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魔術師の杖【11/1連載開始】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@11月1日コミカライズ開始!
第九章 デーダス荒野のネリア

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369.氷のうえでの会話

知りたいと言われて素直に答えられるかというと……。

「わたし……のこと?」


「きみを知るためにはまずグレンのことを知らねばならない……だからこんな格好もした」


 レオポルドは自分のヨレヨレになったローブをつまんだ。ちゃんと術式がほどこしてあるから暖かいはずだけれど、見た目はなんだか寒そうだ。


「わたし、のため……」


「グレンについて知りたいだけなら、わざわざここまでやってこない。こうやってエルリカの街を歩けばグレンのことが知れる。だがきみの話はひとつもでてこなかった」


「……どこまで知りたいの?」


 わたしは彼とつないでいた手をはなして、オーロラのしたを滑っていく。


 怖がるよりも思いきってスピードをだしたほうがバランスもとれる。


 大気は吐く息が凍りそうな冷たさなのに、さきほど飲んだクマル酒のせいか体の芯はポカポカしている。


 歩くというよりも重心を移動する感覚で体を起こし、ただ慣性で滑っているとすぐに彼が追いついた。


「すべて……といったら?」


「…………」


 もしもすべてを知ったとして、彼はどうしたいんだろう。


 銀の髪が風になびき仮面をはずした彼の顔は、透きとおるような美しさで呼吸をとめてみつめたいぐらいだ。


 こんなときに余計なおしゃべりなんていらないのに。


「じゃあ、教えっこしようか。わたしにもレオポルドのことを教えてよ」


 わたしが逆に問いかけると、彼は困ったような顔をした。


「私自身のことは……教えられることはあまりない。子どものころ母を失い、居住区からアルバーン公爵家にひきとられた。魔術学園で魔術の勉強をして魔術師団にはいり師団長になった……それぐらいだ」


「何にもないってことはないと思うよ、二十三年分だもの。ソラのことみたいに忘れていることもあるかも」


 さきほどまで夜空一面にひろがっていたオーロラがふっと消えた。


 宇宙の暗闇に元どおり銀河が流れ、無数の星がまたたく。


 冷えこみは一段と増し、川を滑る人はだんだんと減ってきた。


 わたしは春休みにテーマパークから夜行バスで帰る途中で事故にあい、この世界に飛ばされて。


 そうでなければ受験して今ごろは大学生になっていた。講義を受けてバイトして……就職のことも考えたりして。


 きっともっとちがうことを考えて、ぜんぜんちがうことを心配してたろう。





 わたしはどうしてあの世界で大人になれなかったのだろう。彼に出会うことなんてなかったはずなのに。


 目の前にいる銀髪の人は、この世界にわたしを喚んだ人にやはり似ている。けれどその答えをくれるわけじゃない。


「わたしが知っているあなたはね、えらそうで尊大な態度をとって、いっつも眉間にシワを寄せてるの」


 わたしが自分の眉間に指をあててそういうと、彼はとまどったように眉をひそめた。


「でもライアスがあなたは『努力家で辛抱強い、尊敬できるし頼りになる男』なんだって教えてくれた」


「ライアスがそんなことを……」


「それにオドゥからみたあなたは『危なっかしくてほっとけないヤツ』なんだそうよ。秋祭りに連れだして屋台で買い食いしたら、舌をヤケドしたって」


 べつにいまヤケドしたわけじゃないのに、彼は口元を押さえて遠くをみた。軽く目をつむってため息をつくとゆるく首をふる。


「オドゥまで……そうだな、私はあいつの世話になりっぱなしだ。無事に学園を卒業できたのはあいつのおかげだ。それ以外にもいろいろと教えてもらった」


 だからこそ彼のなかにあるためらいが感じられて、わたしは彼の横顔をみあげた。


「あとマリス女史は『律儀な人』だって。どんなに機嫌が悪くても、席をはずすときはどこにいくかちゃんと教えてくれる。バルマ副団長は『しっかり観察してる』って。無関心にみえて魔術師たちのことを細かく把握してる」


「……それが仕事だ」


 彼が目を伏せると長いまつ毛が黄昏色の瞳に影をつくる。


 グレンの古びた白いローブに身を包んだ彼は、瞳以外はすべて氷の精霊みたいに真っ白だ。


 無言になった彼が怒っているのかどうか、その無表情な顔からは判断がつかない。


 彼の声が聞きたくて、わたしは質問をした。


「……あなたが知っているわたしはどんな人間なの?」


 彼は出会ってからのことを思いだすように、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「……何を考えているかはわかりやすい。好奇心も旺盛でたくましいと感じる。いつもいきなり飛びこんでくるくせに、自分が満足するとすぐにいなくなる。風のようにとらえどころがなく、自由でそして不安定だ」


「風のようだな……って前にもいわれたことがあるよ」


「ああ……まるで手を伸ばして捕まえれば、消え去ってしまいそうな気になる」


 彼が腕をのばして手袋をはめた手でそっとわたしの髪にふれる。


「私が知る母の姿は〝王族の赤〟をまとい、炎のような髪が風に踊っていた。瞳も赤くて……だからお前が似ているといわれてもしっくりこない。けれどグレンにとってはそうではなかったかもしれん」


 レオポルドは髪にふれた自分の手をみつめた。


「いまでも疑問に思う。なぜ母が父のような男を選んだのかと……ほかにいくらでも選びようはあったはずだ」


「でも、そうしたらレオポルドだっていなかったんだよ?」


「……そうだな」


 彼は重くて深いため息をついた。それが彼にとって何よりもいとわしいのだとでもいうように。


「ええと、わたしが知ってるグレンはね、偏屈だったけど嫌な人ではなかったよ」


「王都ではそうではなかった。研究棟の錬金術師にとっても……聞いてみるといい、グレンがどんな師団長だったか。錬金術師たちもいまのほうが、よほど生き生きと働いている」


「そうかな、だとしたらうれしいけど……わたしは自分が暮らしやすいようにしているだけだから」


 わたしはグレンのように何か目的があるわけじゃない。ただ王都で生活していければいいだけで、それが快適であるにこしたことはない。


 何か成し遂げたいわけでも作りたいものがあるわけでも……と考えて思いだした。


「あのね、オドゥに聞いた話ではグレンが描いた設計図があるそうなの。レオポルドの杖を作るための」


「グレンが……?」


 レオポルドはおどろいたように目をみはった。やっぱり……オドゥはその話を彼にはしなかったんだ。


「うん。でもわたしはそれをみたことがないの。デーダスでそれを探したいと思って」


「あいつ……帰ったらやっぱり締めあげたほうがいいな」


 レオポルドは黄昏色の瞳で虚空をにらみつけた。

オドゥにとっては帰ってこないほうがいいのかも。

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