359.余興終了
よろしくお願いします。
わたしは種となる小さなダイヤモンドを錬金釜にほうりこんだ。
錬金術師は錬金釜内部の空間を支配する。
天然のダイヤモンドは地中深くで数億年もかけて炭素が結晶化したものだ。
カーター副団長たちに教えたのは高温高圧の環境をつくりだす方法……天然のダイヤモンドが生成する過程を再現した。
そしてわたしが使うのは、化学蒸着法のひとつ〝マイクロ波プラズマ法〟だ。
魔法陣の術式をみてカーター副団長が眉をあげた。
「私が教わった方法ではありませんぞ!」
「これには風の属性が必要なの!」
わたしは魔素をあやつることに集中した。
高温をもちいるのは同じだが、なかの圧力は大気よりも低く保つ。
必要なのは炭素と水素……わたしは魔法陣をふたつ展開し、大気中から必要な材料を集める。
もうひとつ、さらにもうひとつ魔法陣を重ねがけし、内部の気圧をさげてから、プラズマで原料のガスを分解し炭素原子を結晶化させていく。
「魔法陣の多重展開……⁉」
「それだけではないわ……あの輝き、ごらんになって?ひとつひとつに流れる魔素の量といったら!」
会場のそこかしこから密やかなささやきが聞こえる。
やりかたはみせてあげる。
やれるものならばやってみればいい。
錬金術は〝変容〟をつかさどる奇跡の技……それは運命すらも変える力がある。
黒い炭、人が吐きだす吐息、ただ炎の中で燃えるだけの可燃物、わたしがあなたの運命を変えてあげる。
おまえに比類なき美しさ、その屈折率による反射光の輝きにくらむほどの力を与えよう。
貴婦人たちの頭上で輝き、その首や指……耳たぶすらも自身で飾れ。
ダイヤモンドの結晶は成長していく。
わたしの望むままに。
じゅうぶんな大きさになったところで、わたしは〝完成形〟の計算式を紡ぐと一気に魔素を流しこんだ。
一瞬でやってみせる。
できあがったひとつのカタチをわたしは慎重に錬金釜からとりだした。
「これがブリリアントカット……屈折率を計算してダイヤの内部に進入した反射光が、すべて上部に抜けるようになっています」
だれも言葉を発する者はいなかった。わたしの手から受けとったレオポルドが、魔法陣を展開してそれを調べ静かにうなずいた。
「まちがいない、ダイヤモンドです……王太后陛下、ひとつ提案がございます」
「何かしら?」
レオポルドはトレイに置かれた宝石をさししめす。
「せっかく宝石を創りだしたのです。ここにおられるご婦人がたに、これをどのように使うか考えていただいては?」
「まぁ、ではこれらの石を使ったアクセサリーを、自分たちで考えろということね?」
レオポルドの提案を聞いた王太后陛下は、ぱちくりとまたたいた目を面白そうに輝かせた。わたしは彼の提案にのった。
「採掘した石にあわせてデザインを考えるのではなく、つくりだしたデザインに合う石を作成することも可能です。みなさまでデザインを持ち寄っていただいて……審査は王太后陛下にお任せします。賞品はいまわたしが創りだしたこの石でいかが?」
レオポルドが手にするダイヤモンドは公爵夫人がつけているネックレスよりも大きく、王太后陛下が主催するコンテストの優勝賞品……合成といえどもこれならじゅうぶんひとびとの関心を呼ぶ。
トドメとばかりにきらめくような銀の髪をもつ貴公子レオポルドが、ダイヤを手にもちめったに見せないほほえみをみせると、会場の貴婦人たちはハートをぶち抜かれた。
「ふ……ほほほほ。さすがは錬金術師団長ね……面白そうだこと、みなさまもよろしくて?」
王太后の問いかけにアンガス公爵夫人が口を開いた。
「ええ……とても素敵な提案ですわね、美しいものを考えるのは大好きだわ」
「決まりね、冬の間にデザインを考えましょう」
王太后陛下とアンガス公爵夫人が乗り気になったことで、コンテストの開催は決定となった。
錬金術師団の〝余興〟は成功したといえるだろう……だが。
レオポルドは冷静にアルバーン公爵夫人を観察していた。
たしかに驚いてはいる、だが納得したとはいえない。
公爵夫人はギリリと歯を食いしばり、こちらをみすえていた。彼女の度肝を抜くには……。
白い女性的なラインのローブで洗練された動きをする、仮面をつけた娘はどこか無機質な存在にみえる。
レオポルドは彼女の手にトン、と合図を送った。
それに気がついた彼女の手が仮面にかかり、ゆっくりとそれがはずされた。
赤茶のふわふわとした髪、強い輝きをはなつ黄緑色の瞳……。
一瞬でいい……よくみれば別人だとわかる。
錯覚させろ。レイメリアは『永遠に失われた』のではなく、研究棟で『永遠に在る』のだと。
仮面をとってほほえみを浮かべ会場を見まわしたその顔を、会場にいた全員が凝視した。
ミラの顔がまさしく度肝を抜かれたようすで、驚愕したまま固まった。
レオポルドがリメラ王妃をちらりとみると、彼女もハッとしたような顔をする。
この場は彼女がおさめてくれるだろう。
「では、われわれはこれで失礼する」
……え?
つぎの瞬間には景色が変化し、わたしはレオポルドといっしょに研究棟の師団長室にもどっていた。
「……うまくいったようだな……錬金術も見事だった」
「ちょ、ちょっと!茶会は?」
わたしがあわててたずねると、レオポルドは平然という。
「抜けだした……あとはカディアンや副団長にまかせておけばいい」
まかせろって……そうじゃなくて!
「え、だってわたしまだひと口も何も食べてない!王太后陛下のお菓子職人が作る芸術的お菓子!」
レオポルドがあきれた声をだす。
「だから連れ帰った。のん気な顔でバクバク食べたらボロがでるぞ」
「の……のん気って……あんなにいっぱい指がつるぐらい、ティーカップの持ちかただって練習したのに!お菓子だって楽しみにしてたのに!」
わたしが抗議すると、レオポルドはふしぎそうに首をかしげた。
「あんな甘ったるいもの食べたいのか?たいして腹にもたまらんのに」
「どうしてそういうとこだけグレンと似たような感覚なのよ!」
「レオ様」
師団長室に控えていたソラが声をかけた。
「私が茶会からお菓子をいただいてきます。お二人はこちらでお待ちください」
「お願い、ソラ……」
お菓子をわけてもらいにやってきたソラをみて、アルバーン公爵夫人はさらに驚愕してひっくり返り、大騒ぎになるのだが……このときのふたりは知る由もない。
数刻のち、師団長室でははしゃいだ声をあげる師団長と魔術師の会話が交わされていた。
「んー!レオポルドってお茶淹れるのうまいね!体に沁みるわぁ~」
「さんざん塔でも飲んだろうが」
「味わうどころじゃなかったよ。んっ、これもおいしい。すごいよ、お菓子の宝石箱みたい……レオポルドは食べないの?」
「私はいい」
「そんなこといわないで食べてみなよ!はい、あーん!」
そのようすを師団長室のオートマタだけが見ていた。
359話目でやっとお茶を飲む間柄に。これでようやく207話とつながりました!
何カラットもあるダイヤを育てるのに数週間はかかりますが、その辺はお話ということで!
レオポルドが居なければ、このあと茶会でちゃんとお茶してたと思います。









