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魔術師の杖【小説9巻&短編集】【コミカライズ準備中】  作者: 粉雪
第九章 デーダス荒野のネリア

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連載2周年記念SS グレンとネリア

この世界にきたばかりのネリアとグレン。

オドゥも少しだけ顔をだします。

 レイメリア、きみに会いたい……ただそれだけが望みだった。


「王都での用事はこれで済んだな。ではいってくる」


「かしこまりました。お戻りはいつになられますか?」


 人の気配がしない師団長室で、真っ白な髪に赤い瞳をもつエヴェリグレテリエが彼にたずねた。


「わからん……当分、()()のようすが安定するまではデーダスにいるつもりだ」


「あれ……」


 主を見送るオートマタは、無表情にそうつぶやくとまばたきをした。


「研究棟のことはカーター副団長にまかせる。何か手に負えなければオドゥに」


「はい、いってらっしゃいませ」


 デーダス荒野にぽつんと一軒だけ建つあばら家。


 そこにグレンは新しい工房をつくっていた。


 錆びたペンキにきしむ扉……古ぼけた外観はわざとそうしたのではなく、デーダスの風はそれほど強い。


 グレンは転移してすぐに工房の鍵をあける。


 床にある扉を持ちあげるとひんやりとした冷気がただようのは、そこに()()()()を低温槽で保管しているためだ。


 低温にしてわざと生体活動を低下させ、ゆっくりと組織を修復していく。


 ただの治癒魔法では急速に再生した組織がいびつになる恐れがある。


 サルカス山地からの豊かな地脈が底を流れる……デーダス荒野の地下は豊かな魔素が循環していた。


 きょうはその個体を恒温槽に移すことにしていた。


「もともと異界の者……この世界にはいない異質な存在だ。それを定着させるために〝星の魔力〟とつなげた。さいわい、これの魔力量はもともと多い……世界を渡るのに使いきってしまったようだが、〝星の魔力〟で満たせばこの世界では不自由なく生きることができるだろう」


