372.デーダスで朝ごはん
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「ん……ソラ、いまなん……」
何時?と聞こうとして、ソラの返事がないことに気がついた。
「あ……ここ、デーダスだ」
王都にある大きなベッドとはちがう簡素なつくりのもの。
ギシリときしむ音はわたしが三年前にこの世界にきたときからまったく変わりなく、何度も自分で洗濯したシーツの少し冷たく感じる肌ざわりもそのままだ。
(浄化の魔法も教えてもらったけど……リハビリがてらなるべく自分で洗うようにしていたんだっけ)
水を喚びだしシーツを洗い、洗濯に使った水は畑にまく。風の術式を使って砂埃から守り乾かせば、眠るときにおひさまの香りがした。
それらをすべて滞りなくできるようになるまでに、シーツは何枚も空のむこうに消えた。
(さすがに自分の服を飛ばすと困っちゃうから、シーツぐらいならいいか……と思ったんだよねぇ)
小さな窓から外をみれば、荒涼としたデーダスの光景がひろがっている。
寒々しいとさえ感じる景色なのに、わたしは不思議と飽きることがなかった。
『雲とかないの?』
『空は風の精霊が支配する領域だ。この荒野には水の恩恵はほとんどない』
グレンに聞けばそんな答えが返ってきた。わたしはその答えに納得せずに反論したっけ……。
『風というのは星が自転していて太陽の熱を浴びるから生まれるんだよ!』
『……そうか』
わたしは部屋をでると音を立てないようにそっと階段を降り、せまいキッチンへとむかう。
キッチンといっても食糧の貯蔵庫に、ちょっとした作業をするカウンターがついているだけだ。
デーダスには王都の居住区にあるような調理設備はない。
そろそろと動きポットにお湯を沸かそうとしたのに結局、貯蔵庫に入りきらず積んでいた食材の山を崩してしまう。
ガラ……ドン!ゴロゴロゴロ……。
「あ、やば……」
バタンとグレンが使っていた寝室のドアが勢いよくあいて、なかから姿をあらわした男性に心臓がとまりそうになる。
旅じたくをしていてミーナにとめられた理由がわかった。
あったかもこもこパジャマを着たレオポルドは、みなさんにおみせしていい姿ではない!
「どうした」
「ごめん、レオポルド。お湯を沸かそうとしたの、朝のお茶を淹れようと……」
あったかもこもこパジャマ姿のレオポルドはさっと貯蔵庫をみまわして、床に転がったポットを拾いあげた。
「……ケガはないようだな。すわっていろ」
うながされるままに椅子にすわると、レオポルドが魔法陣を展開してそこにポットを置いた。
「レオポルドがお茶を淹れてくれるの?」
「こういう場所の配置はどこもたいしてかわらん、物もそれほどない。それに師団長室ではいつもソラに用意させていただろう、茶のしたくは私のほうが慣れている」
「そうね……」
昨日ふぞろいに切られた銀髪をサッとくくってひとつにまとめると、彼はすぐに収納庫の扉を開ける茶葉をみつけだした。
魔法陣のうえに置かれたポットから湯気がたちのぼると、カップを温めるためにお湯を注ぐ。
わたしは椅子にかけてぼんやりとそれをみていた。
彼の動きはきっちりと機械のように正確で手際がいい。茶葉の量やお湯の温度、それに蒸らす時間もすべてが決められていて、ときどきうなずきながら流れるような動作で淡々とこなしていく。
湯気のたつカップが私のまえに置かれると、とても甘くていい香りがした。ひとくち飲むだけで体がほわりと温まり、頭がシャッキリと覚醒していく。
「レオポルドが淹れたほうが……おいしい」
「きまりだな、茶の用意は私がする。あとは食事だが……」
「それはわたしがやるよ」
「簡単なものでいい、どちらにしろ作業しながらになる。私のために手間をかける必要はない」
「あ、うん。グレンの食事もよく作ってたから、同じような感じでいいかな」
カウンターわきのスツールに腰をかけ、彼はすこしだけ考えて返事をした。
