367.デーダス荒野へ
いよいよデーダス荒野です。
『ねぇ、あの赤い実とりたいよ。エヴィのうえに乗っかればとれる?』
『レオ、危ないです。コランテトラの実は落としてあげますから、それを拾いましょう』
「私にとって最初の友だちだ。白いフワフワとした体をもつ〝エヴィ〟は公爵邸に引き取られるとき、魔導車に乗せられた私をずっと見送っていた」
ひとりきりで過ごす公爵邸で、レオポルドはあてがわれた部屋の本棚にならぶ絵本のなかに〝エヴィ〟をみつけた。
「絵本に描かれていた北の大地を統べる伝説の聖獣が〝エヴィ〟そっくりだった。魔力封じのある部屋で、おそらく母も同じように本を読んで過ごしたのだろう」
レオポルドは床に膝をつくと手をのばし、ソラのサラサラした水色の髪にふれ、真剣な表情でそのほほや頭、肩にふれてそのカタチを確かめていく。
「気づかなかった。なぜグレンは〝エヴィ〟をこんな姿に」
「前の体はあちこちすり減って古くなったのです。それにちゃんとした腕もありませんでした。新しい体は前より小さいですが動きやすいです。ナイフも自在に使えます」
ソラの細い腕や腰のベルトにぶらさがるナイフをみおろして、レオポルドはいぶかしげに眉をひそめた。
「なぜ何もいわなかった」
「こちらからの呼びかけは禁じられておりました。グレン様は『忘れているのならそれでもよい』と」
「私が呼びかけるのを待っていたのか。教えられたとしても受けいれられなかったかもしれないが、それにしても……」
彼はわたしをふりかえった。
「すまないがデーダスにいく前に、ソラとふたりで話をさせてくれないか?」
「うん、いいよ」
白いコートを着たわたしは居住区の扉をあけて中庭にでた。アルバの呪文をかけて自分を温かな空気の膜で包む。
コランテトラの下にある古いベンチに座れば、空気は乾いて晴れているのにチラチラと風花が舞う。
彼とデーダスにいくことになるなんて、楽しみなような不安なような不思議な気持ちだ。
「雪……作れるかなぁ」
八番街にある古書店イズミ堂でレオポルドに買ってもらった〝雪の結晶の育てかた〟、あれを読んで雪を降らせる練習をデーダスでしたい。
なんとなくデーダス荒野を一面の雪景色にしてみたい。
それにあそこなら雪に埋もれても問題なさそうだし。家が潰れたら困るけど、レオポルドもいるしだいじょうぶだよね。
ふと気になって居住区をみれば、リビングに座るふたりのようすがみえた。
レオポルドがしゃべればソラが何か答え、話しこんでいるようだ。
ソラがふいに手を伸ばしてレオポルドの頭をなでれば、彼はくしゃりと顔をゆがめて泣き笑いのような表情を浮かべる。
(グレンとレイメリアの話でも聞いてるのかな……)
あまり見てはいけない気もして、わたしはベンチにすわる位置をずらして後ろを向いた。
「すまない、待たせた」
声をかけられて顔をあげれば、そこに立つのはいつもどおりの彼がいて。
差しだされた手をとって立ちあがれば、戸口のところでソラが待っている。
「ネリア様、レオのことをよろしくお願いします。グレン様の意志を伝えられるのは、ネリア様しかおられません」
「うん。わたしが知るグレンの姿を伝えるつもり。そのためにデーダスへ連れていくんだもの。レオポルドが納得するまでとことんつきあうつもりだよ」
これで本当に研究棟とはしばらくお別れだ。わたしは師団長室をふりかえってから、レオポルドとともに居住区へとむかう。
「さあ、デーダスへの扉を開こう」
まえに師団長会議で紙に写したデーダスへの長距離転移魔法陣をみせたとき、レオポルドはまるで何かを封じているようだといった。
グレンがデーダスに封じこめておきたかったのは、彼の想いそのものかもしれない。
起動した魔法陣に魔素を流し、レオポルドの名をそこに刻む。
もしもグレンに家族がいると知っていたら、わたしはきっとレオポルドに連絡を取ろうとした。
戻せない時間、返せない魔石……代わりにできることがあるのなら、わたしもそれを探したい。
転移陣がまばゆく光り、ソラに見送られてわたしたち二人はデーダス荒野へ転移した。
景色は一瞬で変わり、冷え冷えとした木の床にわたしたちは立っていた。風にギシギシと家がきしむ音がする。
『オカエリナサイマセ』
目の前に金文字があらわれるとすぐに部屋の明かりがつき、暖炉に火が燃えあがり部屋の空気が温まっていく。
家の主がもどったことを感知した家が起動したのだ。
「家にかけられた魔法陣はどれも無事ね……今回は侵入者もなし、と」
魔法陣をいくつかチェックし家の周囲やなかのようすを確認してから、わたしはレオポルドに声をかけた。
「レオポルドはグレンの部屋を使ってね。こっちだよ、案内するね」
「……ああ」
グレンの寝室は彼の書斎から続いている。ただ寝るための場所だから、物はなく殺風景な部屋だった。
けれどグレンがでかけたときのまんまだ。
衣類を片づけて浄化の魔法をかけ、彼の荷物の場所をつくると、〝あったかもこもこパジャマ〟をベッドにのせた。
「ええと……いらないかもしれないけど。デーダスの夜は寒いから、これ」
二階にあがり荷物を自分の部屋に置いて、家のそとにでて周囲のようすを見回っているとレオポルドもでてきた。
荒涼とした大地がどこまでも続き、遠くにサルカス山地の山なみがみえる。
吹きすさぶ風が屋根の風見鶏を勢いよくクルクルと回していた。
風に銀髪がなぶられて暴れ、それを手でおさえた彼は顔をしかめた。
「殺風景だな……こんなところで三年も暮らしていたのか?」
「ケガの治療をして、それから錬金術を習ったの。いずれは独立するつもりだったし、グレンからは『つぎに王都にいくときはお前も連れていく』と聞かされてた。竜王神事にあわせて王都にくるはずだったの」
いえなかった。わたしはグレンの命が残り少ないことを知っていた。
もしもあのとき強引にでもついていけば、すこしは彼の寿命を伸ばせたんだろうか。
レオポルドと彼が話す機会を作れたんだろうか……もしもの話を考えてもしかたのないことだけれど。
「大ケガをしたと聞いた。どこでそんなケガを負った」
「さぁね、星から堕ちてきたのかもよ?」
はぐらかすように答えたのに、彼は隕石の跡でもさがすように大地に目をやる。もしかして本気で探そうとしてる?
「オドゥを連れてくればよかったな、あの眼鏡は魔力の痕跡をたどれる。あいつを締めあげて吐かせるほうがてっとり早そうだ」
レオポルドは物騒なことをいった。
「それより今夜の食事はどうする?」
わたしは自分で作るつもりでメニューを相談しようとしたのだけれど、彼は少し考えてから口を開いた。
「ならばエルリカにいってみないか?」
 









