真摯に努力する。強さをひけらかすこともない」
レオポルドは黄昏色の瞳をこちらにむける。
「お前はあいつのことをどう思っているのだ?」
「ライアスのことはカッコいいし、素敵だと思っているよ」
わたしは正直に答えた。いっしょにご飯も食べたし、そばにいて甘くほほえまれるとドキドキしてしまうのも本当だ。
「彼といっしょだと安心できるもん。すごく優しくて頼りになるし。レオポルドもそう思うでしょ?」
「そう……だな」
それきり室内には沈黙が流れた。
もともと無口な人だから沈黙はそれほど不快ではない。話題を探す必要も感じなくてそのままだまってコーヒーを飲んでいると、彼がぽつりと聞いた。
「私といるときは……どう感じている?」
「ええ?そりゃ緊張するよー。ヘマしないか毎回ドキドキしてる。それなのにいつもやらかしちゃうしね!」
自分がやった失敗のあれこれを思いだすと、なんだかこの場から逃げだしたい気分になる。
ひとり反省して小さくなると、また彼がぽつりという。
「……私もだ」
「へ?」
彼は淡々と言葉を続ける。
「私も緊張する。何が起こるかわからない……きみの姿が目に入るたびに、胃の腑をギュッとつかまれるようだ」
「えぇっ?」
おどろいた私は彼の瞳に楽しそうな光が横切ったのをみて、さらに衝撃を受けた。
「うそ!レオポルドが冗談いってる!」
レオポルドは不本意そうにまばたきをした。
「冗談ではない。きみとこうして話すのも緊張する」
「真顔で冗談いわれたらわかりにくいよ!」
「だから冗談では……」
いいかけてやめて、彼は顔をしかめて息をつくと立ちあがった。
「立て」
「えっ、何?」
「いいから、立て」
「命令しないでよ!何なのもぅ……」
ブツブツいいながら彼のいうとおりにすると、のびてきた腕にいきなり抱きすくめられた。
「ふひゃ⁉︎あああの、れおほるど?」
彼の腕のなかで硬直し、パニックを起こしそうなわたしの耳元で低音のささやき声がする。
「いいから聞け」
「…………」
彼の胸に押し当てられた左の耳から、ドッドッドッ……と鼓動が聞こえる。それはわたしを抱きしめているとどんどん速くなり、やがてわたしの耳にうるさいほどの衝撃となって伝わる。
彼の内部で暴れる心臓のようすは、平静な表面とはまったくちがっていて。そのことがわたしをさらに混乱させる。
動けないでいるわたしを腕に閉じこめたままで、彼がしぼりだした声は切なげな響きをおびていて。
「……わかったか」
「ひゃい……」
返事をするとようやく彼はわたしを解放し、ふいっと顔をそむけてキッチンへいってしまったけれど。わたしはフラフラになって椅子にへたりこんだ。
そういう教えかたをしなくてもいいと思うの!
編集部へお便りありがとうございます!
よろづ先生のイラストだけでなく、私の文章にまでありがたいお言葉をいただいて……(感涙
なろうで既読のかたに「よかった!」といってもらえて、とてもうれしかったです(^^)ノ









