閑話 レオポルドとカキ氷
297~298話に載せた『レオポルドと街歩き』の別バージョンです。
そのときは迷宮絵本の話にしたのですが、あまり一緒にいることがない二人のやり取りをみたい方がいるかもしれない……と思いのせることにしました。暑いですしね!
レオポルドに連れてこられたのは六番街の船着き場近くにある屋台だった。
「カキ氷を食べたかったのだろう?」
「カキ氷……?」
季節はもう秋だから、温かい飲みものや揚げ菓子なども売っている。そちらのほうに目をやっていると、逆にけげんな顔をしたレオポルドに聞きかえされた。
「ちがうのか?」
なぜにカキ氷?と一瞬考えて思いだした。
そういえば五番街でどか雪を降らせたとき、すっ飛んできたレオポルドに「カキ氷みたいなのつくりたくて」といいわけしたんだった……。
「あ……うん」
「ほら」
「どうぞどうぞ、うちの店はシロップはこだわりの自家製なんだよ!めずらしいのはコランテトラかね……」
顔をのぞかせた屋台の店主はそこまでいって、レオポルドの顔をぽかんと見つめた。
「……あんた、ひょっとして姉か妹がいたりしないか?」
いつもの師団長然とした魔石がたくさんついた黒のローブを脱ぐと、キラキラした銀髪が目立つだけで彼もふつうの青年にみえる。ただし顔はおそろしく整っているけれど。
店主の問いに彼は首を振ってこたえた。
「いいや」
そのこたえにパチパチと目をまばたいた店主は、気を取り直したようにわたしにたずねてきた。
「そっか……『天使』があらわれたかと。いやなんでもない、娘さん何にするね」
「あ、じゃあコランテトラで」
すぐに氷が削られて器に真っ白な雪山のように盛られていく。
そのうえから小粒な実がゴロゴロとはいった赤いシロップがかけられた。
コランテトラの実……春に花が咲き初夏になるという赤い実を、わたしはまだ食べたことがない。
でも季節はもう秋なんだけど……。
サクッ。せっかくなのでかき氷をひとさじすくって口に入れる。
ふわふわした氷は冷たくてキンとするけれど、シロップはフルーツの甘味と酸味がとてもやさしい。
「ん、おいしい!」
シャクシャクと食べすすめていると、レオポルドは倉庫街にむかって歩いていく。
「コランテトラはね、グレンにとっては故郷の味なんだって。レオポルド知ってた?」
「…………」
なんだかんだいってひとけのないところを選んでいるから、視線を感じて居心地の悪さを感じることもない。
川べりにはさわやかな風が吹き、彼の銀髪は風になびくとひろがり、秋のやわらかな日差しにキラキラと輝いている。
てくてくとついて歩きながら、わたしはその輝きにみとれた。
(これが見れただけでも、よかったかなぁ……)
王城にいても彼の長い銀髪は目につくけれど、ゆっくりとそれを眺めるひまはない。
吹く風はここちよく、わたしたちを包む光は穏やかで……レオポルドの眉間にもシワがない。
レオポルドについてのんびりと歩いていると、彼は大きな倉庫の前で立ちどまった。
すこし目を細めて古い倉庫をみあげ、彼はぽつりといった。
「昔、ここでオドゥやライアスと氷づくりのバイトをした」
「ここで?」
わたしが倉庫をみていると、彼はまたもぼそりという。
「ひと夏かかった」
「ひと夏?」
「学園にいたころ、オドゥとライアスと三人で氷を作りながら練習して……自在に雪を操れるようになるまでひと夏だ。お前は毎日何時間も氷を作り続けることができるか?」
「う……」
たぶんできない……錬金術師団の仕事もあるし、ただ毎日何時間も氷を作り続けるのはムリだろう。
「形だけマネしてもダメってことなんだね……」
「そうだ、ちょっとした魔術を使いたければオドゥに習えばいい。ライアスだと先日のようになる恐れがあるからな」
「オドゥに……」
『困ったことがあったら僕に相談してね』
たしかにオドゥならいろいろな魔術を知ってそうだけど……転移魔法も結局、最後までは教えてもらえなかったしなぁ……。
「あの、レオポルドに教えてもらうわけには……」
彼は眉をあげた。
「魔術師団の指導もあるのに、さらにお前を教えるだと?」
「ですよね……」
魔法初心者の道のりは険しい……と感じた。
不安になったからではないけれど、急に腹部に違和感を感じた。
「あ、ちょっとまって!いたたた……」
「なんだ?」
「ごめん、ちょっとお腹いたくなったみたい。カキ氷で冷えたのかも」
お腹を押さえてしゃがみこむと、めずらしくレオポルドがおどろいた顔をしている。
え、何?……と思ったとたん、頭のうえから声が降ってきた。
「お前……そんなにやわだったのか?」
「やわって……カキ氷でお腹冷やしたらふつうじゃん!もう秋だよ……夏ならともかく、あいたた……」
むくれながらお腹をおさえていると、レオポルドはわたしを凝視したままつぶやく。
「そんなに脆いとは……だからこその三重防壁か」
「脆いって……え、もしかして魔力持ちってカキ氷くらいでお腹こわしたりしないの?」
頑丈……ではないかもしれないけど、自分の体が脆いと思ったことはない。
けれどレオポルドはゆるく頭をふり、あきれたようにため息をついた。
「するわけないだろう。魔素さえあれば何日も食事をしなくとも平気だし、炎や氷も魔素を取りこむと思えば食べられる。怖いのは魔力暴走ぐらいで病気もほとんどしない」
炎も食べられないなぁ……。
それなのに魔力暴走はしっかりするなぁ……。
竜騎士のみんながじょうぶすぎる……と思ってたけど、あれがこの世界では標準なのか……。
わたし、この世界で生きていく自信がちょっとないかも……。
カキ氷はおいしくて、レオポルドと話もできて……それなのにお腹がいたいこの状況に、なんだかちょっと泣きたくなった。