 だが恒温槽に移せば、生体活動は活発になる。


 一瞬でも目を離せない……グレンは長期間工房にこもることになるのを覚悟していた。





 そしてそれは予想以上に大変だった。


 グレンが水槽を管理する魔道具の数値をチェックしていると、呼びかける声がする。彼女が目覚めたのだ。


「そこにいるのはだあれ?わたし、どうしてこんなところにいるの……おうちに帰りたい」


 ダメだ……彼女に「帰りたい」と望ませては。


 グレンはあせりつつも必死に呼びかけた。


「わしはグレン。お前を助けた者だ……名は言えるか?」


「……わかんない」


 それだけいってまた彼女は眠った。


 一日のほとんどを彼女は水槽のなかで眠り、ときどき目覚める。


 そのたびに「グレン」と名乗り彼女の名を聞く……それを何度かくりかえすうちに、彼女はようやくグレンの名を覚えた。


 彼女は目覚めるとグレンを呼ぶ。


 泣きながらだったり叫びながらだったり、ときには歌うように。


 そこにいるのか確かめるように。


「グレン……」


「起きたか」


 脳に直接響く声に返事をすれば、初めて娘はグレンに要求してきた。


「グレン、お話して」


「そうさな、きょうは深海に暮らす人魚たちの王国について話してやろうか」


「人魚⁉聞きたい、聞かせてくれる?」


「かまわんが……いまのお前はまどろみの中にいる」


「まどろみの中?」


「夢のなかにいるようなものだ。覚醒すればすべて忘れてしまうだろう」


「忘れちゃうの……?」


「ああ」


「それでもいい、聞きたい……わたしにこの世界のことを聞かせて?」


「では……遠く南の海に海王がおさめる人魚の王国カナイニラウ、そこには珊瑚に彩られし泡の王宮がある」


 またあるときは樹海に棲む植物たちの戦い……魔獣たちの生態について。


 娘はグレンの話を何でも聞きたがった。


 グレンとてこれほど人と話したことはない。


 魔術学園の臨時講師をつとめたときも、最愛の女性を相手にしていたときでさえ……。


 話しが尽きそうになっても錬金術をおこなうただの手順さえ、娘はおもしろそうに聞いている。


「レンキンジュツ……やってみたい、おもしろそう!」


「お前が起きてもそれを覚えていれば、教えてやろう」


「うん、楽しみ……わたし、いつ起きれる?」


「最後に瞳をつくりお前の神経とつなげる……そうすれば恒温槽からだしベッドに寝かせる。ただし体を自分の思い通りに動かすにはまだ時間がかかるだろう」


「リハビリかぁ……そうだよね」


 しょんぼりとした娘のようすに軽く笑い、工房をあとにすると外には客がきていた。





「オドゥか……」


「素材を持ってきましたよ、グレン……僕には転移陣を動かせませんからね。わざわざ陸路を使ってきたんです。中に入れてくれませんか?」


 エルリカから魔導車を借り、荒野を何日か駆けてきたのだという。オドゥは疲れた様子で眼鏡をはずし、こげ茶の髪をかきあげた。


「僕だって二人で招喚した()()がどうなったか気になるんです。みせてもらせませんか?」


 自分に何かあれば工房の管理はオドゥが引き継ぐことになる……そう思って工房に案内する。


 気配に気づいたのか彼女はふっと笑みを浮かべるとまた眠りにはいった。


 オドゥは恒温槽を食いいるようにみつめた。


「あの子……僕をみて笑った」


「いまは夢をみているような状態だ。はっきりとした意識はない……赤子が笑うようなものだ」


 娘を見つめたまま、オドゥはグレンにたずねた。


「……どうやってこの世界に定着させたんです」


「毎日、話しかけ続けた。請われるがままにいろんな話をしてやった」


「どうやって?」


「…………」


 その不穏なようすにグレンが口を閉ざすと、オドゥは重ねて問いかけてくる。


「恒温槽に浸かったままの彼女とどうやって話を……?」


「それを知って何とする」


「もちろん彼女と話をするんですよ。僕の魔力だって使った……あの子は僕のものだ!」


「ちがう!娘自身が決めることだ……それにいまの彼女は『生きる』だけで精一杯だ」


 深緑の瞳が殺気を帯びた……成長したいまでは本気でやり合えば、おそらくグレンが負ける。


「それを……見ていろと?黙って待っていろ……というのですか?」


「そうだオドゥ、お前の望みは異界の娘を手にいれることではない」


 グレンの返事に、息子と同い年の弟子はぐっと拳をにぎりしめた。そして低い声で問いかけてくる。


「僕の望みは……家族を取り戻すことだ。ではグレン、この娘を()()使()()つもりなんです?」





ネリア(だれだ)?」


 目を開いたばかりの娘にはぶっきらぼうすぎたかと、ゆっくりとたしかめるように聞き直す。


「わしは〝グレン〟だ。お前さん、名前は?」


「―――」


 何か答えようとして、娘はすぐに答えられなかった。


 さまざまな表情がその小さな顔に浮かび……そして消え去った。


 どこか陽気でいつも楽しそうにグレンの話を聞いていた娘は、いま不安そうな表情でベッドに横たわっている。


「"ネリア"……でいい」


 しばらく経ってからそう娘がつぶやく。


「ネリア?ネリアか……ふむ、そしたらネリア・ネリスとでも名乗るか?」


 提案すると娘はうなずき、困ったように眉をよせた。


「ねぇ、グレン……」


「なんだ?」


「世界が緑色なんだけど……」


「ふむ……色調補正の術式を忘れておった。追加してやろう……これでどうだ?」


 娘がパチパチとまばたきをすると、瞳のなかにある瞳孔がすぼまりグレンの顔に焦点があう。


 じっとグレンの顔をみてから娘はいった。


「わたし、動けるようになる?」


「……ああ。だから今は眠れ」


「目が覚めたら……グレン、わたしにこの世界のことを聞かせて?」


『それでもいい、聞きたい……わたしにこの世界のことを聞かせて?』


 水槽にいたときと同じようなことをつぶやいた娘のまぶたは閉じられ、すぐに健やかな寝息がきこえた。





 手を貸してやろう、この娘に。


 世界をみたいといったこの娘に、世界をみせてやろう。


 ひさしく感じなかった興奮が湧きあがる。


 それと同時にズン、と心臓に重たい気配を感じた。


「お帰りなさいませ、グレン様。()()のようすはいかがでございますか?」


 師団長室に戻るとすぐに姿をあらわしたオートマタに、グレンは返事をした。


「〝ネリア・ネリス〟だ。いまはそう呼んでいる」


「ネリア……ネリス……」


 主を出迎えたオートマタは、無表情にそうつぶやくとまばたきをした。

もうじきグレンパートも書けるなぁ……と思いつつ。

次回はレオポルドとネリアの閑話です。

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