36.小会議室(ライアス視点)
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ライアスが小会議室に入ると、アーネスト陛下とレオポルド・アルバーンの他に、ユーティリス第一王子が居た。
「珍しいな、ユーティリス」
公の場では『殿下』をつけるが、こういう内々の会議の時はただの同僚だ。お互い呼び捨てになる。ユーティリスはにこやかな笑みを見せた。
「僕も彼女には興味があって……先日の初登城の時も別室で様子を見ていたけど、今日もそうさせてもらうつもりです。ライアスは彼女をどう思いました?」
「そうだな……性格は素直で頭の回転も早い、レオポルドに睨まれても怯まない豪胆さもある。はじめての環境にも順応していく柔軟さもあるかと。初対面の竜騎士団の連中ともうまくやっていた」
ほとんど表情の変わらないレオポルドが、反応した。
「……ライアス……随分となついたな」
「なっ、なついてなど……なついたのはミストレイだ!……彼女に撫でられて喜んでいた」
「なんと!」
「あのミストレイが⁉」
「……ドラゴンが好む魔力だと?」
陛下とユーティリスが驚きの声を上げ、レオポルドは思案するように顎に手をかけて考え込んでいる。
「ああ、そろそろ彼女が来たようですね。じゃあ僕はこれで」
ユーティリスが控えの間に姿を消してすぐ、パタパタと軽い足音が聞こえてきた。
「すみません!遅くなりましたー!」
元気よく駆け込んできたのは、つい先日錬金術師団長に就任したばかりの、ネリア・ネリスだ。
真新しい錬金術師団の白いローブを着て、グレンの仮面を被っている。
王城の中を走るなど、本来ならあり得ない事だが、彼女なら許されそうな気がする。
……と思ったら、目くじらを立てる奴が居た。不思議なんだがレオポルドはどうしてこう、彼女に対してブリザードを吹かしまくるんだ?まぁ、こいつが機嫌がいい事など滅多にないが。
「なぜ転移陣を使わない。師団長であれば自由に使えるだろう」
「へっ⁉︎」
ネリアは驚いたような声をあげる。もしかして知らなかったのだろうか。
「……ああ、王城って広いですもんね、今度から使います」
ネリアは知らなかったんだな……教えてやれば良かった。彼女はそのまま空いている席に座ると、会議室を見回した。
「今日は宰相と国防大臣は居ないんですね」
「錬金術師団、魔術師団、竜騎士団の三師団は国王直属だからな。先日は謁見のために同席させたが、本来師団長が揃う場にあのふたりは必要ない。仮面も外していいぞ。どうだ、錬金術師団は」
言われて仮面を外したネリアに、アーネスト陛下が早速尋ねた。
「そうですね……『研究棟』の内部の設備は問題なく使えますし、素材の保存状態も良好です」
「不自由していることはないか?」
「今のところは……ただ今後予算不足、素材不足が問題になりそうです。予算ってどうやって貰えばいいんですか?」
「予算に関しては私の裁可が必要になるな……財務の方に相談してみるが……当分は今のままやりくりしてもらうしかない」
「やっぱそうですよね……錬金術師団が自分で稼ぐというのはアリですか?」
「本来の業務に支障がでないのであれば構わんが……何をやるんだ?」
そう聞かれたネリアは腕組みをして、小首を傾げた。
「んーまぁ……これから考えます」
「エヴェリグレテリエ……今はソラだったか……あいつはどうだ?契約を交わしたようだが」
アーネスト陛下が慎重に聞くと、ネリアは明るい声をだす。
「いいですね!力持ちだし手先は器用だし、凄く助かってます。錬金釜もずっと混ぜてくれるし、いい助手ですよ!」
「ほお?」
「一度覚えた事は忘れないんで、ソラが作るデザートのレパートリーを増やそうと、今お菓子のレシピを少しずつ覚えてもらっている最中です」
「ほお……」
「ああ、それと……暇な時はスコップ片手に中庭でガーデニングしてくれてます。中庭の居心地が良くて、いい気分転換の場所になるんですよー」
「……ソラがか?」
「はい!……働かせ過ぎですかね?」
「いや、あれは、睡眠や食事といったものは必要としない。消費した分の魔力を与えるだけだから……大丈夫だと思うが……」
『錬金術師団長室のエヴェリグレテリエ』と言えば、王城内では恐怖とともに語られる存在だ。
グレンの功績や研究を盗もうと、過去に何人もが師団長室に侵入を試みたが、そこから生きてでられた者はひとりも居ない。
師団長室の守護精霊。契約したグレンには忠実だが、他の事には一切頓着しない。その銀のナイフで何人がやられたことか。
グレンの死でエヴェリグレテリエにより閉ざされた錬金術師団長室に、無理に入る事ができなかったのはそのためだ。
天使のような外見の、血塗られし人形……それが『エヴェリグレテリエ』だ。
レオポルドには決して言えないが、あれはグレンが創っただけあって、どこか子どもの頃の奴に似ている。整った硬質な美貌で無表情な所が。
俺はそれをレオポルドに言ったことはないが、以前誰かがその事に触れ、思いっきりあいつの地雷を踏んでいた。
グリンデルフィアレンを燃やそう……と言った時のレオポルドは、本気で『研究棟』ごと、エヴェリグレテリエを灰にしたかったのではないか……と、俺はひそかに思っている。
その『エヴェリグレテリエ』が。
錬金釜をずっとかき混ぜている?
レシピを覚えてお菓子作り?
スコップ片手に庭いじり?
……あの『エヴェリグレテリエ』が⁉︎
何と反応したらいいか分からなくて、その場に居た全員が固まった。
「……っ!ぶっくっくっくっ……!」
最初に堪えきれなくなったのは、アーネスト陛下だった。
レオポルドは、ものすごい渋面になって眉間に手をあてている。
「ひゃーっはっはっはっはっ!……いや、ネリア・ネリス……、お前が錬金術師団長でよかったと、今、心の底から、そう思うぞ!」
「えぇ?……そう、ですか?わたし、まだ防虫剤と携帯ポーションしか、作ってないですけど……?」
「……防虫剤作りもエヴェリグレテリエが手伝ったのか?」
「エヴェリグレテリエじゃなくて、今はソラです!ええ、素材運びや成形して型から抜く作業をやってもらいました」
本当に働き者なんですよ!……と嬉しそうに語るネリアは、エヴェリグレテリエの過去をきっと知らない。
「……そ、そうか……っ、すまん、俺はもうこれ以上耐えきれんっ……!」
ネリアは部屋を飛びだしていった陛下を見送って、「トイレ……?」と小首を傾げて呟いている。
いや、たぶん違う。陛下は今頃ユーティリスの控える別室で笑い転げているのだろう。
ユーティリスを登場させたくて、ライアス視点です。
彼は初登城の『竜の間』の様子も陰で見てました。謁見後に王様とユーティリスの会話シーンもあったのですが、あっさり削除。カーターに出番を奪われました。