「面倒でなければ頼む。余裕があればまたエルリカにいきたいが、しばらくは無理だろう」
「そだね……」
昨晩のことを考えるとまだ頭がパンクしそうだ。そして目の前に問題はまだ山積みだった。レオポルドはスツールにかけたまま、部屋のなかを見回した。
「手が必要ならいってくれ。この家は全体が精巧な魔導仕掛けのようだ……みてくれのボロさとは反対に、細部まで非常に手がこんでいる。手入れをするのは意外とめんどうかもしれない」
「ありがとう、お願いするよ」
グレンも時間をかけて術式をいじっていたことがあったっけ……居住区にあるじゃくじぃだって作るのは大変だったのかもしれない。
「そういえばレオポルド、昨日はエルリカで魔道具の修理をいろいろやっていたね」
「魔術学園でひと通り習う。ギルドで実習もやる……知っているだろう」
「あ、そか……そうだね」
レオポルドはカップを口元に運びながらふっと笑い、彼の表情がやわらかくなった。
「それに……いい気分転換になる」
「気分転換?」
「綻びた術式を直して、魔導回路に魔素を流す……この瞬間に何ともいえない充足感がある。お前は魔道具のこともグレンに教わったのか?」
「うん。でも魔道具に興味があったというより……魔道具をあつかう手の動きをみるのが好きなの」
「手の動き?」
「そう、長い指先が動いて術式を紡いで魔導回路を刻むところや、慎重に修理する手つきとか全部……みていて飽きないというか、ずっと眺めていられるんだよね!」
「そうか……?」
レオポルドが自分の手をみた。
あ……わたしいま何いった?
これ、「きのうはずっとあなたの手を眺めていました」って白状してるようなものじゃないかぁ!
「あっ、そう!レオポルドも手が大きいから作業がしやすそうだね!」
「そうだな……着替えてくる」
それだけいうとお茶を飲み干し、彼はたちあがった。
「食事に手をかける必要はない」といわれたから、わたしはまず作り置きの野菜スープを作ることにした。
ちょっと手抜きして風をあやつり、刻んだ野菜を鍋にほうりこんで魔法陣を敷いたうえに置く。時間と温度を術式で刻めばあとは勝手にコトコト煮こんでくれる。
味つけは浸透圧を利用する……料理も化学だからね!
スープの味をととのえたら、しまっておいた初代グリドルをとりだす。
デーダスで最初につくった、鉄板の温度をあげ肉や卵を焼くだけの代物だ。
卵とベーコンを焼いて、チーズをのせてパンを切り分ければかんたんな朝食のできあがり。
サラダもほしいけど、野菜スープがあるからいいや。
ここデーダスでは水が貴重だから、食器は洗わずに浄化の魔法をかけるだけだ。
浄化の魔法がうまくできないときは食器をわたしが布巾で拭き、グレンがその布巾に浄化の魔法をかけてくれていた。
そんなことを思いだしながら食器をとりだしていると、いつのまにか戻ってきていたレオポルドが壁にもたれてわたしをじっとみていた。
「あっレオポルド、もうご飯食べられるよ。カウンターでこのまま食べるか、居間に持っていくかどっちにする?」
「……カウンターでいい」
「じゃあどうぞ」
声をかけたけれど彼は動こうとしない。
「レオポルド?」
お腹すいてないのかな……と思いながらカウンターに朝ごはんをならべると、彼はあさっての方向に顔をむけて謝ってきた。
「すまない、部屋で女性に食事を作ってもらうのは初めてで……食べるのに心の準備が必要なようだ」
わたしはスープをよそおうと手に持っていたレードルを取り落とした。
さっきまで無表情にテキパキ受け答えしてたくせに、そんなところで照れないでよ!
レオポルドが照れちゃって先に進めませんでした。
タコまみれの竜騎士とかあったかもこもこパジャマのレオポルドは、コミカライズでもされない限りさすがのよろづ先生でもビジュアル化されることはないだろう……とタカをくくって書いてます。
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